大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

タグ:思い出


あぁ、春よ

やっと来てくれたね

待ち遠しかった


Torta con Melissa

この憂鬱感を吹き飛ばすのは

お日様と

ニョニョッと芽生える植物たちと

ブンブンと飛び回る虫たちの

大地の動き。


日に日に草は伸び

日に日に花は散り

かと思うと

次から次へと花は咲き


っもうすごいの、春の香りが充満!


朝、窓を開けると

鼻に飛び込んでくる香りと薫り。


かゆくてかゆくて、鼻水が止まらないw

年々アレルギーが酷くなっていくような。


逆に体が敏感になっていくような。


何かメッセージを送られているような。


だから、逆らわず

草ボーボーの中でも

ハーブを探すよ!


Melissa

数年前

植物が好きなご主人一家が我が家に遊びに来た。


一度目、我が家の周りを探索し

ハーブのことや木々のことを教えてくれた。


二度目、ご主人は歩けなかった。


三度目は無く、早い進行でALSの病で亡くなった。


Fantasioso

今、尋ねたいことがいっぱいある。


出会った頃は、私たちはまだまだ植物に関して初歩だった。


ご主人が植物の話をしている時、愉しそうだった。


その愉しそうに話すご主人を見ているだけで愉しくなった。


植物のことで何時間も話せるのではないかという感じだった。


そんな人、滅多にいないから

私たちみたいな初歩の植物好きに

ご自慢の植物知識をご披露するうってつけの時だったと今思う。


ご主人から

激辛のPeperoncinoAcrataペペロンチーノ アクラータ

(唐辛子の鷹の爪にそっくり)の鉢植えを

愉しそうに自慢げにお話して下さった

ご招待して下さった時に頂いた。

まだご主人のことを想いながらヒィヒィ食べている。


Foglie di Rosa

そのご主人が、一番目我が家に遊びに来たとき


柳の樹の下辺りの日陰に

「食べれる草があるぞ」

という。


名前忘れちゃったんだよなー

いい香りがしてたから、肉やケーキにいいぞ。


Fusto di Melissa è Quadrato


確信できるほど絶対に

イラクサをシソと間違えて触った経験

がみなさんにもあるかと思う。


私はピリリィトラウマですから

気をつけて草を触るし

絶対に調べに調べた草ではないと食べない。


Raccolta di Melissa


と数年

イラクサと似てるけどイラクサではない


本でもよく見るんだよなー


あのご主人が言ってた食べれる草ってコレかな


と勇気を出して千切って匂いを嗅いでみると


ワオ、これMelissaメリッサじゃん。


日本語ではレモンバーム。


イラクサもレモンバームもシソ科で

茎が四角い。


ほんのり甘いレモンの香りがする。


ホワ~ン

あぁぁぁ、いい匂い。


でも千切らないと香りはない。

特に脇芽の小さい方が、香り強いような。


Tisana di Melissa

早速、煎じて飲み

刻んでTortaトルタ(焼き菓子)に入れることに。


Tortaのベースは

SchiacciataFiorentinaスキアッチャータ フィオレンティーナ

オレンジのところをレモンバームにしてトライ。


全粒粉だし、全粒キビ砂糖だし

レモンバームティーも少し入れたから

茶色いカステラが出来上がった!


オーブンから出した時、Tortaを切った時

すごーくいい香りがした。


con foglie di Melissa


レモンバームの香りから

私はなんとなくアジアン料理も連想するので

お肉の芳香焼きなんかピッタリだと思う。




レモンバームの効能は

なんといってもストレス解消。


精神を安定させる作用から

頭痛や食べ過ぎ。


炎症を抑える作用から

アレルギーにも効果アリだそう。




レモンバームの保存は、乾燥させることが一番かも。

春から初夏にかけて茎ごと摘んで

日陰に吊るしてカリカリにさせるそう。


2018


ご主人の「食べれる草」が解明できて良かった。


レモンバームの香りを嗅ぎながら

ご主人との会話と数少ない会話した日を想い出す。


私はご主人の歩いたレモンバームの中で

何年経ってもいつまでもご冥福をお祈りいたします。



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PEPERONCINOペペロンチーノ

オリーブの森 Boscodegli Olivi

ilPesto al Tofu con SHISO シソ入り豆腐ペースト

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1995年の冬

未知の国だったイタリアに

足を踏み入れた。


Aperitivo!

