大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

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長い長い、長い長い夏休み。

まだ終わらない。

夏はいったいいつ終わるのだ!

新学期が始まらないと夏が終わったとは言えない。

活動的な夏に、若者が3ヶ月強も家にいるのは良くない。

夏というワンシーズン丸ごとである。

人生の中の三ヶ月なんてあっという間だろうが

成長期の三ヶ月、体も変化していれば知能だって進化している。

放っておいてはいけない時期だ。

しかし、家のアニマルはいくら成長期であっても

大人料金の子どもで、働くわけにはいかないし一文無しだ。

このアニマルをどう三ヶ月、活動的に発散させるか。

それはもう、毎年悩みの種である。


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ずっとお腹が空いているようでいつも食べることばっかり言うし

お腹が空いていると集中できずイライラするし

いつも食べてるのに太らない。(くやしい)

ダラダラしているのを見ると私は腹が立つが

動くと、坂道なんかでも走っていって着けば時間を持て余している。

ちっとも疲れた様子もなければ、アイデアが生まれることもない。

仲間があるとき収穫中ブドウの列の向こう側から

「君のお子さんは何か習っているのかね?

わたしの息子はクラシックバレーを習っていてね、もう5年になる。」

「あぁウチの息子は・・・、クラシックサッカーを始めてちょっとです。」

画面に出てくるような子たちは得意芸を持っていて

練習の日々は忙しく充実しているのだろうなぁと

他人の子が羨ましく見え、その点ウチの子は・・・



食べることと無駄な動きとスマフォとイタリアンサッカー。


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ずっと旅行なんかしてられないし

サマースクールだって無料なわけではない。

田舎の欠点、近所に友だちがいないので遊ぶことはないし

サッカークラブもみ~んなヴァカンスでな~んにも稼働しない。

兄弟もいなければ、おじいちゃんおばあちゃんもいない。

超核家族のイタリアの夏休みは、マジキツイ。


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他の国はもう新学期が始まっているようなのに

イタリアの国立学校は、9月の半ばから学校が始まり

それから12週間は様子見期間(?)で早く帰宅する。

正式に学校カラーとなるのは、10月からなのであるww


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暇過ぎアニマルはかといって収穫を手伝うわけではない。

私と夫で週末、アニマルのおやつのためにフルーツを収穫する。

イチジクの収穫は、私も嫌い。

大量の蚊が飛び回っているから、アニマルは来ない。

今年のヴィンチのイチジクは

いっぱいあるけどあまり美味しくなさそうだ。

干さず、ジャムにした。


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最近私は、夏休みギリギリ自由研究のように

パン作りに精を出している。

本当の目的は、アニマルのおやつである。

難しい天然酵母ではなく、ほんの少しの生イースト菌仕様だが

ギリシャヨーグルト作りから出てくるホエイを使ったり

家庭で作るリコッタチーズで分離するホエイを使ったり

豆乳から作る豆腐作りで出てくる植物プロテインを使ったりする。

ホエイ(動物プロテイン)や植物プロテインの液体を加えることで

発酵を助けるのだそうだ。

長持ちの役割もするモッツァレッラに入ってる液体も実はホエイ。

捨てないで、それを加えたっていいのだ。

ピッツァとパンの生地の材料の違いは

オリーブオイルを加えるか加えないか。

それと、発酵させる時間と捏ね直すことなどに違いをつけてみたら

大成功。

自家製パンに自然農法トマトと自慢のオリーブオイルとパラ塩で

Pane e pomodoroパーネ エ ポモドーロ(パンとトマト)

最高じゃないか。

パンが固くなったら、水に浸してパンツァネッラやパン粉にしたり。

自分でつくれると、全粒粉や小麦粉変えたりアレンジができる。

買えばパンの国でもオーガニックなんかはやっぱり高い。

ピッツァ生地の余りで、フォカッチャスキアッチャータ、グリッシーニ

カリカリスキアッチャータ、タラッリ型スナック

トルティーヤ(フライパンで焼く)を作る。

家に薪炊きの窯が無くったって、電気オーブンで十分だ。

ちゃんとしたオーブンがあると超~便利。

日本で足りないことの一つだった。


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勉学にちっとも支障がないほどの

夏も終わりか過ごしやすくなった今日この頃

アニマルは、無駄に自転車で走り回り

畑のブドウ(農主に承諾済み)をつまみ食いしに行ってきたそうだ。

Vendemmiaヴェンデンミア(ブドウの収穫)が始まると

自分のおやつがなくなる危険があるからだ。

無駄にエネルギーを消費し、糖分を摂取することを身で学ぶ

アニマルの夏は、もうすぐ閉幕。

早く終わってくれ(涙)




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夏休みのある朝 Due Passi di Mattina

自家製プロテイン Siero

自家製ピッツァ laPasta di Pizza



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Drawn by Y. I.

南房総市の園芸の住み込みアルバイトには寮があった。

作業場と同じ敷地内にある個室プレハブは男子

最近リフォームしたという少し離れた古民家シェアハウスは

女子寮ということで、私はこちらの仲間入りとなった。

食器も布団もタオルも用意してくださり

私は、作業服と長靴と雨合羽を用意すればいいぐらいであった。

カバン一つで行けるのは、大変便利である。

寮があると、住まいのいろんな手続きも省けるし

生活用品が揃っていれば、余分なお金もかからない。

そんなこともここを選んだ一つの理由であった。

自由に働き歩ける、土地を知る、産物に触れ合う

長期では続けにくいことでも

双方にメリットがあるのではないかと思った。

イタリアにも寮付き農業があると季節労働の

移民も私も少数の若者も働きやすくなるのにな。


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そこには仲間との出会いがあった。

どこにいても、私次第かもしれないが、相手次第ということもある。

出会う仲間がウエルカムだと、滞在はやたらと楽しくなる。

私は、絶対に彼らのおかげで、楽しく過ごせたと思っている。

一人でも十分サバイバルに旅気分はできるのだが

笑えることは一人ではできない。

人との触れ合いがあるからこそ

時が満ちていくのではないかと思う。


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私が配属したチームはみんな若かった。

若者たちから仕事を習うのも悪くない。

それは年上を謙遜する社会だからか。

心の中は何を思っているかわからないが

シンプルなテクニックをシンプルな理由をつけて教えてくれる。

きっとこれが私みたいのだったら、ウンチク付きかもしれないw


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シェアハウスの女子はみんな同じチームの子たちだった。

私と同じ短期の子もいた。

早寝早起きの若者もいたし、料理好きもいた。

仕事が終わって、夜な夜なおしゃべりをし続けることもあったし

若者たちはゲームで盛り上がっていることもあった。

同じ短期の子は、高校卒業したてであった。

「えっ、お母さんいくつ?!」

私と歳が同じであった・・。

娘でもおかしくない子と一緒に仕事をしているのか。

娘のような彼女は、これから国家試験を要する職を学びたいから

違う仕事ができるのは今しかないと

夏休みや春休みの長期の休みになると

寮付きアルバイトに出掛けるのだそうだ。

素晴らしい。

しっかりしている。

彼女の食事は、レトルトを使うことなく

見て覚えたというお母さんの手料理を真似して作っていた。

私が18歳の頃なんて・・・

恥ずかしくなった。


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お花屋さんでフラワーアレンジメントをしていたフロリストの彼女は

