大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

タグ:少年

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少年が通う中学校でも携帯電話使用の禁止令が発足された。

イタリアの中学生は1114歳に当たる。

日本の中学生より若干小さい。

それは小学校が5年制ということもある。

中学校は3年制で、高校が5年制なんだそうだ。

今では、小学生も携帯電話(・・スマフォか)を持っている。

少年が小学5年生の遠足では

お友だちがスマフォで写真を撮ったり

親と連絡を取り合っている姿を少年は黙って見ていた。

彼は、すぐに電池が切れてしまう4歳の頃のクリスマスプレゼントの

カメラを小学低学年時代持ち歩いていたが

それも早々に時代が終わってしまった。

彼は時代を追いだがり、自分の貯金でSIMフリータブレットを

ネットで購入。激安だった為、何日もかかって

はるばる中国からイタリアへ運ばれてきた。

届けばいい。何よりも嬉しそうだった。

あの表情はなんだか忘れられない。

今までぐっと堪えていたものが弾けた様子だった。

これでみんなとチャットができる!

しかしそれはなかなか叶わなかった。

自分で購入した物だから、自分の保有物で

自分の名前で登録すること。

彼は未成年どころか小学校卒業したてである。

正直に生年月日を登録させた。

するとGoogleから、未成年はそれなりの規制の中で

ネットを使うようアドバイスが届いた。

ファミリーリンクというGoogleのアプリでは

保護者にもお知らせがきて

保護者が管理できるように設定されている。

そして、チャットは16歳まで登録できない

もしくは学校や学校のメールアドレスかなんかも

登録することになっていて容易ではない。

この16歳まで厳しく規則をつくっているということは

それまでの年齢の子どもたちにチャットいじめ問題が

著しく起きているからであると私は思った。

ニュースでもよく目にとまる話題であった。

いじめているシーンを野次馬が動画を撮り

SNSやグループチャットに流すというような事件を。

いくら他人事のニュースとはいえ

涙が出るほど悲しいニュースである。

私はそんな辛いニュースでも小さな少年と一緒に見てきた。

こういう事件に母は何を想うか伝えておきたい。

暗いニュースが日々流れる中、一つ一つの話題に取り組みたい。

世の中の知らないところで苦しんでいる人々がいることを

私たちは気に留めて気を付けることに

ニュースの意味があるのではないかと思う。


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どうやって開設したのかわからないけど

チャットアプリがある時開通した。

こんな小さな子どもにチャットの必要性は無いのではないかと

私は思うが、クラスの中にいる安心感は

私が思う以上にあるようだ。


しかし、この初夏、タブレットを自分のおしりで壊してしまった。

絶望したに違いないが、これで大切にしなくてはいけないことが

わかってくれたのではないかと私は冷静であった。

あんなに雑に扱うからだ。

私が何故PCスペースでタブレットもやっているか

これでわかっただろう。メリハリをつけるためである。


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だが、夏の日本の旅でスマフォをゲット。

また親子のスマフォ戦争が始まった・・。

ネットの便利さとネットの面白さを知ると限がない。

どんどん興味が広がってそれは繋がっている。

少年たちは、チャットの他にゲームがドラッグのようにハマってしまう。

もう一回、もう一回、と終わりはあるのに限が無いのである。

よくニュースで話題になっている

スロットマシーン中毒になるのではないかとハラハラする。


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言葉は、人を躍動させる力もあれば救う力もある。

それとは反対に人との距離をつくる力もあれば

人を追い詰める力もある。

言葉で気持ち以上に表現してしまうこともあれば

説明が足りないとこもあったりする。

正直でストレートな言い方もあれば

謙虚で遠回しな言い方もある。

言葉は、個人を対象にしているときもあれば

複数を相手に、一般的に読む人側に立って書いたりする。

一方的になることが多い相手への手紙は

テーマと説明と解決とポジティブな未来を語ることが

好感的な手紙やメッセージだと私は想う。

これが、テーマと説明と責任と課題とネガティブな未来だと

避けて通りたく距離をつくってしまう。

一言で発信できるSNSなんかは、長い説明はない。

コメントも一言で済ませることが多い。

だから余計に言葉選びが重要になってくる。

それに写真を加えると

たちまち言わんとすることが伝わってくるときがある。

写真だけで語るならば、私はステキな被写体を通して

良いことも悪いことも伝えたい。

もしくはドキュメンタリーチックに。

例えば農薬やゴミを訴える場合も、私は農薬の写真は撮らない。