イタリア語なんて

NHKのラジオ講座でダビングしながらやってたけど

わかるわけないよww


若いっていいね

怖いもの知らずで。

中年になると

怖いを通り越して

熟練の開き直り!


Formaggio Irlandese BIO


私は、フィレンツェのABCアービーチーという

語学学校に通っていた。


何言ってるかわからないから

すぐに日本人のお友だちができた(!)


私よりちょっと年上のお姉さん。


あの頃、同じくらいの年の子もいたけど

ほとんど日本で5~7年社会人をした方が多かった。


バブル期に稼いでいたんだねw


だから年上の方と出会うことが多かった。


三つぐらいの年の差でも

一緒に私とつるんでくれた。


dal Dublino


一番目のお友だち

そのちょっと年上のお姉さんM-ci


本当に、姉妹のようにいっつも一緒にいた。


語学学校の午後のレクリエーション活動も一緒に参加した。


そして、日本人グループができ

似たり寄ったりの友たちは

食事会をしょっちゅうして

大家族のようにいっつもワイワイしていた。


集まるところは

今も同じ

ウチ。


大家族の床屋までウチでした。


成人式もウチでした。


一番年上の方が親役となっていたww


Brindisi


M-ciと大家族たちとPiazzaピアッツァ(広場)

おしゃべりも絶えなかった。


喉を潤しながら。


特に一日が終わらない六月なんか。




語学学校だっていつか終了する。


大家族たちは

アトリエに通いだしたりコック見習いをしたり。


Finocchi dopo la pioggia


その合間に私とM-ci

いっぱい小旅行をした。


M-ciは、私にバックパーカーの道を教えてくれた。


Finocchi con le Sarde


二人でイタリアのいろんなところに行った。


近隣国にも行った。


フィレンツェシスターズなんて

近隣国で出会った同国人が名付けた。




フィレンツェシスターズのM-ci

日本に帰国しても

アイルランドで結婚しても

トスカーナにいるフィレンツェシスターズの

相棒わたしに会いにやってくる。


Vineto Biodinamico


フィレンツェやヴィンチに来ても

観光をするわけではない。

トスカーナの時間を過ごすのだ。


ゆっくりと、のんびりと。


新鮮なイタリアの食材で

美味しいイタリア料理をウチで食べる。


アイルランドのタンポポとヴィンチのタンポポ

どっちが美味しいかなー。


Pizza Bianca con Asparagi


あの頃を思い出しながら

私の散髪をした!


シスターズは

夫たちの散髪をしてる。


「髪の毛切って。」

「いいよ!」


Tramonto Collina Vinci


オリーブの剪定の間

M-ciはハーブ摘みしたり

ゴロゴロ本を読んだり

オリーブの枝集め作業を手伝ったり。


ランチは、緑の中でお昼よ。


cerca Erba nel Oliveto


M-ciのトスカーナの過ごし方。


ヴィンチの丘で

太陽に当たって風に当たって

大地を歩いてハーブを食べるの。


シスターズといっぱいおしゃべりして


少年に日本語学校の宿題教えて


私たち夫婦のたわいもないケンカを聞いて


バイオダイナミックワインで乾杯するの。


Toscana!


自由な時間に出会った友だから

自由な時間にタイムスリップ。


たった一年ちょっとフィレンツェで自由に滞在していただけ。


それからあれから

シスターズの関係はずーっと続いてる。


人生の出会いって

ホント、オモシロイ。


シスターズ、またね!



