大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

août 2019

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私は外出中歩くのが好きだ。

ただただ好奇心旺盛だからである。

歩けば上から下、右、左

よく見れて立ち止まることもできれば写真も撮れる。

自転車だとそれがなかなかできないから

他と同じ移動手段用の乗り物にしかすぎない。

少年も小さい頃からずっと歩いてきたから

車でピャッと行っちゃうより、歩いていこうよと提案してくれる。

節約もそうだけど、エコだから、できるときは大いに歩けばいい。


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だから歩いた。


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東京に泊まるにはどこがいいか。

いろいろ探した。ホテルもカプセルもシェアハウスも。

ワイン&オリーブオイル会用のグッズはたまた旅行帰りのお土産で

重い中型スーツケースを引っ張って歩く私は

主要駅から徒歩5分以内がいいに決まってる。

しかし、安くて安全で便利な都合のいいホテルはなかなかない。

最も行くであろう街から遠いところに宿泊先があっても

交通費がかかってしまうのは賢くない。

乗り継ぎが多くなるようなところに泊まるのも

駅構内の徒歩でエネルギーを消耗してしまう。

コインロッカーを使わずに荷物を預かってくれて

高速バスを利用することが多いならば

新宿バスタ(新宿駅南口)付近に

ホテルを探すのが私にはベストであった。


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あった。


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一本奥にある30年来のクラシックスタイルの旅館から

少年の目的地、渋谷まで明治神宮・原宿を通って歩いて行った。

懐かしいな。青春時代よくショッピングしに来た街だ。

少年もそのうちそうなるのかな。

何しろ若者の街だから、若者が多かった。

世代交代を感じた。

写真を撮ることが恥ずかしくなった。

今より昔を撮りたくなった。

ん十年も経った今、新鮮さがちょっと似ていた。

今写真を撮ると、昔の私が飛び出してきそうだった。

表参道の脇道を通うホンモノの青春クンからいうと

私なんかまだ若い方なんだそう。

もっともっと年上のイケオバとかイケオジってのがいて

歩いてるとめちゃカッコイイんだそう。

そうか。もうしばらく通えそうだな、大地の住人。


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私は表参道の脇道にある青春クンが通うヘアサロンでカットをした。

ファッションの街原宿だぜ!