お花が育つ生産も体験しておきたいと

何から何まで黙々と一生懸命だ。

若いのに人生のスケジュールがあって素晴らしい。


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お酒が飲めないのに晩酌をしている私に付き合ってくれった彼女は

東京で四六時中働き、人間味が薄れかけた頃

空が見えるところで働きたいと節目をつくって転職したそうだ。

これをきっかけに、やりたいことが溢れ出てきたみたい。

今までの生活を変えることはなかなか決心つかない。えらいぞ。

彼女も次なるステップへ走行中。


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時にシェアハウスに遊びに来る大人のような二十歳の女子だって

夢をもっていた。

話を聞いているだけで、応援したくなる。


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気が付くと周りはみな平成生まれの子たちであった。

「私、平成元年です~」

なぬっ、私だけか昭和時代から歩んできた者は。

初めて直撃した話題である。

まず元号で歳の話はしたことがない。

つまり私は昭和の人としか話すことがなかったことになる。

そしてイタリアに移住してからというもの物事は西暦で流れていた。

私には新鮮だった。

急に平成と昭和の違いを考えてしまった。

そういえば、私の息子も平成生まれだ。

しかし、西暦でしか言ったことも見たこともなかったので

息子が平成何年生まれか知らなかったのであるww


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来日していることもあって私には選挙の投票権があった。

しかし、日本の政治情報や関心はイタリアにいるとなかなかない。

まず現在の日本の世論の動向がよくわかっていない。

私は平成の若者たちと日本の政治や社会について話したかった。

何時間でも話している討論好きイタリア国民と暮らしていると

そんな話題は当たり前だと思っていた。

しかし平成の若者たちは

政治の話や投票に関して話したがらなかった。

むしろ驚かれてしまったぐらいだ。

「投票の話はタブーです。」


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時に向こうの寮の男子も遊びに来た。

チームが同じだから日中パーティ企画の話で盛り上がる。

同じような格好をした兄弟のような彼らは

ベトナムからの交換留学生であった。

労働しながら日本語を学ぶ組織から派遣されてきたようである。

片言も日本が話せない状態で、日本に来たそうだ。

日本語でコミュニケーションができないだけで

仕事はできる。スピーディでパーフェクト。

体の中で一つできない操作があると

同じ体のできることが発揮する仕組みになっていると私は信じているが

まさしくもそれで、彼らの感はコミュニケーション以上だったように思う。

さらに、彼らの国は、早くから親を手伝ったり働いたりするようで

それもてつだって機敏さと機転の利き方が

イタリアにも日本にもなく、新鮮で彼らが輝いて見えた。


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娘のような仲間たちに、現地の住人から頂いた畑のトマトで

トマトソースのパスタをつくってあげたことがある。

トマトからソースをつくったことがない!と喜んで食べていた娘たち。

田舎の特権、近所の牛屋さんで生牛乳をゲットし

リコッタチーズ(生チーズ)をつくって

私が持っていった自慢のオリーブオイルでつまんだ。

きゃ~東京のレストランみたい!と喜んだ。

そんなチームの若者たちと餃子パーティをしたり

ベトナム兄弟(と呼んだ)が奮ったベトナム料理をご馳走になったり

トランプしたり、ゲームしたり、イラスト描いたり。

まるで時代がスリップしたかのように楽しかった。

あの若かれし頃の無意味っぽい時間の過ごし方。

いいじゃないか、ほんの少しだったら

無意味な時間っぽくったって。

その無意味な時間の中で笑えばいい。

そんな風に私は彼らと平成の若者風にすましていた。


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別れ際、彼らは私にずっと手を振りながら見送ってくれた。

いつも私が手を振って見送る側だったのに

今回は私が去るのか。

出会いと別れのある職場できっと学ぶことはいっぱいあるであろう。

彼らの未来に心から乾杯だ。

人生の楽しい一瞬をありがとう。

ワタシの似顔絵笑ってる!



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輝く花 i fiori

上、下、右、左、すれ違い Metropoli

友たちよ un tocco di giappone



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晴れをあまり見ることのなかった梅雨の頃

周りは田んぼだらけの千葉県南房総市で

この帰国、園芸の住み込みアルバイトをした。

千葉県を房総、その南という地理的な呼び方はわかるが

南房総市なんて聞いたことがなかった。

現地の住人が教えてくれた。

以前は安房郡だったらしく、平成中に改名されたそうなのだ。

館山市と鴨川市に挟まれるように位置している。

一部館山で覚えていたビーチがあるところも

南房総市になっていたりする。

知り合いや目的がないと地名が変更されていることなんて

知るよしもないであろう。

同世代の友人に説明するとき、東京方面から通る地名と

ビーチ名をいくつか上げて、説明することになった。

住むからには、周辺の地理にも興味を持たなければいけない。

ということが行ってわかった。


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アルバイト先は、お花屋さんに届ける

花の生産をしているところであった。

南房総は気候がよく、お花の生産地であることを思い出した。

特に切り花の生産が高く、あちこちにビニールハウスがある。

あのビニールハウスの中は野菜ではない。

お花屋さんできれいに並ぶお花は

ハウスの中で大切に育てられているのだ。

一般のお客様の手に届くまでの時間を計算して

収穫から出荷まで、気温や水の管理

少しでも長く保つよう葉の処理、梱包・・・

そう、少しでも長く鑑賞が楽しめるよう、もしかすると

野菜や果物より、丁寧に育てられ扱われているかもしれない。


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私たちの生活の中で求む癒やしは

やはり私たちの手でつくられているのだ。

お金もグルグル回っているけれど、業もグルグル回っている。

問題も人から生まれ、解決のビジネスまで生まれる。

世の中から生まれたストレスをメンタル用商品で解決する。


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この切り花はいったいなんのためにつくられているのであろう。

