大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

カテゴリ: イタリア社会


SNSで、都会の人間が田舎暮らしを夢見て

移住した記事をいくつか読む機会があった。

どれもマイナスに終わった記事で

田舎に移住する時の注意事項のように見受けられた。

地元民と移住者との関係が問題となっている。

最近読んだものが

シニアとなって東京から田舎へ移住し

畑をやったり庭でコーヒーを飲んだりのんびりと過ごしたい

という気持ちで移住したが、なかなか地元民たちに溶け込めない

初めてお友達となった方はやっぱり移住者

そして移住者グループで小さな社会ができ

さらに地元民からの反感をかっている

ざっくりいうとそんなような内容であった。

これは日本での話で、ここイタリア-ヴィンチ村の話ではない。


DSCN1297

確かに、私も田舎へ移住してきたとき

まさしくも私たちの家は孤立したような立地なので

ご近所と言えば、敷地内の離れにあるアパートに

賃貸で住んでいる一人暮らしのシニョールシニア氏は

地元民ではなく、エンポリ(10kmぐらい離れた中心地の町)の人。

建物内には我が家だけで、当時空き家であった。

そのまたご近所は200mぐらい離れたところ

そのまたまたご近所は500mぐらい離れたところ。

田舎だから、ご近所とは密集していない距離がご近所である。

イタリアでは、新しく引越ししてきた人が

ご近所さんへのご挨拶回りという習慣はない。

フィレンツェでも一度もしたことないし

知識的に、田舎でも挨拶回りをしなかった。

静かに我が家は超核家族スタイルで暮らしていた。

近所の人と挨拶をするような距離ではない。

田舎の住人たちは、車で移動するから

そう滅多に歩かないのである。


DSCN1281

息子が幼稚園に行き始め

時間を拘束された送迎義務のスクールバス生活が始まった。

朝、息子と遊びながら外で待ち

午後、一人でウロウロしながらスクールバスを待つ。

朝と午後、もしくはどちらか、犬を散歩する

200m先のご近所のご婦人と挨拶を交わすようになった。

一年過ぎ、二年過ぎ、ようやく立ち話ができるほどになった。

思い起こしてみると

ご婦人と仲良くなるのにも3年はかかったのである。

現在ご婦人は

未亡人になってしまったことと病になってしまったことで

エンポリに住む息子の家の近くに引っ越してしまった。

せっかく信用のできる地元民との関係を築いたのに。



息子が成長していくこととしかしスクールバスの送迎義務や

万が一のことも想定して

お祖父ちゃんお祖母ちゃんがいない頼れない我が家は

家から遠くに働きにいけない、車も一台しかない。

私の農業プロフィールでも紹介したように

目の前のブドウ畑で働けばいいんだ、そんな理由で

近所の農園のブドウの収穫アルバイトを聞きに回ったっけ。

白髪頭の日本人がスクールバスを待っている姿は印象的なようで

私は、聞き回っていると、地元民の目に留まっていた。

200mの近所の農園がブドウの収穫時雇ってくれた。

念願の採用に嬉しかった。

我が家の目の前のブドウ畑で働き始めた。

仲間たちとつるんでいれば歩いて通えるが

息子の送迎をしなくてはいけない。

仕事中に抜け出して息子を迎えに行くのである。

時間を短縮させるためにマウンテンバイクを購入した。

息子は、ブドウの収穫の間、ずーっとブドウがおやつであった。

夫も、会社が不況の自宅待機の間は

近所の農業の作業を手伝った。

すっかり農業にはまってしまった私たち夫婦は

ほとんど農園である地元民のご近所たちと仲良くなり信用を得た。


DSCN1187

私が農業の勉強をし始めて

実習先ではバイオダイナミック農法に影響を受け

大切なことを学んでいるんだと

多くの人に知らせようと私もSNSを始め

だんだんヴィンチとヴィンチを囲む村々の地元民に知られ始め

積極的に村のイベントや活動に参加し

私はご近所との関係をつくる以上に

私たちが暮らす大地を守っていかなければいけないと

想うようになってきたのである。

たとえ移住者でも、たとえ異国の者であろうと。

それは、実は、ヴィンチだけの話ではなく

世の中の現代の問題に繋がっていることで

それを少しでも多くの人たちに語っていこうとも

想い始めたわけである。

今は、ブドウとオリーブで四苦八苦している最中でも

イベントオーガナイザーから提案や依頼がくる。


DSCN1282

花が咲き乱れる

(夫はウチだけだよな、草がぼーぼーなのって言うけれど)

