七月三十一日、祖母の一周忌であった。
一年前の夏、私と少年は、祖母の様態を近くで見守りたく日本へ・・・故郷へ・・・帰国した。
食事もままならない祖母は、骨と皮だけの身体で、口を開けて眠りこけていた。
帰国から一ヵ月半が発ち帰伊する出発の4日前、異変があったと連絡を受け、タクシーで駆けつけた。
祖母が目を開けて、何か言いたそうに私と少年を見る。少年が動くと祖母の目が動く。
あぁ・・覚えてる、おばぁちゃんの目。
何だ、元気そうじゃない。
私は昔を思い出す。
祖母も思い出しているかもしれない。また私の少女時代と少年がダブっているのだろう。
少年が5歳の頃、祖母は笑顔で迎えてくれた。
「おばぁちゃん、マキちゃんだよ。ただいま。」
一瞬、アラ、どなた様?みたいな素頓狂な顔をする。
が、祖母の記憶が甦る時代は、マキちゃんと同居していたんだから忘れもしない。・・はずだ。
祖母は、マキちゃんと面倒を見た孫の話を、白髪になった孫のマキちゃんに立て続け話をする。
チョコチョコ動くマキちゃんがそこにいた。五歳の少年がマキちゃんだった。
お別れの時「おばぁちゃん、またね。マキちゃんすぐ帰ってくるから。」
祖母「泊まるとこはあるのかい?」と私に聞く。
「この子、帰るところがないんです。」と看護士に言う。
「おばぁちゃん、大丈夫。マキちゃん一人で何とかするよ。」
「そっかい。」
話をしている時は少年がマキちゃんだったのに、お別れの時のマキちゃんは、私だった。
皆が言うほどボケてないじゃない。
親戚にその日のことを話すと驚いていた。
普段は笑わないし、話さないのにねぇ・・・と。
祖母の記憶は、娘の死で止まっていることを確信した。
翌日、息を引き取った連絡が入った。帰伊する出発の3日前である。
祖母、また口を開けて眠っている。でも、色が変わっていた。
少年は、祖母をベタベタ、ペンペン触っていた。
「死んじゃったらどうなるの?」
「丸い透明の≪たましい≫となって、私たちのことを見守ってくれるはずだよ。だからがんばって生きるの。」
とうとう彼女の長い人生は、老衰した。
享年102歳。
祖母は、夫と娘、息子のいる墓に入った。
地では減っていき、天では増えていく。
地では未来が生まれ、天では過去が生まれる。
「おばぁちゃん、またね。」