首が弱い赤ちゃんを抱くように収穫し

千と千尋の神隠しの坊のうように世の中を見せずに管理する。


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私は、切り花を購入することは無いのだが

街で見かける花たちは、一本一本大切に育てられてきたのだと

つくられた花のいのちまで目を置くようになった。

街で生花のコンクールのような展示が催されていた。

私が抱くようにして収穫したヒマワリと似ていた。

色が大切と、ハーブも生ける。

食と効能でしか考えたことがなかったハーブも、大切に育てられ

きれいな姿で街に売られていった。


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植物の私たちへの役割と効果とは

全ての五感と栄養と効能、メンタルまで

私たちの生命に密着していた。

花の人生のうち、花が咲いているときが一番輝いているならば

その一番輝いている「時」を大切にしてあげている私たちの人生の

輝いている「時」は誰が大切に育てるのであろうか。

それはやっぱり私たち人間で、自分自身なのである。

ブドウやオリーブを育てていても同じように思ったことがある。

母がこの世を去ったときに

若かった私になんとなく教えてくれた。

植物の人生と私たちの人生は似ているなと。

だから私は、抱くように収穫したヒマワリを持って

母のお墓参りに行くことにした。

母の命日は、まだまだ梅雨の蚊が飛び回る生暖かい曇であった。



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この日に Anniversario

ブドウをを摘んでから Foglie di Uva

風に揺らぐ田 Le risaie



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私は外出中歩くのが好きだ。

ただただ好奇心旺盛だからである。

歩けば上から下、右、左

よく見れて立ち止まることもできれば写真も撮れる。

自転車だとそれがなかなかできないから

他と同じ移動手段用の乗り物にしかすぎない。

少年も小さい頃からずっと歩いてきたから

車でピャッと行っちゃうより、歩いていこうよと提案してくれる。

節約もそうだけど、エコだから、できるときは大いに歩けばいい。


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だから歩いた。


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東京に泊まるにはどこがいいか。

いろいろ探した。ホテルもカプセルもシェアハウスも。

ワイン&オリーブオイル会用のグッズはたまた旅行帰りのお土産で

重い中型スーツケースを引っ張って歩く私は

主要駅から徒歩5分以内がいいに決まってる。

しかし、安くて安全で便利な都合のいいホテルはなかなかない。

最も行くであろう街から遠いところに宿泊先があっても

交通費がかかってしまうのは賢くない。

乗り継ぎが多くなるようなところに泊まるのも

駅構内の徒歩でエネルギーを消耗してしまう。

コインロッカーを使わずに荷物を預かってくれて

高速バスを利用することが多いならば

新宿バスタ(新宿駅南口)付近に

ホテルを探すのが私にはベストであった。


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あった。


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一本奥にある30年来のクラシックスタイルの旅館から

少年の目的地、渋谷まで明治神宮・原宿を通って歩いて行った。

懐かしいな。青春時代よくショッピングしに来た街だ。

少年もそのうちそうなるのかな。

何しろ若者の街だから、若者が多かった。

世代交代を感じた。

写真を撮ることが恥ずかしくなった。

今より昔を撮りたくなった。

ん十年も経った今、新鮮さがちょっと似ていた。

今写真を撮ると、昔の私が飛び出してきそうだった。

表参道の脇道を通うホンモノの青春クンからいうと

私なんかまだ若い方なんだそう。

もっともっと年上のイケオバとかイケオジってのがいて

歩いてるとめちゃカッコイイんだそう。

そうか。もうしばらく通えそうだな、大地の住人。


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私は表参道の脇道にある青春クンが通うヘアサロンでカットをした。

ファッションの街原宿だぜ!

すごく期待していったのだが、私の要望に合う髪型は

この機能的ないつものスタイルということに留まってしまった。

私のナチュラル剥き出しのハクハツカラーは

ファッションの街に違和感がないのかもしれない。

そうよ、ナチュラルカラーが私流ファッションなんだから。

サロンで見習う青年たちは

コミュニケーション力も見習い中のようだった。

オリーブオイルのことを積極的に聞いていた。

古着のリメイクジャージファッションが流行っていることを話してくれた。

私も若い頃はこうだったのかな。


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少年は、渋谷のスクランブル交差点に行きたがった。

これだ。

外国人がつくるニッポンプレゼンムービーに登場する交差点。

少年みたいにムービーで撮ってる人がいっぱいいた。

交差点を見渡せるSTARBUCKSは列をつくり

Fの特等席には順番待ちもしくは

座席中の他人の頭上で撮影が行われている状態だった。

確かに眺めていると小さな人間の粒が集まって突進して交差して

ミニチュアフィギュアのようでおもしろい。

人生のすれ違いを学んでいるかのようだった。

私は、この交差点の目に飛び込む大型ビジョンで

昭和天皇の訃報を知った。

黙祷しながら信号を何回か見送ったことを覚えている。



渋谷も原宿も新宿も六本木も銀座も

入るどの飲食店には満席なくらい人がいっぱいいた。


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六本木にあるコレクションを持たない国立新美術館

The National Art of Center, Tokyoに行った。

黒川紀章氏設計のカーブしたたガラスの積み重ねのエントランス

そしてロビーの吹き抜けはリッチな気分にさせる。

この開放感は、少年からすると手の届かない遊び場のようだ。

飛び跳ねても何も届かない。

エレベーターを往復し、空間を満喫していた。

ロビー脇にある北欧スタイルの椅子が並んでいる。

シンプルデザイン北欧家具好きにはたまらない。

サイズが贅沢なデザインは、リラックスからあえて遊び心が生まれる。

ウェグナーのシェルチェアーに座れるだけでもう満足。

私たちは9月2日までやっているフランス人アーティスト

クリスチャン・ボルタンスキーの回顧展Lifetimeに訪れた。

集団、個、死、宗教、社会、想像、思考、遊び心、空間、表現

少年にも何か伝わったのではないだろうか

空間アートはおもしろい。


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私たちは、国立新美術館を見下ろすように

六本木ヒルズの展望台に上った。

あ、新宿都庁だ。前回あそこに上ったんだよ。

次回は東京タワー。その次はスカイツリーに上ろう。

大きい青山霊園をはじめ

ポツポツお墓付きの寺が街にあるのが妙な光景に感じた。

イタリアの教会みたいなものなんだろうけど

無機質な人工の街に祖先様の居所が不自然に思えた。

見渡す限り大小のビル。

こんなところにも住んでいるのか、真下には六本木高等学校。

ナポリのスパッカナポリのように道で街が真っ二つに別れている。

高速が街の上をくねくね通っている。

まるで未来都市みたいで

車が宙に浮いて移動しているように見えた。


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ヴィンチの丘から見渡す景色は

人工の街ではなく人工の畑だ。

ビルが木々一本一本のようだ。

東京はどんよりスモッグらしき層で街は覆われていた。

田舎は、覆われることなく天気に左右される。

ヴィンチは雨が2ヶ月降ってないそうで、カラカラしている。

どこかで雨が降っているだろう空気は流れているのに。

今日の夕日はまるで日の丸のようだった。




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クーポラを目指して Firenzedel mondo

白黒のピサ ESCHER

頭の中はシュルレアリスム Surrealismoa Pisa



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家族をおいて一人で旅立ち、三週目ぐらいであろうか
ちょっと家族とイタリアの生活が恋しくなった。
チャットで繋がってたって、全てがわかるわけではない。
ある日、夢をみた。
少年が私の背を超え、私が見上げて驚いてる夢を。
少年が青年となり、私に笑いかけているのだ。
なんだか自分が老いてしまったのか
ずいぶん遠くにいっちゃうような距離を感じた。
私はこんなにも離れているのか!
はっと目が覚めたけど、現実っぽい気がして会うまで疑っていた。
一ヶ月後、少年はちょっとだけ成長していたが
夢のような青年ではなく、ちょっとほっとした。
旅の間は、早く成長しろよと思うことばかりだったが。
少年は、友の親子と日本に到着した。
イタリアの14歳未満の未成年の少年は
一人では出国できない。付添人が必要である。
航空会社に依頼するか、信頼する人に委ねるか。
学校なんかで今の子は出国する程の
空の旅や海の旅の修学旅行なんかあるんだから
割と頻繁にあるようだ。
警察に出国許可を申請しに行ったとき
私が並んでいる列にはそんな親子が複数いた。
それにしても乗り継ぎを含む国を超えての空の旅である。
快く引き受けてくれたママ友親子に感謝である。
ただ連れてきてくれたことだけではなく
私の要望でこういう環境になっていることを理解してくれたことに。
いってらっしゃい、と。

