大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

タグ:コレクション

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きっと私がいいたいのはこのことかもしれない。

エシカル消費。

Ethicalエシカル(倫理的)、イタリア語だとEticoとなる。

環境や社会に配慮することを表す形容詞として

近年使われるようになったそうだ。

どちらかというと消費者に向けた言い方だが

生産者だってほんの一つのことを生産しているだけで

すべては消費者なのだと思う。

私たちが消費しているすべてのものは

どこかで誰かが生産しているもので

魔法でポッと産まれてくるものではない。

どんなに安くてもそこには人の手が絶対に添えられているし

自然とは切っても離せない中で私たちの手に届く。

それは、過酷な労働背景、無残な生産方法、無駄な大量生産

膨大に出るゴミ、オゾン層を破壊するほどのエネルギー排出力。

安価な商品の裏を知れば知るほど

そのエシカル精神に恐ろしく欠けていて

その場の貧民や例えばオラウータン、虫でなくても

心が痛すぎて気が狂いそうである。

オーストラリアの火事も、野焼きや石炭つくりの想定内の火事が

その気候変動であんなに広がってしまって

コアラの悲鳴を聞いているだけで

たじろぐ幼い子どもを見ているようで目頭が熱くなった。

その石炭の輸出先は、日本だなんて・・・

そんな傷つけあって殺しあって産まれ溢れる産物で

私たちの衣食住は満たされているのである。

どの仕事も生み出すどこかの過程であると思う。

私は、食のほんの一つを生産するという世界に入るようになり

ますます生産することの厳しさという現実も知った。

その農業界が常に同じ量の同じ質の生産を

望む気持ちもわからなくもない。

それは、消費者がそう望むからである。

消費者がいないと生産者は生きていけない。

大量に産み出せば裕福にもっと快適に暮らすことができるのである。

過酷な労働をする人と現場にいないボスに分かれ

節約節約で労働環境や人権的保証はされないし

農薬や添加物を制限以内であれば使いたい放題だし

気候変動になって自分がやっていることがおかしくっても

政府がいいって言ってるから、というし。

そんなことをいう農民はまだまだいっぱいいる。

要はお金なんだ。

生産者はより儲け、消費者はより安く。


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先日少年が珍しくセールに行ってみたいというので

大きなショッピングセンターに親子で行ってきた。

少し前までは、幼い少年の服を買いに何度かセールを頼りに

チャンスを逃すまいと走ったが、最近ではもうここ何年も

その浪費家農民の子どもの古着が手に入るようになってから

セールに駆けつけなくても済むようになった。

サイズが子どもサイズを超え、私にも合うようになったw

だからセールは行かなくてもいいのだが、知っておくのはいいであろう。

これも一つの体験として、連れて行くことにした。

すごかった。ホント、すごかった。

何がすごいって、人ではなく服の量・・・。

「これ全部売り切れるのかなぁ。」

失礼だけど、この時代にこのデザイン?という商品も

かなりな安価で棚に無造作に置かれている。

少年は、お年玉を握りしめてきたけれど

限られた持ち金の中で無駄になりそうな

所謂無駄遣いに恐縮し始めた。

本当は、サッカーシューズが欲しかったようだけど

一年ももたなかったナイキのサッカーシューズを思い出し

現在使用中のサッカーシューズに留まることに決めた。

その代わり、どうしても欲しかった私はもう懲り懲りの

セールとは無関係のサッカーボールをお年玉で買った。

そして、私はセールになっていた夫のパンツを買ったw

「こんなに遠くまで来て、これだけだったね。」

しかし、吟味した時間は価値があったと思う。


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私は洋服やカバンなんかも手作りを試みるから

どれだけ時間がかかるか、どれだけ端切れが出るか

本職ではなくてもなんとなくわかる。

イタリアは布も服もつくる国だから

ヴィンチのそこらでもいっぱい工場がある。

しかし、その工場ではアジアンが住み込みでやっていて

ほぼ24時間稼働していて、人里離れた田舎でカタカタやっている。

そして節約したいのであろう、端切れを黒い塊にし

道端や畑に捨てていくことが多々ある。


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どうしたらエシカル消費精神をもつことができるのか。

その答えはただ一つ。

エシカル精神でつくられたものは、それなりの値段であることであり

その価値は人権と共存を守っている

と認識するしかないのではないかと私は思う。

エシカル精神が生産者にも消費者にもあれば

それは持続可能なサスティナブル能力に繋がるのではないかと想う。

自分ばかり利益に考えてはいけないということなのではないだろうか。


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この師走、路上に大量の粗大ゴミが山積みになっていた。

目に飛び込んできたイケるヴィンテージじゃないか!

まるでクリスマスのプレゼントのようであった。

我が家の椅子は、どれも粗大ゴミ。デコレーションも粗大ゴミ!

今こそヴィンテージが流行っているけど

'90年代のイタリアの粗大ゴミはヴィンテージだらけであった。

フィレンツェの街のゴミステーションが宝に見えたこともあった。


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物を大切にする精神、吟味する精神、選択の精神

優先順位をつける精神、アイデアをもつ精神、優しい精神

どれもこれもエシカル精神に繋がるはずだし

サスティナブル能力が発揮できる生活スタイルなんじゃないか

と私は想う。

この精神と能力は実は

とても節約しているしきちんと浪費だってしている。

どこかの本で読んだのか、下町に住む友が言っていたのか

江戸時代が一番すべてにあてはまっているって言っていた。

素朴で平和で。

江戸時代に暮らしてみたい!


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私の生活もかなりオーガニックやリサイクル、手作りが増えてきた。

農主がある時言っていた。

「オーガニック栽培ってお金はあまりいらないんだよ。」

その分パッションと労力と時間は必要だが。

道具なんかは少し値が張るが

修理をしてでも長く使えそうな物を買うようになった。

産物を手掛ける人たちの労力に感謝し生活を守り

私たちの暮らしも持続可能なエシカル精神で

素朴に公平で豊かになればいいなと

私はその江戸時代を想像しながら現代を想った。



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最後まで拝読していただきまして、ありがとうございました。




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フィレンツェの住人は、必ず家庭に一人ずつ一枚は持っているだろう、時代の時代を重ねた伝統の食器、Richard Ginoriリチャード ジノーリ

☆ -Richard Ginori

今更私がごちゃごちゃ説明することもないほど、世界中に有名なRichard Ginori

Antico Doccia e Museo

シンプルなホワイトは料理が映え、イタリアでは人気が絶えない。

柄ものは、遊び心がありつつも、このエレガントさは、フィレンツェの≪時≫を感じさせる。

Lepidotteri -Richard Ginori

そんなフィレンツェの象徴でもある伝統のRichard Ginoriも、イタリアの大不況に見舞われ危うい状況に追い込まれるNewsを聞く度に、フィレンツェの住人はハラハラする。

Pinocchio Tea set

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Regalo!

とても丈夫なRichard Ginori

Catene -Richard Ginori

エレガントなRichard Ginori

Palmette -Riciard Ginori

フィレンツェの時代を思わせるRichard Ginori

Contessa -Richard Ginori

思い出とならぬようヴィンチの住人もささやかに応援したい。

*La Botteguccia・・・Richard GinoriのOutlet Shop
Viale Giulio Cesare,19  
SestoFiorentino - Firenze


*注*↑の写真でご紹介した食器は、我が家の小さなコレクション。現在生産終了されているものもあります。


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