すごく期待していったのだが、私の要望に合う髪型は

この機能的ないつものスタイルということに留まってしまった。

私のナチュラル剥き出しのハクハツカラーは

ファッションの街に違和感がないのかもしれない。

そうよ、ナチュラルカラーが私流ファッションなんだから。

サロンで見習う青年たちは

コミュニケーション力も見習い中のようだった。

オリーブオイルのことを積極的に聞いていた。

古着のリメイクジャージファッションが流行っていることを話してくれた。

私も若い頃はこうだったのかな。


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少年は、渋谷のスクランブル交差点に行きたがった。

これだ。

外国人がつくるニッポンプレゼンムービーに登場する交差点。

少年みたいにムービーで撮ってる人がいっぱいいた。

交差点を見渡せるSTARBUCKSは列をつくり

Fの特等席には順番待ちもしくは

座席中の他人の頭上で撮影が行われている状態だった。

確かに眺めていると小さな人間の粒が集まって突進して交差して

ミニチュアフィギュアのようでおもしろい。

人生のすれ違いを学んでいるかのようだった。

私は、この交差点の目に飛び込む大型ビジョンで

昭和天皇の訃報を知った。

黙祷しながら信号を何回か見送ったことを覚えている。



渋谷も原宿も新宿も六本木も銀座も

入るどの飲食店には満席なくらい人がいっぱいいた。


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六本木にあるコレクションを持たない国立新美術館

The National Art of Center, Tokyoに行った。

黒川紀章氏設計のカーブしたたガラスの積み重ねのエントランス

そしてロビーの吹き抜けはリッチな気分にさせる。

この開放感は、少年からすると手の届かない遊び場のようだ。

飛び跳ねても何も届かない。

エレベーターを往復し、空間を満喫していた。

ロビー脇にある北欧スタイルの椅子が並んでいる。

シンプルデザイン北欧家具好きにはたまらない。

サイズが贅沢なデザインは、リラックスからあえて遊び心が生まれる。

ウェグナーのシェルチェアーに座れるだけでもう満足。

私たちは9月2日までやっているフランス人アーティスト

クリスチャン・ボルタンスキーの回顧展Lifetimeに訪れた。

集団、個、死、宗教、社会、想像、思考、遊び心、空間、表現

少年にも何か伝わったのではないだろうか

空間アートはおもしろい。


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私たちは、国立新美術館を見下ろすように

六本木ヒルズの展望台に上った。

あ、新宿都庁だ。前回あそこに上ったんだよ。

次回は東京タワー。その次はスカイツリーに上ろう。

大きい青山霊園をはじめ

ポツポツお墓付きの寺が街にあるのが妙な光景に感じた。

イタリアの教会みたいなものなんだろうけど

無機質な人工の街に祖先様の居所が不自然に思えた。

見渡す限り大小のビル。

こんなところにも住んでいるのか、真下には六本木高等学校。

ナポリのスパッカナポリのように道で街が真っ二つに別れている。

高速が街の上をくねくね通っている。

まるで未来都市みたいで

車が宙に浮いて移動しているように見えた。


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ヴィンチの丘から見渡す景色は

人工の街ではなく人工の畑だ。

ビルが木々一本一本のようだ。

東京はどんよりスモッグらしき層で街は覆われていた。

田舎は、覆われることなく天気に左右される。

ヴィンチは雨が2ヶ月降ってないそうで、カラカラしている。

どこかで雨が降っているだろう空気は流れているのに。

今日の夕日はまるで日の丸のようだった。




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家族をおいて一人で旅立ち、三週目ぐらいであろうか
ちょっと家族とイタリアの生活が恋しくなった。
チャットで繋がってたって、全てがわかるわけではない。
ある日、夢をみた。
少年が私の背を超え、私が見上げて驚いてる夢を。
少年が青年となり、私に笑いかけているのだ。
なんだか自分が老いてしまったのか
ずいぶん遠くにいっちゃうような距離を感じた。
私はこんなにも離れているのか!
はっと目が覚めたけど、現実っぽい気がして会うまで疑っていた。
一ヶ月後、少年はちょっとだけ成長していたが
夢のような青年ではなく、ちょっとほっとした。
旅の間は、早く成長しろよと思うことばかりだったが。
少年は、友の親子と日本に到着した。
イタリアの14歳未満の未成年の少年は
一人では出国できない。付添人が必要である。
航空会社に依頼するか、信頼する人に委ねるか。
学校なんかで今の子は出国する程の
空の旅や海の旅の修学旅行なんかあるんだから
割と頻繁にあるようだ。
警察に出国許可を申請しに行ったとき
私が並んでいる列にはそんな親子が複数いた。
それにしても乗り継ぎを含む国を超えての空の旅である。
快く引き受けてくれたママ友親子に感謝である。
ただ連れてきてくれたことだけではなく
私の要望でこういう環境になっていることを理解してくれたことに。
いってらっしゃい、と。

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私には両親もいなければ兄弟もいない。
しかし、友がいる。
大切な友たちは、いつでも親身になってくれる。
長期滞在の拠点とさせてくれた友。
そう、私の要望で、あっちこっちを歩き回っても
ただいまーと言えば、おかえりーと迎えてくれた。
その高校時代の友は、娘のアトピーを治そうと食育を学んだ。
私が学んだ農薬の危険性や
なぜ無農薬や無添加を食べなくてはいけないのか
エコな暮らしの方法、情報やアイデアを交換する。
日々の幸せな暮らしを送る彼女たちの生活に
邪魔するように出入りする私は失礼極まりない。
生きている間に最良の恩返しができるであろうか。
私流でいいのであろうか。

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小学生の頃からずっと仲良くする友たちもいる。
お互いの進路を応援し、お互いの人生を励まし合ってきた友だ。
家庭を築き、子が成長し、子育てしながらちょっとずつ働いて
みんなが様々の人生を送っていても、どっか似てて
今回久々に女だけで会うと、話は遡ったり地元の話だったり
勿論子どものことだったり家族のことだったり。
本当の悩みは打ち明けないんだけど
ひっくるめた話をすることで私たちはちょっと一安心して
また自分たちの生活に戻る。
マキちゃん、マキちゃんと私の帰りと少年の来日を喜んでくれた。
ちょっとずつ変わる私たちの風貌でも
何十年も見てきた私たちの中身は変わらない。