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私には両親もいなければ兄弟もいない。
しかし、友がいる。
大切な友たちは、いつでも親身になってくれる。
長期滞在の拠点とさせてくれた友。
そう、私の要望で、あっちこっちを歩き回っても
ただいまーと言えば、おかえりーと迎えてくれた。
その高校時代の友は、娘のアトピーを治そうと食育を学んだ。
私が学んだ農薬の危険性や
なぜ無農薬や無添加を食べなくてはいけないのか
エコな暮らしの方法、情報やアイデアを交換する。
日々の幸せな暮らしを送る彼女たちの生活に
邪魔するように出入りする私は失礼極まりない。
生きている間に最良の恩返しができるであろうか。
私流でいいのであろうか。

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小学生の頃からずっと仲良くする友たちもいる。
お互いの進路を応援し、お互いの人生を励まし合ってきた友だ。
家庭を築き、子が成長し、子育てしながらちょっとずつ働いて
みんなが様々の人生を送っていても、どっか似てて
今回久々に女だけで会うと、話は遡ったり地元の話だったり
勿論子どものことだったり家族のことだったり。
本当の悩みは打ち明けないんだけど
ひっくるめた話をすることで私たちはちょっと一安心して
また自分たちの生活に戻る。
マキちゃん、マキちゃんと私の帰りと少年の来日を喜んでくれた。
ちょっとずつ変わる私たちの風貌でも
何十年も見てきた私たちの中身は変わらない。

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絶対に会ってありがとうと言わなきゃ。
でもグループが全員集合することはなかった。
なんでこんなに忙しいんだろうね。
年を取れば取るほど忙しく感じるのは私だけであろうか。
やることとやりたいことが相重なって、自由時間なんてちっともない。
きっとみんなそんな生活をしているのであろう。
私のオリーブ栽培なんかを応援してくれる友たちだ。
青春時代の友たち。
デザインを学ぶ傍らあっちこっちに興味を抱き共に行動し
あーでもないこーでもないと刺激を求めた友たち。
東京に暮らす友たちは、賑やかな新宿に集まる。
そういうわけで誰かしら用事があって欠けるのだが。
デザインを学んだ友たちは、どこか思考回路が似ている。
会い足りないと再び新宿で集合する友たちに
くぅぅぅ懐かしい・・学生時代のように
誕生日を祝ってもらい乾杯することができた。

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フィレンツェシスターズはアネキたちである。
東京に暮らすアネキは、旅する土鍋の作者である。
展覧会と制作とリサーチやレポートで多忙な作家活動の中
田舎暮らしのイモウトの私にキリリ東京を案内してくれた。
おしゃべりはヴィンチ訪問にとっておいて、東京を歩こう。
二人で東京を歩くのは初めてかもね!
そしてもう一人のフィレンツェシスターズは旅好きシスターズ。
香川県の実家では
私までふるさとに帰った気分のように迎えてくれた。
ノープランスタイルの旅は、その場のアイデアとハプニングが
まるでプランされた旅のようにおもしろくなってくる。
そんな旅をフィレンツェでも実家でも私たちは繰り広げた。
行き当りばったりのことに、私たちはびくともしない。
なんとかなるさシスターズ。

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ワイン&オリーブオイル会を主催してくれた友たち。
私が伝えたいことに興味を持ってくれ
友の友たちにも伝えなきゃと思ってくれた。
良いことだと思ってくれ、活動を共にしてくれた。
少しでも多くの方と共感できたことは光栄である。

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亡き母の友は、亡き母と私と少年が喜ぶよう世話をしてくれた。
些細なことでも手を差し伸べてくれ
不自由な短期の田舎暮らしでも不自由さを感じなかった。
先輩なのに年齢を感じさせない。
気持ちよくしてくれる姿は見習うところだらけであった。

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新しい友たち、出会った友たち
心配してくれた社長や平成の若者たち

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少年の成長と共に、日本語がイマイチでシャイな性格の少年
のお相手をしてくれた友の子たち。

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世代交代した叔父さん叔母さん
その側にいる同世代の従兄弟たち。

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みんなみんな迎えてくれてありがとう。
日本に家族がいなくたって
ただいまと帰れるふるさとがあって嬉しい。
ずーっとずーっとぐるぐると輪が回りますように
途切れることなく。

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夏もそろそろ終わりかな、日がだいぶ短くなってきた。
キュンとなった家族とまたワイワイケンカしたり笑ったり
静かな大地に我らの声が響いているではないか。
ヴィンチの丘は広大な空に沈む日が見渡せる。
これを家族と眺めることが私の日課なのである。


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一面フサフサでキラキラと視覚の湿気が目に飛び込んでくると