ゴミもゴミの散乱よりもゴミの人生を写し出したいぐらいだ。

そして、言葉をストレートに言ったほうが良いときは

褒める時だと思う。

自分の感情を声に発する、シンプルに言葉で表現する仕草は

イタリアに来て覚えた。

感情に素直な人種といると、嬉しいときには嬉しそうだし

怒っているときは言いたいことは言わなきゃダメだ!の世界に

ついついたじろぐが、書いて送る方法より

本人がいる前で解決した方が、断然良いに決まっている。


チャットが16歳まで簡単にアカウントが作れないのは

言葉や人間関係のコントロール力が不足しているからだ。

大人だってコントロール力が欠けちゃったりする場合があるんだから

子どもは仕方ないのである。

人生経験が浅く親と友だちと先生の三角の中でしか生きていない。

丸に近づいてきたら、言葉の世界にようこそ、なんだろう。

私は少年に、いつの間にかチャット設立に成功しちゃってるから

もう仕方がない、グループ内の会話は控えるように

個人のお友だちとも悪口をいわない、汚い言葉を使わない

問題が発生したときには、必ず警察はお見通しだし

親だってチェックに入る。それからでは遅い。

チャットの内容を見れば、性格だってわかる。

「誰でも見れるスマフォ作りをしなさい。」


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私だって嫌な思い出がある。

気が合わないなぁと思いながら役員をやっていた頃・・・

やっぱり気が合わないメールが届いた。

他人から見れば私は抜けた人間かもしれない。

その他人は私の人生の課題を提案してきたのである。

私は驚いた。

他人が私の人生を左右させようと命令するなんて。

私がどこまで抜けているのか友たちに相談したが

ただ単に人は違うんだよという結果に辿り着いた。

そうなのである。

人はみんな違うのである。

私は絶対に正しいと思ってやっていることでも

ある人からみれば、おかしいと思うことがほとんどだったりする。

私もおかしな人だが、あなたも相当おかしな人だね

なんて思うことが多々ある。いや、いつもである。

自分の考えを押し付けることはできないし

人のせいにすることを言葉で表現することではないと思う。

人生を命令した人は

会うと平然としていたが私の目を見なかった。

私は、同レベルにもなりたくないし、子どもじみたこともしたくない。

私が良いだろうと思うこと。

挨拶は決して忘れない。私の一日を台無しにしたくはないから。

話たければ話を聞いて目を見て一緒に解決したい。

それでも私の中では、言葉で表現したあなたの本音は刻まれ

あなたの表現した言葉は時間をかけて忘れても

あなたとの心の距離はもう縮まらないのである。

言葉というのは関係を決定づけさせる力ももっている。


こんなエピソードも人生の内に必ず体験するであろう。

我が少年だってこれからエピソードだらけの人生を歩いていくはずだ。

テクノロジーは先走るがこの言葉だらけの現代に。


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ヴィンチの丘では、木々が黄色に染まった頃

タイミングよく強い風が吹いてきた。

風に任せた葉たちは、空に舞い上がって落ちていった。

あぁ、飛ぶんだ、ふわぁと。

下を見ると、同じようなんだけど一枚一枚どこか違う落ち葉たちが

重なり合っていた。

そして次々に・・同時に、土へ換わるんだ。

みんなそれぞれの形で生まれ、みんなそれぞれの勢いで成長し

みんなそれぞれに身を任せながら眠っていくんだ。

彼らには言葉はない。

しかし、彼らは同様に我々にメッセージを送っている。

無言でも共感を求めている。

記憶を思い起こし未来を待つ冬が来たようだ。



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一日の終わりの姿 FineGiornata

イタリアからの手紙FrancobolliFilatelici 2017

落ち葉の上で



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最近SNSで「毒親」という言葉をみかけることがある。

自分が現在親だけにはっとさせられる言葉である。

wikipedia参考より“ 毒になる親の略。

子どもに悪影響を及ぼす親、子どもが厄介と感じる親。

親の「自己愛」問題が主な共通点

過干渉、ネグレクト、ケダモノ、病んでいるの4タイプ ”


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虐待系のケダモノと精神的に病んでいる以外

過干渉と無関心は普通の親からも

知らない内に顕となってしまっているのではないだろうか。

社会的なことも関係してくるだろうし

身の回りの生活なことも大いに関係してくるであろう。

過か無でケダモノ化し病んでいくような気がする。


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私も過度になりすぎず放ってはおかないよう気をつけているが・・・