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絶対に会ってありがとうと言わなきゃ。
でもグループが全員集合することはなかった。
なんでこんなに忙しいんだろうね。
年を取れば取るほど忙しく感じるのは私だけであろうか。
やることとやりたいことが相重なって、自由時間なんてちっともない。
きっとみんなそんな生活をしているのであろう。
私のオリーブ栽培なんかを応援してくれる友たちだ。
青春時代の友たち。
デザインを学ぶ傍らあっちこっちに興味を抱き共に行動し
あーでもないこーでもないと刺激を求めた友たち。
東京に暮らす友たちは、賑やかな新宿に集まる。
そういうわけで誰かしら用事があって欠けるのだが。
デザインを学んだ友たちは、どこか思考回路が似ている。
会い足りないと再び新宿で集合する友たちに
くぅぅぅ懐かしい・・学生時代のように
誕生日を祝ってもらい乾杯することができた。

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フィレンツェシスターズはアネキたちである。
東京に暮らすアネキは、旅する土鍋の作者である。
展覧会と制作とリサーチやレポートで多忙な作家活動の中
田舎暮らしのイモウトの私にキリリ東京を案内してくれた。
おしゃべりはヴィンチ訪問にとっておいて、東京を歩こう。
二人で東京を歩くのは初めてかもね!
そしてもう一人のフィレンツェシスターズは旅好きシスターズ。
香川県の実家では
私までふるさとに帰った気分のように迎えてくれた。
ノープランスタイルの旅は、その場のアイデアとハプニングが
まるでプランされた旅のようにおもしろくなってくる。
そんな旅をフィレンツェでも実家でも私たちは繰り広げた。
行き当りばったりのことに、私たちはびくともしない。
なんとかなるさシスターズ。

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ワイン&オリーブオイル会を主催してくれた友たち。
私が伝えたいことに興味を持ってくれ
友の友たちにも伝えなきゃと思ってくれた。
良いことだと思ってくれ、活動を共にしてくれた。
少しでも多くの方と共感できたことは光栄である。

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亡き母の友は、亡き母と私と少年が喜ぶよう世話をしてくれた。
些細なことでも手を差し伸べてくれ
不自由な短期の田舎暮らしでも不自由さを感じなかった。
先輩なのに年齢を感じさせない。
気持ちよくしてくれる姿は見習うところだらけであった。

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新しい友たち、出会った友たち
心配してくれた社長や平成の若者たち

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少年の成長と共に、日本語がイマイチでシャイな性格の少年
のお相手をしてくれた友の子たち。

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世代交代した叔父さん叔母さん
その側にいる同世代の従兄弟たち。

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みんなみんな迎えてくれてありがとう。
日本に家族がいなくたって
ただいまと帰れるふるさとがあって嬉しい。
ずーっとずーっとぐるぐると輪が回りますように
途切れることなく。

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夏もそろそろ終わりかな、日がだいぶ短くなってきた。
キュンとなった家族とまたワイワイケンカしたり笑ったり
静かな大地に我らの声が響いているではないか。
ヴィンチの丘は広大な空に沈む日が見渡せる。
これを家族と眺めることが私の日課なのである。


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一面フサフサでキラキラと視覚の湿気が目に飛び込んでくると