我が家の庭で、BBQをしたりパーティーをしたりお茶したり

のんびりとした休日を過ごすことができる。

毎日同じ景色の違う姿を見ながら、日々を幸せに思うし

きっと息子は、育ちが田舎生活だから

一瞬街に憧れるだろうことは予想できるが

ある時自分が生まれ育ったところに帰りたくなったときは

ここに近い環境を求めるだろうな、とも予想する。

(少年は、夏の日本帰国で行きたいところに

渋谷の交差点!と言う 苦笑)


DSCN1189

イタリアと日本での田舎暮らしは、そう違わないと思う

が、本当に地元民の生活に加わっていかないと

ずーっと移住者のレッテルで田舎ライフは

寂しいものに終わるのではないかと想像する。

なんか海外生活での話しと似ている。

日本人だけでつるむだけではなく、現地の地元民と行動する。

だから私は二度目なのである。海外と田舎。

私は、田舎の職業-農業に興味があったことは大きかったと思う。

女で農業の仕事は、イタリアでは応募困難だが

日本には、様々な農業の仕事がいくらだって募集してるし

シニア活躍してます!っていう募集もあるし(イタリアありえない)

寮付もしくは斡旋してくれる農園もたくさんある。

ただ田舎の空気を吸うだけであれば、ペンションや旅館でいい。

生活して満喫するには、地元民の暮らしと苦労と問題を

一緒に分かち合うことではないかと思う。

というわけで、日本の一時帰国では田舎ライフを体験しようと思う。



*私がセレクトした過去の関連記事Best 3 Archivi Selezionati

日本人女剪定士の生みの親 Corso di Agriformazione

原始作造Ⅱ la seconda vita della carta

GAS ローカル興しのBIO商品


Grazie di aver visitato!