子どもの成長と親の対応は個々に異なり答えがない。

だからどの時代も双方悩むのだと思う。

私の母は、無関心そうに見えた。

母からのアドバイスは何一つ覚えていない。

怒られて家を裸足で飛び出した記憶があるけれど

でも母の怒っている声や顔をを覚えていない。

しかし、父がいなくて叔父さんたちが私を怒ることがすごく嫌だった。

母にしがみついて大泣きしたことはよく覚えている。

祖母もよく怒鳴っていた。

怒られるということは、素直に言うことを聞かなかったのであろう。

からかっているような態度を見せたはずである。

私も今、少年のバカにするような態度には腹が立ち

ぎゃんぎゃん怒る。

人が怒るときって、自分の理想の世界を崩されたときなんだと思う。

人がいなければ怒ることもしない。

ただ自分が理想の世界にいられないとイライラしてあたることも

怒る原因であると私は思う。

だから、なるべく幸せなゆっくりした時間を過ごすと

からかうこともないだろうし、怒ることもないのではないかと

また理想の世界を描く。


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少年の生活態度とこれからの進路に向かって

話さなくてはいけないことがいっぱいある。

しかし、日常の些細な問題と躾、少年も私も活動に励んでいると

時間の狭さに追いつかない。

削って埋めて削って埋めて。

そして、助言や知恵を与えるより

自らの発見の場を与えたいとまた理想を描くと

さらに時間のなさに絶望する。

やはり我に返って日々の生活を豊かにしようと

田舎暮らしでできることを提案すると

「お母さんのスタイルは'80年代。もうそんなこと誰もやってない。」

などというのであるw

服の嗜好もプレゼントの嗜好も、「お母さん古すぎ」。なぬっ。


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時代が急速に変わっていることは

地球温暖化のスピードと同じくらい感じる。

自分が見てきた世間体を

次世代に教えるのはまた違うかもしれない。

かといって私たちがもつ人生経験というのは

個々にあって貴重なもので、でもそれは教えるのではなく

表現することであると私は思う。これを無関心側に設定すると

無関心と捉えてしまった考え方も実は幼いかもしれない。


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先日、職業をテーマにした授業を中学二年生の

日本語補習授業校の子たちが勉強していた。

私は、農業についてインタビューをされたのだが

子どもたちが用意した質問事項がおもしろかった。

職業の説明、一日の仕事の流れ

この職業で困難なことは何か、反対に楽しいことは何か

そして、子どもたちにこの職業は薦めるか、という質問である。

私は、転職していること、大人になってから学んだこと

体力的に辛いけど好きだからできること

もっと将来は多方面に展開させたいこと、などを説明した。

あの勉強もこの勉強も、あのアルバイトもあの仕事も

たくさん歩いた国々も旅行も

どれも人生の中で役に立っていると私は思っている。

あえて細かくいえば、英語をもっと活用させた生活を

しておくべきだった・・とそこだけが一番後悔している

そんなことも未来を想像する小人ことなたちに伝えた。


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子どもの人生は子どもが歩んでいくものだし

失敗しながら学んでいくことも必要だと

そんなこと私たちはわかっている。

しかし、失敗の中でもこれは失敗しちゃいけないことを

人生経験のある大人から学んでいかなくてはいけない。

そこで私たちの教えが毒と感じるのか、毒となるのか

それはもう家族の幸せ度から

生まれてくるのではないかと思ったりもする。

やはり生活の質が根本にあるような気がする。

ぎゃんぎゃん少年に怒った後は

いつでもフォローするよお母さん、の姿に切り替える。

私も母にしか相談できないことがいっぱいあった。

今でも相談したいことがいっぱいある。

しかし今はもう、感情の記憶を掘り出して

現実と向き合わなければならない。

親子で話し合える環境をつくるのが一番なんじゃないかと

やはり原点に戻る。


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ヴィンチの丘が黃葉で輝いている。

色が抜け黄ばんだ葉は

最後の微塵なエネルギーを振り絞っているように見える。

風が吹いているのであろう、カタカタカタと首を振るように動く。

今にもポキンと折れそうに動く。

それも彼らの本能のように動く。

そして大地に舞い落ちていく。

ただただ本能で動ければいいけれど

コミュニケーションをとって動いていく。

それはタイミングもあって、そしてフォローし合って

今というチャンスに向かって動いていく。



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独り占めの幸せ 12°Compleanno

鍵っ子PeperoncinoAcrata

 『走れ、歩め!SetteErbe



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長い長い、長い長い夏休み。

まだ終わらない。

夏はいったいいつ終わるのだ!