日本に帰ってきたなぁと私は風景に迎えられる。

東京都だと街と家が立ち並び

人工の街が電車を乗り継いでも果てしなく続く。

しかし、県へ行くと、県名である駅以降は

すぐ田舎っぽい風景となってくる。

田んぼや畑が一面に、遠くには蔵をもった家も見えたりする。


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東京都、神奈川県、千葉県

岡山県、広島県、香川県、徳島県

を初夏から今年は長いと言われた梅雨の間

そして梅雨明けの待ってました夏到来まで

田舎を眺め、迷路な都会を歩いていた。


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私が千葉県南房総市の田んぼを眺めていた六月

田んぼは、根を植えるか植えたばかりの時期であった。

山のダムから流した水はキラキラして見えた日もあったけど

どんよりの雲と水面にいくつもの穴を開けるような

雨の田んぼを見ると土地の住人になったような気になった。

田んぼを覗き込むと、おたまじゃくしがいっぱいいた。

泥の中にも隠れたりしていた。

地上には小さなそれでも成長した緑の雨蛙がそこら中にいた。

ヒンヤリとした葉っぱの生い茂っているところや

ヒンヤリとしたコンクリートや鉄などの素材にへばりついていた。

あぁそういえば、おたまじゃくしはいるけれど、それはヒキガエルで

愛嬌のある緑のアマガエルは、ヴィンチにはいない。



何年振りだろう・・・田んぼを覗き込むなんて。

折り紙のピョンピョコカエルのように

飛び跳ねるカエルを観察するなんて。

小学生の頃、それはそれはど田舎の小学校に

半年ぐらい通っていたことがある。

その田んぼの中にある小学校に

どの生徒も長い時間をかけて通っていた。

なんでこんなところにつくるんだろう。田んぼのど真ん中に。

私はそこで入学式をしているから

きっと一学期の間だけだったかもしれない。

春から夏にかけてだ。あ、今の時期だ。

学校の帰り道、友だちとそして一人でも

土手でおたまじゃくしを捕まえて遊んでいたのを思い出す。

泥の色とか硬さも思い出してきた。

たった半年の少女期の思い出が

こんなに体に染み込んでいるなんて。

記憶が五感に残されている。



約一ヶ月千葉県の住人になっていると

田んぼの成長もわずかながら伺えた。

確実に成長している。

フサフサなのに雨に打たれてもフニャッとしない。



時々女性までもが田んぼの周りを草刈り機で草を刈っている。

イタリアで草刈り機を扱う女性を見たことがない。

しかも、歯がついている鋼のディスクを使っている。

きっと草刈り機の操作がしやすいんだろうな。

根本から長く切って草が横たわる。

夫が嫌いな方法だ。夫は微塵切りにするから

草を刈ったところの見た目がイイ。

しかし、この湿気と程よい気温ではまたすぐ草は

横たわった刈られた草の間から生えてくるであろう。

日本の梅雨期は草刈りとの戦いであろうと察する。



管理の行き届いた田んぼ、継承されなかった田んぼ、見てわかる。

こんなところにも!と思うような田んぼもあれば

あそこだけ主が違うのかな、と

一部欠けたパズルが完成されなかったような田んぼの風景もあった。

経営を保つことも難しければ、風景を保つということも難しい。


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徳島県は勝浦郡の上勝町というところの棚田を

レンタカーを徳島駅から借りて見に行くことにした。

とにかく目的地まで時間のかかる田舎の旅は

車が一番である。

公共の電車とバスを利用していたら、もしかすると

目的地に辿り着いても帰ってこれないかもしれない。

イタリアでも不便な生活をしているから

移動に時間がかかるのは慣れているが

時間の限られた旅となると、どこかで旅費を削ったり

どこかで時間を節約したりしなくてはいけない。

見知らぬ道でも不慣れなドライブでも

よかった、千葉の南房総市でミニバンを借りて過ごしていたため

感覚だけは日本の運転モードになっていた。


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電話番語を入れるだけで目的地を案内するナビのおかげで

夜な夜なでもど田舎のそしてヒンヤリと空気が変わった山の中でも

細そうな道のちょっと上った農家の民泊に辿り着いた。

急遽決めたその民泊のおばちゃんは親切であった。

「よく来たね。アナタは運転が抜群だね。抜群てわかる?」

「あ、はい、分かります、日本人ですから。」

私、変な日本語使ったかしら?