日本に帰ってきたなぁと私は風景に迎えられる。

東京都だと街と家が立ち並び

人工の街が電車を乗り継いでも果てしなく続く。

しかし、県へ行くと、県名である駅以降は

すぐ田舎っぽい風景となってくる。

田んぼや畑が一面に、遠くには蔵をもった家も見えたりする。


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東京都、神奈川県、千葉県

岡山県、広島県、香川県、徳島県

を初夏から今年は長いと言われた梅雨の間

そして梅雨明けの待ってました夏到来まで

田舎を眺め、迷路な都会を歩いていた。


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私が千葉県南房総市の田んぼを眺めていた六月

田んぼは、根を植えるか植えたばかりの時期であった。

山のダムから流した水はキラキラして見えた日もあったけど

どんよりの雲と水面にいくつもの穴を開けるような

雨の田んぼを見ると土地の住人になったような気になった。

田んぼを覗き込むと、おたまじゃくしがいっぱいいた。

泥の中にも隠れたりしていた。

地上には小さなそれでも成長した緑の雨蛙がそこら中にいた。

ヒンヤリとした葉っぱの生い茂っているところや

ヒンヤリとしたコンクリートや鉄などの素材にへばりついていた。

あぁそういえば、おたまじゃくしはいるけれど、それはヒキガエルで

愛嬌のある緑のアマガエルは、ヴィンチにはいない。



何年振りだろう・・・田んぼを覗き込むなんて。

折り紙のピョンピョコカエルのように

飛び跳ねるカエルを観察するなんて。

小学生の頃、それはそれはど田舎の小学校に

半年ぐらい通っていたことがある。

その田んぼの中にある小学校に

どの生徒も長い時間をかけて通っていた。

なんでこんなところにつくるんだろう。田んぼのど真ん中に。

私はそこで入学式をしているから

きっと一学期の間だけだったかもしれない。

春から夏にかけてだ。あ、今の時期だ。

学校の帰り道、友だちとそして一人でも

土手でおたまじゃくしを捕まえて遊んでいたのを思い出す。

泥の色とか硬さも思い出してきた。

たった半年の少女期の思い出が

こんなに体に染み込んでいるなんて。

記憶が五感に残されている。



約一ヶ月千葉県の住人になっていると

田んぼの成長もわずかながら伺えた。

確実に成長している。

フサフサなのに雨に打たれてもフニャッとしない。



時々女性までもが田んぼの周りを草刈り機で草を刈っている。

イタリアで草刈り機を扱う女性を見たことがない。

しかも、歯がついている鋼のディスクを使っている。

きっと草刈り機の操作がしやすいんだろうな。

根本から長く切って草が横たわる。

夫が嫌いな方法だ。夫は微塵切りにするから

草を刈ったところの見た目がイイ。

しかし、この湿気と程よい気温ではまたすぐ草は

横たわった刈られた草の間から生えてくるであろう。

日本の梅雨期は草刈りとの戦いであろうと察する。



管理の行き届いた田んぼ、継承されなかった田んぼ、見てわかる。

こんなところにも!と思うような田んぼもあれば

あそこだけ主が違うのかな、と

一部欠けたパズルが完成されなかったような田んぼの風景もあった。

経営を保つことも難しければ、風景を保つということも難しい。


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徳島県は勝浦郡の上勝町というところの棚田を

レンタカーを徳島駅から借りて見に行くことにした。

とにかく目的地まで時間のかかる田舎の旅は

車が一番である。

公共の電車とバスを利用していたら、もしかすると

目的地に辿り着いても帰ってこれないかもしれない。

イタリアでも不便な生活をしているから

移動に時間がかかるのは慣れているが

時間の限られた旅となると、どこかで旅費を削ったり

どこかで時間を節約したりしなくてはいけない。

見知らぬ道でも不慣れなドライブでも

よかった、千葉の南房総市でミニバンを借りて過ごしていたため

感覚だけは日本の運転モードになっていた。


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電話番語を入れるだけで目的地を案内するナビのおかげで

夜な夜なでもど田舎のそしてヒンヤリと空気が変わった山の中でも

細そうな道のちょっと上った農家の民泊に辿り着いた。

急遽決めたその民泊のおばちゃんは親切であった。

「よく来たね。アナタは運転が抜群だね。抜群てわかる?」

「あ、はい、分かります、日本人ですから。」

私、変な日本語使ったかしら?

予定よりかなり遅くに着いた私たちに

とりあえずお風呂より先に晩御飯を差し出してくれた。

あぁ、美味しい。民泊の良さはここにある。

地鶏の唐揚げを頬張らせていただいた。

そして、日本の旅の間晩酌に欠かさず飲んでいた

ビールを飲まずにはいられない。

上勝町のクラフトビールをいただいた。

上勝町に来たもう一つの目的である。

また機会をみつけてブログで紹介したいと思う。

お腹と喉を満足させた後

用意された薪で焚かれたお風呂に浸からせていただいた。

まだ真っ暗で辺りの様子はよくわからない。

音や空気で察するしかない。

なんだかこんな山奥に泊まるのはギリシャのグリキ以来だな。

グリキの石積みの民泊は、空気も乾燥していたせいか

明かりを消すと、小さなサソリが寝室にいっぱい出た。

そんな消えない思い出が脳裏をかすみ

部屋を暗くするのに緊張した。

弱い母ちゃんを見せるわけにはいかない。

クモとかゴキブリとかいっぱい出てきたらどうしよう・・・

なんて思ったけど、開き直りと疲れで真っ暗な中熟睡できた。


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翌朝、雨戸が無いから、日の明かりとともに目が覚めた。

サマータイムがないから日の出が早い日本。

夏至の近い時期は4時半頃から明るいのではないだろうか。

その時間にうっすら目が覚め、いつも二度寝をする感じだった。

それでも早く目が覚めてしまう。だから夜も早くに眠くなる。

そういうわけで、早朝、どこでもいつまでも寝れる少年をおいて

一人で外に出て散歩することにした。


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こ、こ、こんなところに来ていたのか。

山に囲まれ、上ってきた道の所々に民家がポツポツとあって

でもそれはちょっとイタリアの山の村々とも似ているような

移住民では決してなさそうな代々からの民家で

土地の産物を継承し続けて生きているような

長い暮らしの形跡のある民家の傾斜にある庭や畑には

私からすると珍しいものが植えてあって

観葉植物のような草花が堂々と咲いていて

虫が草花にブンブンたかってムシャムシャ食べて

土地と空気の生きた暮らしが伝わってきた。


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おばちゃんの手料理朝ごはんでしっかり腹ごしらえをした。

棚田に行くにはどうしたらいいか訪ねた。

この上勝町では、棚田が有名で世界から観光客が訪れるそうだ。

私もその一人。

是非我がニッポンの棚田百選級の棚田を見てみたい!

棚田ビューポイントがいくつかある。

そのためにレンタカーを借りてきたのだが

おばちゃんがサービスで案内してくれるという。

民泊では土地の産物体験をさせることが売りである。

私たちは、民泊で体験しない分

観光案内がおばちゃんのサービスであったのであろう。


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断ったけど、おばちゃんが連れて行くと強く言った訳が分かった。