新学期が始まらないと夏が終わったとは言えない。

活動的な夏に、若者が3ヶ月強も家にいるのは良くない。

夏というワンシーズン丸ごとである。

人生の中の三ヶ月なんてあっという間だろうが

成長期の三ヶ月、体も変化していれば知能だって進化している。

放っておいてはいけない時期だ。

しかし、家のアニマルはいくら成長期であっても

大人料金の子どもで、働くわけにはいかないし一文無しだ。

このアニマルをどう三ヶ月、活動的に発散させるか。

それはもう、毎年悩みの種である。


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ずっとお腹が空いているようでいつも食べることばっかり言うし

お腹が空いていると集中できずイライラするし

いつも食べてるのに太らない。(くやしい)

ダラダラしているのを見ると私は腹が立つが

動くと、坂道なんかでも走っていって着けば時間を持て余している。

ちっとも疲れた様子もなければ、アイデアが生まれることもない。

仲間があるとき収穫中ブドウの列の向こう側から

「君のお子さんは何か習っているのかね?

わたしの息子はクラシックバレーを習っていてね、もう5年になる。」

「あぁウチの息子は・・・、クラシックサッカーを始めてちょっとです。」

画面に出てくるような子たちは得意芸を持っていて

練習の日々は忙しく充実しているのだろうなぁと

他人の子が羨ましく見え、その点ウチの子は・・・



食べることと無駄な動きとスマフォとイタリアンサッカー。


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ずっと旅行なんかしてられないし

サマースクールだって無料なわけではない。

田舎の欠点、近所に友だちがいないので遊ぶことはないし

サッカークラブもみ~んなヴァカンスでな~んにも稼働しない。

兄弟もいなければ、おじいちゃんおばあちゃんもいない。

超核家族のイタリアの夏休みは、マジキツイ。


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他の国はもう新学期が始まっているようなのに

イタリアの国立学校は、9月の半ばから学校が始まり

それから12週間は様子見期間(?)で早く帰宅する。

正式に学校カラーとなるのは、10月からなのであるww


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暇過ぎアニマルはかといって収穫を手伝うわけではない。

私と夫で週末、アニマルのおやつのためにフルーツを収穫する。

イチジクの収穫は、私も嫌い。

大量の蚊が飛び回っているから、アニマルは来ない。

今年のヴィンチのイチジクは

いっぱいあるけどあまり美味しくなさそうだ。

干さず、ジャムにした。


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最近私は、夏休みギリギリ自由研究のように

パン作りに精を出している。

本当の目的は、アニマルのおやつである。

難しい天然酵母ではなく、ほんの少しの生イースト菌仕様だが

ギリシャヨーグルト作りから出てくるホエイを使ったり

家庭で作るリコッタチーズで分離するホエイを使ったり

豆乳から作る豆腐作りで出てくる植物プロテインを使ったりする。

ホエイ(動物プロテイン)や植物プロテインの液体を加えることで

発酵を助けるのだそうだ。

長持ちの役割もするモッツァレッラに入ってる液体も実はホエイ。

捨てないで、それを加えたっていいのだ。

ピッツァとパンの生地の材料の違いは

オリーブオイルを加えるか加えないか。

それと、発酵させる時間と捏ね直すことなどに違いをつけてみたら

大成功。

自家製パンに自然農法トマトと自慢のオリーブオイルとパラ塩で

Pane e pomodoroパーネ エ ポモドーロ(パンとトマト)

最高じゃないか。

パンが固くなったら、水に浸してパンツァネッラやパン粉にしたり。

自分でつくれると、全粒粉や小麦粉変えたりアレンジができる。

買えばパンの国でもオーガニックなんかはやっぱり高い。

ピッツァ生地の余りで、フォカッチャスキアッチャータ、グリッシーニ

カリカリスキアッチャータ、タラッリ型スナック

トルティーヤ(フライパンで焼く)を作る。

家に薪炊きの窯が無くったって、電気オーブンで十分だ。

ちゃんとしたオーブンがあると超~便利。

日本で足りないことの一つだった。


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勉学にちっとも支障がないほどの

夏も終わりか過ごしやすくなった今日この頃

アニマルは、無駄に自転車で走り回り

畑のブドウ(農主に承諾済み)をつまみ食いしに行ってきたそうだ。

Vendemmiaヴェンデンミア(ブドウの収穫)が始まると

自分のおやつがなくなる危険があるからだ。

無駄にエネルギーを消費し、糖分を摂取することを身で学ぶ

アニマルの夏は、もうすぐ閉幕。

早く終わってくれ(涙)




