七月三十一日、祖母の一周忌であった。


一年前の夏、私と少年は、祖母の様態を近くで見守りたく日本へ・・・故郷へ・・・帰国した。

食事もままならない祖母は、骨と皮だけの身体で、口を開けて眠りこけていた。


帰国から一ヵ月半が発ち帰伊する出発の4日前、異変があったと連絡を受け、タクシーで駆けつけた。

祖母が目を開けて、何か言いたそうに私と少年を見る。

2015

少年が動くと祖母の目が動く。

あぁ・・覚えてる、おばぁちゃんの目。

何だ、元気そうじゃない。

私は昔を思い出す。

祖母も思い出しているかもしれない。また私の少女時代と少年がダブっているのだろう。


少年が5歳の頃、祖母は笑顔で迎えてくれた。

キレイな白髪はキレイに梳かされていた。
Nonna 99anni 

「おばぁちゃん、マキちゃんだよ。ただいま。」

一瞬、アラ、どなた様?みたいな素頓狂な顔をする。

が、祖母の記憶が甦る時代は、マキちゃんと同居していたんだから忘れもしない。・・はずだ。

祖母は、マキちゃんと面倒を見た孫の話を、白髪になった孫のマキちゃんに立て続け話をする。

チョコチョコ動くマキちゃんがそこにいた。五歳の少年がマキちゃんだった。

お別れの時「おばぁちゃん、またね。マキちゃんすぐ帰ってくるから。」

祖母「泊まるとこはあるのかい?」と私に聞く。

「この子、帰るところがないんです。」と看護士に言う。

「おばぁちゃん、大丈夫。マキちゃん一人で何とかするよ。」

「そっかい。」

話をしている時は少年がマキちゃんだったのに、お別れの時のマキちゃんは、私だった。

皆が言うほどボケてないじゃない。

親戚にその日のことを話すと驚いていた。

普段は笑わないし、話さないのにねぇ・・・と。

祖母の記憶は、娘の死で止まっていることを確信した。


翌日、息を引き取った連絡が入った。帰伊する出発の3日前である。

祖母、また口を開けて眠っている。でも、色が変わっていた。

少年は、祖母をベタベタ、ペンペン触っていた。

「死んじゃったらどうなるの?」

「丸い透明の≪たましい≫となって、私たちのことを見守ってくれるはずだよ。だからがんばって生きるの。」
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とうとう彼女の長い人生は、老衰した。

享年102歳。

祖母は、夫と娘、息子のいる墓に入った。

地では減っていき、天では増えていく。

地では未来が生まれ、天では過去が生まれる。

「おばぁちゃん、またね。」