こんなところ私は絶対に運転できない・・・

おばちゃんが、私たちが到着したときに

運転を褒めてくれた理由がわかった・・・

すごいところだった。

かの有名な棚田は、軽自動車一台しか通れないこの細い道を

くねくね上っていく所々にある。

おばちゃんがかっこよかった。

マニュアル車で坂道を登り下り

対向車が来たらバックで凹みまで下がる。

おばちゃんは、現在も稼働している米を挽く

水車小屋にも連れて行ってくれた。

少年が「あれ何っ?!」とビビっている。

そこにはなんと、ブラジルのアマゾンとかアジアのジャングルとか

とにかくテレビでしか見られないような

それはそれはものすごい大きさのスズメバチの巣があった。

おばちゃんは「あら、よく見つけたね。おばちゃんも知らなかったよ。」

と全然驚いた様子もなく言う。

「あぁでもあれ、もう終わっちゃってるね。だから大丈夫。」


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おばちゃんは用事があるようで急いで

国の重要文化的景観に認定されている

樫原の棚田に連れて行ってくた。

他のビューポイントからも眺めたかったが

欲張らない、こんなところ一人で来れないんだから

案内してくれただけでも嬉しいと思え。

四季折々の姿があり絶対にいつでも美しいであろう。

一日の時間でも畑に照らす光は違うはずだ。

この真上に月なんか現れたら最高だろうな。

何度も来なくちゃ見れないし

いろんな姿が見れるのは住人の特権だ。

私がヴィンチの家から眺める夕日を見て住人の特権と思うように。


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私たちが上勝町を訪れたのは

梅雨が明けたと宣言された日であった。


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あれから朝から晩まで逃げ場のない蒸し風呂のような

暑い夏が始まった。

帰伊する前に再び戻るようにして千葉県鴨川市の

大山千牧田の棚田にも行く機会を設けた。

東京から一番近い日本の棚田百選に選ばれた棚田のようだ。

こちらは、狭い恐怖感はちっともなかった。

広大に棚田が広がり山々に挟まれたところではなかった。

まるで草原の中にいるように田の穂が風に揺れていた。

そう、もう穂が出てきている。

今一面の緑が黄金になる秋の収穫はもうそう遠くはない。

日本人が毎日食べるお米。

無事に収穫できることを日本の向こう側からも祈り願う。


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私のオリーブは春と初夏の異常気象に耐えている。

耐えられなかった品種もあるけれど

最後まで美味しそうに成長しているオリーブに期待しよう。



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灼熱の光Commemorazione

もぞもぞ成長、BIOでいることScacchiatura

不自然な自然Ora diprimavera


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「暑い。喉が渇いた。お水ちょうだい。」
梅雨明けの広島は暑かった。
お水、お水としつこいほどせがんだ少年。
この場に及んで・・・と腹が立つほどだった。
しかし、熱中症対策には水分補給が一番だ。
私にもある母心と大切な命と恵みの健康を維持するよう
二人で各々に水を飲んだ。

広島が見渡せる高台の神社に行った。
その向こうには、瀬戸内海とその浮かぶ島々が見渡せた。
様々な産物を生み経済が発展した瀬戸内海
島々のグラデーションが歴史を語っているようであった。

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トラムから降りて原爆ドームを目の前にするまで胸騒ぎがした。
しかし、廃墟を目にすると空虚な自分になっていた。
あんなにバクバクと胸騒ぎがしてたのに。
周りは都会と変わらないビルなんかが建ってて
写真を撮っても原爆ドームと現代が同時に写り
イタリアで暮らす少年への説明は目の前の記録だけであった。
イタリアの何百年前の廃墟と似ていたりもする。
少年は、何を思っただろう。
もう頭で理解するしかない。

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資料館の中は、暗がりに展示され涼しかった。
しかし、写真と語りを見れば見るほど、体の中は熱く込み上げ
私の小さな水分が粒となって溢れ出た。

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醜い戦争。
どうして戦争なんてすることになってしまったのか
どうして戦わなければいけなかったのか
どうして争う暮らしをさせられたのか
いつになってもまったくわからない。
どんなに説明されても、理解不能のままであろう。

この資料館は、原爆の恐ろしさについて語られている。
原爆の成功を収めるために
試験原爆があちらこちらで行われていたこと
原爆投下後、数年後そして次世に
私たち人間の命だけでなく、地球上全ての命に
この頃から私たちを含む生態系は崩れてきたのではないだろうか
と、感慨深く考えさせられた。

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この年にもなって知らないことばかりで恥ずかしくなるが
いろんなことを資料館で知った。
戦争の前も最中もちょっと後も
10巻のマンガ«はだしのゲン»を
フィレンツェの日本語補習授業校の図書館で借りて涙し
これは絶対に広島に行かなくては!と駆り立てられた。
そして、少年が中学生となり
じわじわと戦いと争いの歴史を学び始めた。

世の中でまだまだ国内戦争をやっている国がある。
そこから逃げ出す若者や家族がイタリアに渡ってくる。
こちらの大陸を夢見て泳げない彼らは航海する。
テロって何だろう、誰でも標的にされる。
小さな彼らの、理想を目指す社会への想いは
少しでも崩壊することが達成なのであろうか。
いつになっても私はわからない。

あっという間に命を奪われ、あっという間に生活を崩され
それは、自分の意志ではなく
勝利とか獲得とか満足とか
誰がなんのメリットがあるのか全く検討のつかない発想に
世の中の人々が巻き込まれることが
私は許せない。

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あっという間に失う命もあれば
はたまた温かく見守られる命もある。
日本の終戦記念日8月15日は
イタリアではFerragostoフェッラァゴーストという祝日で
聖母マリアが現世での生を終え、天に召されたことを記念する。
日本のお盆休みのように実家へ帰り大家族とワイワイ過ごすか
とにかくワイワイピクニックをしたりのんびり平和に過ごす日である。
私たち核家族は、マリアという名の義母のお見舞いに
グループホームを訪問した。
マリアの命には温もりがあるが、記憶の旅に出てってしまった。
今日はマリアの日だもんねと
御馳走を拵えてくれたマリアを見守る介護士さんは
マリアは食欲が旺盛なんだよという。
息子のことも忘れちゃったけど、おちゃめで幸せそうだった。
ピストイアのこんな山奥のグループホームなんだけど
マリアは山奥育ちだから嬉しいかな。
ランチの後はお昼寝の時間だそうで
私たちはマリアに挨拶をし、山を流れる川沿いでピクニックをした。
パニーニを頬張ると喉が乾く。
持ってきた水筒も飲み干してしまった。
川沿いのBarで水を買おうとすると
君たち喉が相当乾いているようだからお金はいらない。あげるよ。
・・・・・ 頭の中がグルグルした。
消え光る命、温かい命、成長する命 ・・・
冷たい川の水に足を浸すと
灼熱の光が心地よく感じたのであった。