最後まで拝読していただきまして、ありがとうございました。




にほんブログ村 海外生活ブログ ヨーロッパ情報へ


Instagram
 ≫≫≫ obatamakivincirealmakici



ひゅーひゅーと近い距離で空が唸る。

何だろうな、胸騒ぎまでもする。



私は、たくさんの計画や予定を練りながら

その日、ブドウ畑のブドウの枝を縛りつける作業をしていた。

道路から離れ、騒音が流れてこない。

むしろ、人の声の方がよく聞こえたりする。


DSCN1162


金曜日、街は学生でごった返していた。

それは、イタリアだけでなく世界中で。

スウェーデンの女の子の意思は、世界に伝わったようだ。

私なんか何十年もかけて形を変えて訴えているのに

ほんの少ししか振り向いてくれなかったイタリアのあの頃。

おかしいな、と気付き始めた頃には

同じくおかしいなと感じた人はいた。

この運動の成功は、スウェーデンという国だったこと、学校も

そして、そんなことをしている子の親が反対しなかったこと

勉強より、地球の変化を訴える行為を賛成してくれたこと

私は、ストライキした環境は大きく左右したと思う。

世界中の若者は、温暖化やプラスチック、環境汚染

蓋を開ければもっともっと言いたいことはいっぱいある。

ニュースを見ながら、私は涙が溢れ出た。

私の胸騒ぎは、これだった。

私が言いたいことを全て言っている。

涙がこぼれるほど、体は熱くなった。

世界の次世の若者たちの団結力に心を打たれた。

彼らはこれからを生きる者たちだ。

そして、これからを継承していく者たちだ。

私だって年を追っていくけれど、子孫のために残していきたい。

私は、いつだって人が幸せでいることを望んでいる。

それは、狭い人間関係だけでなく、醜い金銭関係だけでなく

共存する空気と水と光と土と。


DSCN1174


何十年も前から訴えていること、自然を大切にしようよ、てこと。

きっと街にいるとどうやって自然を大切にしていいか

わからないかもしれない。

私は田舎暮らしを始めて、一番に思うことは

田舎に住もうと思ったことに幸せを感じたことである。

田舎に住むことは、不便だらけで大変なことのほうが多い。

田舎だったら車を持たないと生活に不便、が一番にあがるであろう。

我が家は、経済面の問題が一番だが

エンポリに通っているときも、私はバス通い。

畑に通うのも、自転車通い。

相変わらず、車一台でなんとか過ごしているのが

我ながらすごいと思う。

田舎に住んでいるメリットは

勿論開けた空に広い大地を独り占めできることであろう。

その広大な空間の中で、大気の音や虫の声

時間ごとの光の演出や雫の演出を観賞できることである。

それを一身に吸い込めること、一身に当たること

これは、街ではできないことである。


DSCN1186


しかし、田舎のデメリットは

自然は、開けたところに住んでいる我々から襲う。

そんないつ起きるかわからない怒りを余所に

稼業として畑を耕す住人は、除草剤、化学肥料、殺虫剤を

ばら撒いてリスクゼロに生きる。

土のバクテリアも草の益虫も池の純度もみな殺しである。

それらを原料に、加工した食品は、化学の旨みを生み

長い保存力でリスクゼロの営業をする。

その化学食品を閉じ込める万能なプラスチックは、リスクゼロ容器。

万能だから解けない。生分解しない。

ついに、ごみの売買も世界で行われ

貧しい国はごみの山と海となる。

ごみたちは、無口な自然に放たれ

無口な生物たちは、ごみによって窒息していく。

ごみだけではない。工場や車の廃棄ガスなどの空気汚染。

家庭からも排出される水質汚染。

暑いから、熱さを外に排出し室内へ涼を送り込むシステム・・・

限が無い。

これらは、便利を生むが公害となる。

経済は回るだろうが、元に戻せない環境を生む。

フツーの一般市民がそれでは間違ってると気が付くのに

選ばれた頭の良い、そして開発に関わる方たちは

ちっぽけな私みたいな疑問はこれ一つ浮かばないのであろうか。


DSCN1180


バイオダイナミック農法のブドウ畑では、緑肥で土を肥やす。

マスタード、グリーンピース、オオムギ等々を11月に蒔く。

大抵四月頃から花が咲き始めるのだが

今年は三月も始め、もう咲いている。

農主は言う。

水不足だと花が咲くんだよ。

花を咲かせることで、サイクルを早ませている。

あぁこれ、今回のオリーブ(2018年の収穫)と同じだ。

湿気はあったが大地の水不足の影響で、実の成熟が早かったこと。

本来の栄養分が届かないとサイクルを早くして

栄養を食い尽くして寿命を早めるのである。

これが自然の法則なのである。

これ、人間にもいえるし、地球にもいえる。


DSCN1166


地球の温暖化も何もかも、人間がつくりだした結果である。

大人たちよ、ビジネスより自然と自分を守ろう。

だから、私は若者たちの無垢な考えや気持ちに耳を傾ける。

少年の行動や意見からも学ぶことはたくさんある。

まだまだ汚染されてない新米だから。




*私がセレクトした過去の関連記事Best 3 Archivi Selezionati

女のブドウの涙 Pianto

再生した壷たち lamia arte povera

地球と体を守る会 パート1:農薬による危険性



Grazie di aver visitato!