予定よりかなり遅くに着いた私たちに

とりあえずお風呂より先に晩御飯を差し出してくれた。

あぁ、美味しい。民泊の良さはここにある。

地鶏の唐揚げを頬張らせていただいた。

そして、日本の旅の間晩酌に欠かさず飲んでいた

ビールを飲まずにはいられない。

上勝町のクラフトビールをいただいた。

上勝町に来たもう一つの目的である。

また機会をみつけてブログで紹介したいと思う。

お腹と喉を満足させた後

用意された薪で焚かれたお風呂に浸からせていただいた。

まだ真っ暗で辺りの様子はよくわからない。

音や空気で察するしかない。

なんだかこんな山奥に泊まるのはギリシャのグリキ以来だな。

グリキの石積みの民泊は、空気も乾燥していたせいか

明かりを消すと、小さなサソリが寝室にいっぱい出た。

そんな消えない思い出が脳裏をかすみ

部屋を暗くするのに緊張した。

弱い母ちゃんを見せるわけにはいかない。

クモとかゴキブリとかいっぱい出てきたらどうしよう・・・

なんて思ったけど、開き直りと疲れで真っ暗な中熟睡できた。


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翌朝、雨戸が無いから、日の明かりとともに目が覚めた。

サマータイムがないから日の出が早い日本。

夏至の近い時期は4時半頃から明るいのではないだろうか。

その時間にうっすら目が覚め、いつも二度寝をする感じだった。

それでも早く目が覚めてしまう。だから夜も早くに眠くなる。

そういうわけで、早朝、どこでもいつまでも寝れる少年をおいて

一人で外に出て散歩することにした。


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こ、こ、こんなところに来ていたのか。

山に囲まれ、上ってきた道の所々に民家がポツポツとあって

でもそれはちょっとイタリアの山の村々とも似ているような

移住民では決してなさそうな代々からの民家で

土地の産物を継承し続けて生きているような

長い暮らしの形跡のある民家の傾斜にある庭や畑には

私からすると珍しいものが植えてあって

観葉植物のような草花が堂々と咲いていて

虫が草花にブンブンたかってムシャムシャ食べて

土地と空気の生きた暮らしが伝わってきた。


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おばちゃんの手料理朝ごはんでしっかり腹ごしらえをした。

棚田に行くにはどうしたらいいか訪ねた。

この上勝町では、棚田が有名で世界から観光客が訪れるそうだ。

私もその一人。

是非我がニッポンの棚田百選級の棚田を見てみたい!

棚田ビューポイントがいくつかある。

そのためにレンタカーを借りてきたのだが

おばちゃんがサービスで案内してくれるという。

民泊では土地の産物体験をさせることが売りである。

私たちは、民泊で体験しない分

観光案内がおばちゃんのサービスであったのであろう。


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断ったけど、おばちゃんが連れて行くと強く言った訳が分かった。

こんなところ私は絶対に運転できない・・・

おばちゃんが、私たちが到着したときに

運転を褒めてくれた理由がわかった・・・

すごいところだった。

かの有名な棚田は、軽自動車一台しか通れないこの細い道を

くねくね上っていく所々にある。

おばちゃんがかっこよかった。

マニュアル車で坂道を登り下り

対向車が来たらバックで凹みまで下がる。

おばちゃんは、現在も稼働している米を挽く

水車小屋にも連れて行ってくれた。

少年が「あれ何っ?!」とビビっている。

そこにはなんと、ブラジルのアマゾンとかアジアのジャングルとか

とにかくテレビでしか見られないような

それはそれはものすごい大きさのスズメバチの巣があった。

おばちゃんは「あら、よく見つけたね。おばちゃんも知らなかったよ。」

と全然驚いた様子もなく言う。

「あぁでもあれ、もう終わっちゃってるね。だから大丈夫。」


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おばちゃんは用事があるようで急いで

国の重要文化的景観に認定されている

樫原の棚田に連れて行ってくた。

他のビューポイントからも眺めたかったが

欲張らない、こんなところ一人で来れないんだから

案内してくれただけでも嬉しいと思え。

四季折々の姿があり絶対にいつでも美しいであろう。

一日の時間でも畑に照らす光は違うはずだ。

この真上に月なんか現れたら最高だろうな。

何度も来なくちゃ見れないし

いろんな姿が見れるのは住人の特権だ。

私がヴィンチの家から眺める夕日を見て住人の特権と思うように。


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私たちが上勝町を訪れたのは

梅雨が明けたと宣言された日であった。


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あれから朝から晩まで逃げ場のない蒸し風呂のような

暑い夏が始まった。

帰伊する前に再び戻るようにして千葉県鴨川市の

大山千牧田の棚田にも行く機会を設けた。

東京から一番近い日本の棚田百選に選ばれた棚田のようだ。

こちらは、狭い恐怖感はちっともなかった。

広大に棚田が広がり山々に挟まれたところではなかった。

まるで草原の中にいるように田の穂が風に揺れていた。

そう、もう穂が出てきている。

今一面の緑が黄金になる秋の収穫はもうそう遠くはない。

日本人が毎日食べるお米。

無事に収穫できることを日本の向こう側からも祈り願う。


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私のオリーブは春と初夏の異常気象に耐えている。

耐えられなかった品種もあるけれど

最後まで美味しそうに成長しているオリーブに期待しよう。



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灼熱の光Commemorazione

もぞもぞ成長、BIOでいることScacchiatura

不自然な自然Ora diprimavera


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「暑い。喉が渇いた。お水ちょうだい。」
梅雨明けの広島は暑かった。
お水、お水としつこいほどせがんだ少年。
この場に及んで・・・と腹が立つほどだった。
しかし、熱中症対策には水分補給が一番だ。
私にもある母心と大切な命と恵みの健康を維持するよう
二人で各々に水を飲んだ。