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二年前の五月、オリーブの莟の頃

私は三週間手術入院した。

イタリアで三週間の入院は長い。

一週間で退院といわれていた手術入院であったが

三週間と長引いてしまった。

あの時私は一人で白い箱の部屋で苦痛と退屈な日々を過ごした。

それでも毎日夫が顔を出してくれた。

あったら嬉しい物を運んでくれたり、家の様子を報告したり

顔を見るだけでも、気分転換になった。

我が少年は、学校行事が忙しかったり、宿題に追われたり

スポーツに行ったり、TVに夢中で、時々しか訪れなかったけど

寝たっきりの母は体力不足で声を出す力も失っていたので

案外気を使ってくれていたのかもしれない。

初期にリセットされたのかな、赤ちゃんに戻ったように

起き上がるリハビリから始まって、歩くリハビリ。

ベットでゴロゴロしていると動けなくなると焦り

できる限り立っていたし歩いていた記憶がある。

休憩に入院後半本を読みまくって、内容に涙していたこともあった。

ある日、少年が訪れた時、リハビリ中で起立していた母を見て

泣きついてきた十歳の少年の姿も覚えている。

・ 記憶を記録の記事 ・


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そして今、またほんの少しの間、家族と離れる。

今度は、私の意志で。

友人たちもみんなやってるから、私もできるんじゃないかと

挑戦的な気持ちで出発する。

家の中私一人で殺気立っている。

友人たちはそれでも向こうから仕事やなんやで呼びよせられて

家族を置いて一人出発しているのだが

私の場合は、私の希望で一人で出発する。

そういうわけで、入院以外、私は一人で過ごすことがない。

常に家族と一緒で、常に家族のことを考え

常に家族をサポートしてきた。

家族を一番に考え、仕事の選択も家族を優先してきた。

友人と外出することもなければ、夫婦で外出することもほぼない。

義父母がいたら・・とフリーを想像してみるがあまり浮かんでこない。

少年がイタリアの中学生となって、学校への送迎義務が終了し

私は、万歳をしたほど嬉しかった。

この送迎義務が、フリーになりきれない難点だったように振り返る。

今は、自分で朝登校し、昼に一人で帰宅する。

ヴィンチ村でイベントがあれば一人で行けるし

図書館も一人で行けるようになった。

日本では当たり前の話で驚くであろうが

イタリアでは、それでもまだ14歳未満の未成年は

一人で行動すると、民衆の目を引く。

お昼ご飯は、用意してあるお皿を温めてペロリと食べているし

おやつも勝手に多めに食べているw

サッカークラブへは有料でお迎えが来て、帰りだけ迎えにいく。

少年はタブレット、夫もスマフォデビューを果たし

三人でグループチャットができれば、距離はさほど感じないであろう。

家の人は、母国で羽を伸ばすだけである。

人生の中のちょっとの期間ではないか。

できる、できる、と言い聞かせ、家族で初体験に挑むのである。


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ブドウの目掻き作業が一段落し、ホッとしている。

ワインのボトル詰めが出発前に控えているが、もう慣れたものだ。

農主の新規のお客様は大量発注して下さった。

ボトル詰めトラックを呼んで、はりきってのご対応。嬉しそうだ。

私も、お手伝いができて光栄である。

しかし、この五月、雨模様の寒い天気が続く。

芽が出る頃、花が咲く頃、結実する頃、熟す頃

実りの天気というのはとっても肝心で

その時期の天気で実の状態が決まる。

オリーブの芽は出て莟もあるが、この寒さで莟は小さいままだ。

実の芽も出てこなかった木がある。葉の芽は元気がいい。

オリーブの花は、5月の24日前後頃開花する。

開花までに膨らみ始めるところが膨らんでいない。

開花を見届けずに離れるのは寂しい。心配が募る。

そして、雨が続くと大地が乾かない。

大地の表面ではなく、地下である。

それでもトマトを大地に独り立ちさせた。

トマトを簡易ハウスで育てても、成長が遅い。

小さいのもあるが、自然農法の耕さない畝に植えた。

刈り込んだ草の嵩に埋もれて、まだ支え棒は必要ない。

大地に植えるときは、なるべく土が乾いた状態がいいが

仕方がない、濡れた土に植えることにした。

シソとペペロンチーノは鉢替えしたいが、全然大きくないので

必要がない。困ったな。

夫は草刈に追われている。私が土いじり係りであった。

やはり、二人で手分けして育てていかないと一人では無理だな。

強行シングル里帰りの無理がだんだん見えてきた。


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しかし一度決めたことだ、決行しようじゃないか。

動いてみないとわからないことはたくさんある。

動いてみて問題に気が付くことだってある。

じっとしていたら知らないまま過ぎていくのは勿体無い。

一人という時間を家族が必要なときに味わってみたいのだ。

私にも少年にも夫にもリセットされるような気がしてならない。

なんとかなる。

どこまでなんとかなるのか見当付かないが

心配ばかりしていたら行動ができなくなる。

開き直って、家の人が国の人になるだけのことを

それぞれに体験したいと思う。


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母国では、地球と体に優しい暮らしを伝えられればと願う。

イタリアより断然化学の国ニッポン。

イタリアは色んなことに機能しないけど、正直だと思う。

ニッポンは便利だけど、知らなければいけないことが見えないと思う。

私の小さな頭脳でも、イタリア田舎暮らしと

私のニッポンを同時進行させながら生きる今を

語れたらな、なんて想像しながら

ワイン&オリーブオイル会で披露するオリーブオイルの試飲をした。

そうこうしている内に、私のオリーブの木が

プレート用にスライスされてきた。いい香りだ。木目も最高。

私の生きる今のホンモノの香りを届けられそうだ。




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白い箱の部屋 Quadrifoglio

幸せの種 ilmare d'autunno

祖母とマキちゃん


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嵐のように現れ、嵐のように去っていったピンクイベント

Giro d'Italiaジーロ ディターリア2019

レオナルド・ダ・ヴィンチ死後500年記念ということで

ヴィンチ周辺を2°-3°ステージにあてられた。

興味のある人は、ものすごーく興味があるだろうし

興味のない人は、全然興味の持てないスポーツ

自転車競技である。

イタリアでは、自転車で車道を走る競技がとーってもメジャーで

競技ではなくても、個人のスポーツとして道を走っている。

プロではない自転車好きの人でも80kmはフツーに走っている。

年金取得者であろうか年配の方は平日にひとっ走り

日曜日には、若者も黙々・孤独派もしくはワイワイおしゃべり派

などなどいろんなスタイルで、我が家の前の道を走っている。

体に良いことだから、マナーさえあれば、すばらしいスポーツだと思う。

しかし、たまに競技として道が塞がれるのだが

その後の道路には、選手の投げ捨てたプラスチックボトルを

発見すると、このスポーツが嫌になる。

友とひとっ走りの人たちが、道を占領していると

車の渋滞ができ、車を運転している人たちはイライラする。

私だって自転車で畑までひとっ走りするが

道の端っこで走り、車の邪魔はしていないと思う。

少年に、危ないから端っこ走って!道にゴミは捨てない!

なんて親は教えているのだが。

スポーツ意識でやってると、スポーツマンの方が優位なのであろうか。


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その自転車競技の中でも一番大きい競技なのであろう

Giro d'Italiaでは、イタリアの指定された各地を走る。

今回は、知っている土地なだけに

普段興味のない私でも興味を持った。

ステージでは、ボローニャから出発し

ヴィンチの山モンタルバーノの2ヶ所を難地点とし

ヴィンチを通り、Fucecchioフチェッキオでゴールした。

フチェッキオには湿地帯(Paduleパドゥーレ)があり

そこでレオナルド・ダ・ヴィンチがザリガニ拾って遊んでたw

というのだから、彼のテリトリーとしては重要地なのである!

ヴィンチ地区に入ってきたとき、少年の学校のお友だちは

ビデオに収め、インスタなのでアップし、所々で様子がわかり

おもしろい中継となった。私は、TVの生中継を追って

自分の知ってる道を見るたびに興奮したww

ドイツ人(名前覚えていない。毎回少年に質問するが覚えられないw)が優勝して

コンパニオンガールのキスマークくっつけて、インタビューされていた。

そのゴール風景のリプレイをニュースなどで何度も見たのだが

ゴール寸前にグループから抜けてゆっくり走り出す人がいる。

少しずつ、このスポーツの戦略が見えてくる。


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さていよいよヴィンチ村出発のステージ。

前夜、ヴィンチ観光所のフェイスブックで

村のピンクライトがアップされていたのを見て思い出し

部屋着のまま少年と夜な夜なヴィンチを散歩した。

静かなピンク色のヴィンチ村を見に訪れる

私たち親子のような人がちょびちょびいた。

今フェイスブックを見ていた人に違いないw

すでにヴィンチ村は盛大にセッティングされ

夜でさえ進入禁止なところもあった。




スタートがランチタイムということもあり

一目見ようと混雑が予想され、ヴィンチの学校は閉鎖された。

Giro d'Italiaのために学校が休みだと?!