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夏休みのある朝 Due Passi di Mattina

自家製プロテイン Siero

自家製ピッツァ laPasta di Pizza



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私は外出中歩くのが好きだ。

ただただ好奇心旺盛だからである。

歩けば上から下、右、左

よく見れて立ち止まることもできれば写真も撮れる。

自転車だとそれがなかなかできないから

他と同じ移動手段用の乗り物にしかすぎない。

少年も小さい頃からずっと歩いてきたから

車でピャッと行っちゃうより、歩いていこうよと提案してくれる。

節約もそうだけど、エコだから、できるときは大いに歩けばいい。


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だから歩いた。


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東京に泊まるにはどこがいいか。

いろいろ探した。ホテルもカプセルもシェアハウスも。

ワイン&オリーブオイル会用のグッズはたまた旅行帰りのお土産で

重い中型スーツケースを引っ張って歩く私は

主要駅から徒歩5分以内がいいに決まってる。

しかし、安くて安全で便利な都合のいいホテルはなかなかない。

最も行くであろう街から遠いところに宿泊先があっても

交通費がかかってしまうのは賢くない。

乗り継ぎが多くなるようなところに泊まるのも

駅構内の徒歩でエネルギーを消耗してしまう。

コインロッカーを使わずに荷物を預かってくれて

高速バスを利用することが多いならば

新宿バスタ(新宿駅南口)付近に

ホテルを探すのが私にはベストであった。


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あった。


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一本奥にある30年来のクラシックスタイルの旅館から

少年の目的地、渋谷まで明治神宮・原宿を通って歩いて行った。

懐かしいな。青春時代よくショッピングしに来た街だ。

少年もそのうちそうなるのかな。

何しろ若者の街だから、若者が多かった。

世代交代を感じた。

写真を撮ることが恥ずかしくなった。

今より昔を撮りたくなった。

ん十年も経った今、新鮮さがちょっと似ていた。

今写真を撮ると、昔の私が飛び出してきそうだった。

表参道の脇道を通うホンモノの青春クンからいうと

私なんかまだ若い方なんだそう。

もっともっと年上のイケオバとかイケオジってのがいて

歩いてるとめちゃカッコイイんだそう。

そうか。もうしばらく通えそうだな、大地の住人。


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私は表参道の脇道にある青春クンが通うヘアサロンでカットをした。

ファッションの街原宿だぜ!