広島が見渡せる高台の神社に行った。
その向こうには、瀬戸内海とその浮かぶ島々が見渡せた。
様々な産物を生み経済が発展した瀬戸内海
島々のグラデーションが歴史を語っているようであった。

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トラムから降りて原爆ドームを目の前にするまで胸騒ぎがした。
しかし、廃墟を目にすると空虚な自分になっていた。
あんなにバクバクと胸騒ぎがしてたのに。
周りは都会と変わらないビルなんかが建ってて
写真を撮っても原爆ドームと現代が同時に写り
イタリアで暮らす少年への説明は目の前の記録だけであった。
イタリアの何百年前の廃墟と似ていたりもする。
少年は、何を思っただろう。
もう頭で理解するしかない。

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資料館の中は、暗がりに展示され涼しかった。
しかし、写真と語りを見れば見るほど、体の中は熱く込み上げ
私の小さな水分が粒となって溢れ出た。

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醜い戦争。
どうして戦争なんてすることになってしまったのか
どうして戦わなければいけなかったのか
どうして争う暮らしをさせられたのか
いつになってもまったくわからない。
どんなに説明されても、理解不能のままであろう。

この資料館は、原爆の恐ろしさについて語られている。
原爆の成功を収めるために
試験原爆があちらこちらで行われていたこと
原爆投下後、数年後そして次世に
私たち人間の命だけでなく、地球上全ての命に
この頃から私たちを含む生態系は崩れてきたのではないだろうか
と、感慨深く考えさせられた。

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この年にもなって知らないことばかりで恥ずかしくなるが
いろんなことを資料館で知った。
戦争の前も最中もちょっと後も
10巻のマンガ«はだしのゲン»を
フィレンツェの日本語補習授業校の図書館で借りて涙し
これは絶対に広島に行かなくては!と駆り立てられた。
そして、少年が中学生となり
じわじわと戦いと争いの歴史を学び始めた。

世の中でまだまだ国内戦争をやっている国がある。
そこから逃げ出す若者や家族がイタリアに渡ってくる。
こちらの大陸を夢見て泳げない彼らは航海する。
テロって何だろう、誰でも標的にされる。
小さな彼らの、理想を目指す社会への想いは
少しでも崩壊することが達成なのであろうか。
いつになっても私はわからない。

あっという間に命を奪われ、あっという間に生活を崩され
それは、自分の意志ではなく
勝利とか獲得とか満足とか
誰がなんのメリットがあるのか全く検討のつかない発想に
世の中の人々が巻き込まれることが
私は許せない。

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あっという間に失う命もあれば
はたまた温かく見守られる命もある。
日本の終戦記念日8月15日は
イタリアではFerragostoフェッラァゴーストという祝日で
聖母マリアが現世での生を終え、天に召されたことを記念する。
日本のお盆休みのように実家へ帰り大家族とワイワイ過ごすか
とにかくワイワイピクニックをしたりのんびり平和に過ごす日である。
私たち核家族は、マリアという名の義母のお見舞いに
グループホームを訪問した。
マリアの命には温もりがあるが、記憶の旅に出てってしまった。
今日はマリアの日だもんねと
御馳走を拵えてくれたマリアを見守る介護士さんは
マリアは食欲が旺盛なんだよという。
息子のことも忘れちゃったけど、おちゃめで幸せそうだった。
ピストイアのこんな山奥のグループホームなんだけど
マリアは山奥育ちだから嬉しいかな。
ランチの後はお昼寝の時間だそうで
私たちはマリアに挨拶をし、山を流れる川沿いでピクニックをした。
パニーニを頬張ると喉が乾く。
持ってきた水筒も飲み干してしまった。
川沿いのBarで水を買おうとすると
君たち喉が相当乾いているようだからお金はいらない。あげるよ。
・・・・・ 頭の中がグルグルした。
消え光る命、温かい命、成長する命 ・・・
冷たい川の水に足を浸すと
灼熱の光が心地よく感じたのであった。


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