少年はその混雑の中で友だちとはしゃいでいた。

選手と握手もした様子で、中一クンの思い出となるであろう。

少年の動画を見ると、すごい人が集まっていたことが伺える。

選手入場のコースも用意されていたようだし

舞台では選手一人一人チームで紹介されていた。

一人ニッポーニコ~と叫ばれていた日本人の選手もいた。

出発のカウントダウンは、数キロ離れたブドウ畑にも聞こえてきた。

出発から逃避的単独走行していた初山翔選手。

実況中継しているアナウンサーたちは

今日の強風でこの手段は適していない

勝てないリスクの方が強いですね~。でも日本人のことだから

作戦があるのでしょう。と伝えていた。

一回のステージに200km以上5時間以上走り続ける。

雨が降ろうと風が吹こうと競技は決行される。

行程や体調、天気次第で困難さに左右される自転車競技。

集団で走っていき、困難度の高いところで差をつけるようだ。

チームとなって作戦をくみ、邪魔をしたりしているようなのだ。

なんとなくわかってきたけど、中継を見ているのはつまらな過ぎる。

ステージのゴール地点はOrbetelloオルベテッロ

よく行くビーチの近くだ。あっちでも強風模様。

ブドウ畑も冷たい風が吹き付けていた5月も半ば。


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夕方、今晩のパンを買いにヴィンチ村に行ったが

今日の出来事が嘘のように、跡形もなく片付けられていた。

舞台やイベント用ピンクのテントは

次の出発地点に移動したのであろう。

残されていたのは、ピンクの風船。

イベント目白押しの寒い春も終わりのはずのヴィンチ村であった。




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ヴィンチの村民となった式典 BuongiornoPresidente!

みどりストリート StradaVerde da Vinci

熱いヴィンチに月染まる Festadell'Unicorno


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日本語補習授業校では日本と同じく我が少年は中一クン。

授業でことわざを勉強しているみたいだ。

けっこう難しい・・というか、私もなかなか使わないことわざなんかも

ノートに書いてある。漢字と同じで、一度勉強しておけば

聞いたことがある、見たことがある、という期待だそうだ。

ことわざを使って文をつくりましょう・・・おうちでやってきてください。

これは私の宿題みたいなものじゃないか!


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近頃、ボランティア活動に時間を費やしている。

ボランティアとは、自ら進んで社会事業に無償で参加する人

とある。まさしくもそうである。

519日の異常気象現象対策のデモイベント

ヴィンチ村の隣村である。と前回の記事にもアップした。

そのイベント用に展示する作品を制作しているのだが

ボランティアである。

本来働いていないお金のない子どもたちの

その子どもたちの未来のためのデモなんだから

メッセージと私の時間を、私のできることとして参加したいと想う。

先日、そのイベントのチラシが刷り上ってきた。

それをイベントオーガナイザーが取りに行って

承諾をしてくれた自治体や学校、スポンサーに届けている。

私とも待ち合わせをして、ブドウ畑の中で受け取った。

こんなにいつも動いてて、これボランティアなんでしょ?

そうよ。金曜日も一日ボランティア活動。

ラウラは、SNSの配信もイベントのオーガナイズもG.A.S.の参加も

いろんなところでボランティア活動をしている。

どうしても地球と体を守りたい人間で、それは一人で想っていても

考えていても守れないと考える人だ。

私も同じ。活動しているメンバーはみんなそうだと思う。


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私のこのブログも地球と体を守りたいボランティア活動の一つ。

SNSやブログで時々共感してくださる方々が世界中にいる。

日本語でもイタリア語でも英語でもコメントを受け取り

日本語の文章だけではなく、写真でも表現できているようで

この世界の少数の方たちに、時間を費やして

メッセージを送っていることは、やはり意味があるようで

嬉しいし続けようと想う。

田舎暮らしはそうできることではないし

トスカーナの丘に住むこともそうできることではない。

大変なこともあれば素敵なこともある。

その生活の一部をバーチャル的に思考の一部に入れたらと想う。


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数年前、日本語補習授業校の役員をやったことがあった。

彼らの活動は、日本とイタリアのアイデンティティーを持つ子たち

を中心に、文化交流的な活動が繰り広げられているのだが

100人以上の生徒を守りスムーズにオーガナイズしていくのに

それは大変な作業があった。

常に補習校のことがグルグルと頭の中をめぐり

一人では決められないから、役員たちと相談し合い

私の時間と頭は、子どもたちにつきっきりという状況であった。

当初のメンバーが上手に運営していったおかげで

補習校はどんどん急成長し絶好調に達した頃であった。

毎度試行錯誤で、なかなかオーガナイズマニュアルが仕上がらない。

それは、子どもたちが楽しく補習校生活を送れるよう

保護者からのアイデアが出るからである。

フィレンツェ補習授業校はトスカーナ日本人会という非営利団体

の管轄となり、日本人会のイベントでも子どもたちや家族を

メインにイベントが企画され、彼らを誘導していかなくてはならない。

毎日毎日イベントのオーガナイズに加わり

役員とだけではなく、イベントに参加してくださる家族との交信も

ある。指示して、問い合わせに対応して、成功を祈って。


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きっとラウラたちは、こんな感じなんだろうな。

イベントを通して伝えたいこと

共感して集まってきた人たちに発信していくこと

持続すること、動きがあること

ボランティア活動とは常に想いを維持していなくてはならない。

時は金なり

ということわざが少年のノートに書いてある。

お金以上に時間は貴重である。

時間の過ごし方はお金には代えられないことがある。

自分の想いは自分の時間かもしれない。

ボランティア活動は、時間と想いで動くことである。

それには強い意志が必要でもある。

時には、出費していることもあれば本業を感けていたりする。

でも決めたことはやり遂げたい。

時は金なりを座右の銘とし、ボランティア活動をする

とでも少年に教えようかな。


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畑も、時は金なり。

大地は金なり。

お金に代えられない我がトマト。

そろそろ大地に独り立ちさせたいが、雨続きのヴィンチの空。

あの言い伝えは当たっちゃったかも。

Terzo aprilante quaranta di durante

四月三日に雨が降ったら40日間雨が降るって。

雨どころか山では雪まで。

ブドウもオリーブも全体的に成長がもぞもぞ。

オリーブの莟がまばらで不安が募る。

冬は冬らしく、春は春らしく・・・

異常気象警報。

五月にやっとCarciofo(アーティチョーク)

緑肥のグリーンピースでグリーンピースご飯。



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子どもデモプロジェクトil mio progettino

大地と住人の井戸端会議 Fiori di Equiseto

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