すごく期待していったのだが、私の要望に合う髪型は

この機能的ないつものスタイルということに留まってしまった。

私のナチュラル剥き出しのハクハツカラーは

ファッションの街に違和感がないのかもしれない。

そうよ、ナチュラルカラーが私流ファッションなんだから。

サロンで見習う青年たちは

コミュニケーション力も見習い中のようだった。

オリーブオイルのことを積極的に聞いていた。

古着のリメイクジャージファッションが流行っていることを話してくれた。

私も若い頃はこうだったのかな。


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少年は、渋谷のスクランブル交差点に行きたがった。

これだ。

外国人がつくるニッポンプレゼンムービーに登場する交差点。

少年みたいにムービーで撮ってる人がいっぱいいた。

交差点を見渡せるSTARBUCKSは列をつくり

Fの特等席には順番待ちもしくは

座席中の他人の頭上で撮影が行われている状態だった。

確かに眺めていると小さな人間の粒が集まって突進して交差して

ミニチュアフィギュアのようでおもしろい。

人生のすれ違いを学んでいるかのようだった。

私は、この交差点の目に飛び込む大型ビジョンで

昭和天皇の訃報を知った。

黙祷しながら信号を何回か見送ったことを覚えている。



渋谷も原宿も新宿も六本木も銀座も

入るどの飲食店には満席なくらい人がいっぱいいた。


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六本木にあるコレクションを持たない国立新美術館

The National Art of Center, Tokyoに行った。

黒川紀章氏設計のカーブしたたガラスの積み重ねのエントランス

そしてロビーの吹き抜けはリッチな気分にさせる。

この開放感は、少年からすると手の届かない遊び場のようだ。

飛び跳ねても何も届かない。

エレベーターを往復し、空間を満喫していた。

ロビー脇にある北欧スタイルの椅子が並んでいる。

シンプルデザイン北欧家具好きにはたまらない。

サイズが贅沢なデザインは、リラックスからあえて遊び心が生まれる。

ウェグナーのシェルチェアーに座れるだけでもう満足。

私たちは9月2日までやっているフランス人アーティスト

クリスチャン・ボルタンスキーの回顧展Lifetimeに訪れた。

集団、個、死、宗教、社会、想像、思考、遊び心、空間、表現

少年にも何か伝わったのではないだろうか

空間アートはおもしろい。


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私たちは、国立新美術館を見下ろすように

六本木ヒルズの展望台に上った。

あ、新宿都庁だ。前回あそこに上ったんだよ。

次回は東京タワー。その次はスカイツリーに上ろう。

大きい青山霊園をはじめ

ポツポツお墓付きの寺が街にあるのが妙な光景に感じた。

イタリアの教会みたいなものなんだろうけど

無機質な人工の街に祖先様の居所が不自然に思えた。

見渡す限り大小のビル。

こんなところにも住んでいるのか、真下には六本木高等学校。

ナポリのスパッカナポリのように道で街が真っ二つに別れている。

高速が街の上をくねくね通っている。

まるで未来都市みたいで

車が宙に浮いて移動しているように見えた。


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ヴィンチの丘から見渡す景色は

人工の街ではなく人工の畑だ。

ビルが木々一本一本のようだ。

東京はどんよりスモッグらしき層で街は覆われていた。

田舎は、覆われることなく天気に左右される。

ヴィンチは雨が2ヶ月降ってないそうで、カラカラしている。

どこかで雨が降っているだろう空気は流れているのに。

今日の夕日はまるで日の丸のようだった。




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クーポラを目指して Firenzedel mondo

白黒のピサ ESCHER

頭の中はシュルレアリスム Surrealismoa Pisa



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七、八歳離れた従弟が幼少の頃、よく私の家に遊びに来た。

当時従弟は幼稚園児だったと記憶する。

日曜日の朝、私も母もまったりと休日にどっぷり浸かり

床の中で長編らしき夢を永遠と見ていた。

私と母は、日の当たる私の部屋で、一緒に寝ていた。

私がベットで、母が床に布団を敷いていた記憶がある。

すると、従弟が我が家にやってくる。

二階にある私の部屋まで階段を上ってやってくる。音でわかる。

お母さん、Aちゃんが来たよ。

この日曜日も起こされたー。

もう少し遅くにおいでって言っといてよぉ。

階段の音が聞こえると、余計に布団の中にもぐって

気付かない振りをする私。昔から音には敏感だったようだ。

母は私には黙って、Aちゃんにおはようと言う。

きっと、そろそろ起きなきゃいけない時間だから

いい目覚ましだったんだと思う。今、よくわかる。

Aちゃんは、幼稚園児なのによく一人で歩いて来たもんだ。

Aちゃんの母も、よく一人で行かせたもんだ。

イタリアだったらありえないことだよなぁ、と大人になって考える。

Aちゃんは、叔母ちゃんのところに行く!と言い張るらしい。

Aちゃんは、我が家に来ると嬉しそうだった。

買い物にもついて来た。どこにでもついて来た。

私も母のことが大好きだったし、普段仕事でいないから