最後まで拝読していただきまして、ありがとうございました。



にほんブログ村 海外生活ブログ ヨーロッパ情報へ


Instagram
 ≫≫≫ obatamakivincirealmakici




スーパーのトマトは、ボクらが摘んだトマト。


ボクらの手で摘んだトマト。


ボクらは、トマトを摘みに来たんだ。


大地と風と雨と太陽のあるイタリアのトマトを。


pomodoro nella mano

イタリアは、真っ赤に熟れたトマトの収穫期。


遅く移植した我が家のトマトも、次から次へと熟れ

食べるたびに収穫する。


トマト畑はトマトの香りで充満するのか

カメムシもそろそろやってきた。


カメムシが先か私たちが先か。


カメムシを見ると、トマトのピークを察する。


そんなカメムシを寄せつけな大農園は

木陰なんぞなく太陽をいっぱいに浴びた

暑いからこそ熟れるトマトたちを

そう、今この暑いときに、一気に収穫する。


maturazione

私はトマトに詳しくないが

トマトは、支え棒のない低く育つトマトはソース用と

支え棒の必要な上へ育つサラダ用があるようだ。


そのソース用のトマトを大量に収穫している南イタリア。

南イタリアのイメージだと

麦わら帽子を被ったイタリアの農民が収穫してそう。

そんな絵や写真がイメージとして使われているし。


現実は、アフリカ大陸から仕事を求めて移民してきた

黒い若者たちなんだ。


一日に
12時間、暑いイタリアの

木陰のない大地に張り付いたトマトたちを

長い手と長い足を持つ腰をくの字曲げて

彼らのまだ短い将来の夢見るその手で摘むんだ。


若いボクらだって、疲労は積もる。


pane e pomodoro

ここ数日立て続けに、トマトの収穫車の事故が相次いだ。


近頃のイタリアは、グループで作業をする

労働者を送り込む派遣会社

(Cooperativaコーペラティーヴァ辞書では協同組合とあるが

有限会社的に存在する)が流行っている。


企業は、一時的必要な作業に人を雇わず

そういったなんでもします派遣会社に依頼するのである。


私が知っているだけでも

イメージにあるイタリア人は、農業をやりたがらない。

特に、大量になってくると。


そこで、そういったグループ労働者を送り込む派遣会社に

必要なときだけ依頼するのである。


派遣会社だって、複数の企業や農園たちとの関係をキープして

常に仕事がある状態でいなきゃならないんだから

彼らの要望に答えるよう低姿勢で承る。


派遣会社のボスは、それでいいさ。


しかし、やるのは送り込まれた労働者である。



その送り込まれた労働者は、移民してきた外国人が多い。



企業や農園としては好都合の派遣会社は

本来ならば、送り込む労働者を保障していなければいけない。


しかし・・・

不法で労働させていることが多々あるのである。


prendere il sole

事故があると、こうやって取り上げられるが

事故がないと、沈黙のまま

労働者は疲労を積んで労働しているのである。


なんにつけても、犠牲者が出ないと気づかない


・・・ふりをする。


cielo con nuvola

トマトの収穫グループ労働者

夢を持ってイタリアに来た移民たちの

後部に窓ガラスもない荷台に乗せられたワゴン車が

まんまと収穫したトマトのカートに突っ込み12人が亡くなった。


pallini rossi

辛い思いをして幼少期を過ごし


辛い思いをして海を渡り


それでも夢を持って


辛い思いをしながらトマトを摘んでいた青年たち。



生き残った青年が、涙をこぼしてインタビューに答えていた。


「それでもイタリアにいたいですか?」


「はい。母国に戻っても食べるものが無いから。」


pomodori nella fine giornata

ヴィンチの丘だって


ブドウ畑にインド人がいっぱいいることがある。


オリーブ畑にトルコ人がいっぱいいることがある。


ここはいったいどこなの?


・・・・・。


Made in Italy

Handmade by immigrants

になりつつある。


それでもいいさ。


グローバルな世界は、グローバルに補おう。


外国人の手作業でコストを抑えようとする考え方はおかしい。


そもそも消費者が手にする市場が低すぎるのも

犠牲者を増やす原因かもしれない。


同等な人権と労働基準はみんな平等であることを願う。


一人も犠牲者のない労働を。


一人も犠牲者のない生産を。


come arcobaleno

太陽をいっぱいに浴びたイタリアのトマトたちは

虹色に熟れていく。



*過去の関連記事はこちら↓*

暑い夏に赤いトマト pomodori come arcobaleno

日本人女剪定士の生み親 Corsodi Agriformazione

天国という名の大地 Terra si chiama Paradiso



Grazie di aver visitato!

最後まで拝読していただきまして、ありがとうございました。




にほんブログ村 海外生活ブログ ヨーロッパ情報へ


Instagram ≫≫≫ obatamakivincirealmakici





↑このページのトップヘ