独り占めできる日曜日に、独り占めできなかったことに嫉妬した。

それは大人になってから気がついたことだけど。

母はもちろん小さいAちゃんを一番に持て成すから。

こういった気持ちはきっと兄弟や姉妹の中ではよくあることであろう。

私は一人っ子の空間暮らしだから

急に小さなお客さんの対応ができなかったのであろう。まだ青い。

Aちゃんは、私の母のことが大好きだったそうだ。

そりゃそうだ。そのまんま表現できたし

そうさせてくれ一人でも送ったAちゃんの母に

Aちゃんは幸せなひとときと幼少時代を送れたと私は想う。

それと裏腹に難しい時期突入の私は

人から好かれる母には誇りだが、あの嫉妬感は忘れられない。

今では、そういった嫉妬感を体験できて良かったと思っている。

Aちゃんは、いつもニコニコして小さい目が線になるほど楽しそうだ。

それからも小学低学年のAちゃんは

相変わらず我が家に嬉しそうに遊びに来た。

ある時、Aちゃんが小学五年生の頃

急に変わったのをよく覚えている。

目が線になるようにニコニコはするが

下向きな表情で無口になった。

Aちゃんも難しい時期に突入していったのであろう。

Aちゃんが中学生になって超難しい思春期に

大好きな叔母ちゃんは他界した。

下向きに泣いていたAちゃん。無口に泣いていたAちゃん。

その後、Aちゃんもだんだん大きくなってきた頃

母親を亡くしてしまった私の支えをよくしてくれた。

Aちゃんだけだった、従弟で力になってくれたのは。

Aちゃんは、私の母の代わりに私によく相談した。

母のような寛大なアドバイスはできなかったけど

母が私の青春時代までに残してくれた彼女の想いなんかを

記憶を振り絞って、私はお姉ちゃん振りながら言葉を代行した。


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少年が、その、今、難しい時期に突入し始めた。

まだ思春期まではいってないその手前だと思う。

私も動揺が隠せないほど、梃子摺ることがしばしばではなく

いっぱいある。ほぼ毎日もしくは悉く。

どうして今の子はスマフォを持つのであろう?

携帯電話を持ち始めたことが私からすると最近なような気がする。

その前は、公衆電話の時代で、電話の列をつくった。

待ち合わせには、自宅の留守番電話機能にメッセージを残し

外から留守電を聞いて、待ち人の遅れる理由をキャッチしていた。

イタリアでは、そんな機能ないから、人伝という方法を使う。

シスターズとギリシャに行くのに私はブリンディシの駅で

待ち合わせをした。何時にここの駅で。

昨日私たちはそういって別れたのではない。

私たちは別々にバラバラに一ヶ月旅行をしていたのだ。

シスターズがいた!電車の中から確認できたあの喜び。

シスターズはギリシャ後、別の友とエジプトにアテネから飛ぶ予定で

その友とアテネのインフォメーションオフィスで待ち合わせをしたそうだ。

その日のその時間、友は来なかったそうだ。

シスターズは、インフォメーションオフィスの人に

言付けを残して行ったそうだ。また何時ごろ来るからね、と。

そうしたら、友も同じことを考えたのであろう

インフォメーションの人からきちんとシスターズの言付けを受け取って

無事会ってエジプトに飛び立てたのである。すごい。


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少年は、小型タブレットでスマフォは持っていないし

通話ができるわけではない。Wifi機能でネット通話ができるぐらい。

だが、そうではない。問題は、ゲームをしたがるのである。

大人からすれば、もっとタブレットの使い方を学べば

いろんな世界が広がると期待していたのだが。


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少年の誕生日間近、やはり少年はいつもと違う日にしたいと言う。

掃除をして、新たな年を迎えよう。それには賛成のようだ。

私も、この機会をいいことに(!)掃除をした。

三日間に渡り、大好物の夕飯で持て成し

カウントダウン気分を味合わせた。


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当日、私はオリーブの剪定を休んで、ケーキ作りに専念した。

少年が帰宅した。

おめでとう!

今日は何したいの?

ゲーム2時間。

・・・・・・・・・。

いつもと違う日にしたいんでしょ?

今日は、お母さんの時間あげるよ。

お母さんと遊ぼっか。

何して遊ぶ?

バトミントン久しぶりにする?

だんだん顔がニヤけてきた少年。

少年は見て欲しかったことがあったようで、二人は早速外に出た。

自転車の手ぶら運転。何回拍手ができるか!

スケートボードの上達振り。

バトミントンはラケットが壊れてたから

本格的に力む紐付きテニスで対戦!

ビデオで録画して12歳を祝った。

日常的なようで実は非日常的な独り占めの時間。

他愛も無いことだけど、自分を見て欲しい

好きな人から自分だけを見つめて欲しい感は、大人だって同じだ。

どうだった?今日は楽しかった?

うん。ボク、幸せだった。お母さんと一緒に遊べて。

それは良かった。

独り占めできて甘えられて笑ってるお母さんとの時間は

何よりのプレゼントである。

この時間プレゼントだって、いつか変化していくだろう。

親から離れていく頃だからこそ

非日常的に見つめて欲しい一瞬かもしれないと私は想う。

私もそれを同じ頃に望んだ経験者ですもの。




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