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緑の中でお昼 lami famiglia

大地の春・草・味 ErbaSpontanea

時の同居人 CameraDoppia

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天気が良いと

気分も良くなるし、外に出たくなる。


動きたくなるし、やる気になる。

なんだかすっごくポジティブになって


問題が解決した気分になる。


nell'Oliveto


天気が悪いと

憂鬱になって、閉じこもりたくなって

動きたくないし、やる気が全然起こらない。


とってもマイナス思考となり

未来が不安で不安で仕方なくなる。



ホ、ン、ト、ウ、ニ。


Fico


どんより雨が降ったり、キラキラの晴天になったり

何日か続くってことがない変わりやすい天候の春。



その合間を縫って

まだやってるオリーブの剪定。


なかなかはかどらなければ

なかなかやる日とやる時間がない。



他の仕事が入ればそっちをやるし


イタリアのママ業もやって時間はとられるし


車が一台しかなければ、重要な方を優先するし


夫は天気が良くてもマイナス思考がちだし。



一人で出発して

一人で黙々大地の中で

樹と向かい合っている私である。


時間が過ぎるのが早く

あっという間に十一歳の少年のお迎えの時間が来る。


Pesco


天気の良い日曜日

少年が珍しくオリーブ畑に行くというので

一緒に出発した。


「だいちのじゅうにーん」

とか言って

オリーブ畑に座って

持ってきたものでおとなしくしていた。


「イタリア語で”大地の住人”てなんて言うの?」

Popolo della Terraかしら。

少年、納得。

E' vero, vero.


nell'erba


母は仕事にならないくらい嬉しくって

一緒にゴロゴロ草の上でおしゃべりでもしたかったけど

またゴチャゴチャ言うとうるさいだろうし、はかどらないから

お互いに黙々と時間を過ごした。


taglio grosso


アレ?車が無いのに夫がいる!

仕事が午前中で終わった夫は

送ってもらったそうだ。


家に帰ってもみんないないしやることないじゃん。

まぁね。



あまりにも天気がいいから


ピクニックしよう!

わーい!

まだお店開いてるからパニーニ買ってくるね!


えっ、いいよ、ウチに帰って食べようよ。


イヤだ!

21でお母さんの負け!



ピクニック支度の間

母はオリーブの剪定ですよ、はかどらないんだから。



結局、家にも一旦帰った様子で

パニーノに挟むサラダと

ペットボトルに入れたバイオダイナミックワイン

を持って嬉しそうに戻ってきた男子親子。


Vino Biodinamico portatile


ピクニックっていいね。


家族っていいね。


こんな時間があっていいね。


こんな時があっていいね。


子どもっていいね。


のんびりっていいね。



ワインが美味しかったー。


ピクニックだからかな。


のんびりだったからかな。


剪定の合間だったからかな。



食べ終わったら

少年、帰るって言うの。

もうちょっといなよ。

夫まで、チェンソーとりに行ってくるって。

・・・・・・・・・・。



はかどらないオリーブの剪定。


Padre e Figlio


私も少女の時

おばぁちゃんとおじぃちゃんの畑に行っていた。


柿の木に登って遊んでた。


おじぃちゃんが倒れて

おばぁちゃんとおかぁさんと行っていた。


おにぎり持って。


山の下にあった畑の脇に

ちょうど良い陰になる森があって

そこから湧き水が出てて

その冷たい水を汲んで飲んで暑さを凌いだ。


隣の畑に牛を飼ってる小屋があって

牛に草をあげたりした。


おかぁさん、早く帰ろーよ。


緑の中で過ごしたこと、絶対に忘れない。


sull'Olivo!


イタリアだからオリーブやブドウやトマトだけど

畑の思い出は絶対に忘れない。


少年だけではなく

私も夫も

死ぬまで忘れない。



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女剪定士の弱音 Potaturadegli Olivi④

晴れ、歩め! SetteErbe

時間 ilmio compleanno

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私が二十二歳になる数日前

母は、乳ガンから発起したガンだらけの身体は

肺に留まり息も引き取った。

モルフィネを打たれ痛みが治まったと同時に

涙をこぼし、ささやかに笑った。

その時、魂が抜けた様子だった。

私はこれからの痛みに泣いた。

今考えると、寂しさに泣いていた。

寂しさが心の痛みだったように思う。

思い出すだけで泣いた。

それでも生きている以上、生活していく。

時間が私を助けてくれた。

同じ日なんてありえない。

前進する意義と生きる愉しさ。

寂しさの涙は、いつしか乾いていった。

mamma e figlio


私はなかなか妊娠しなかった。

不妊相談所のようなところで相談し

(フィレンツェの県立病院Careggiカレッジ内の

Riproduzione Umaniリプロドゥッツィオーネ ウマーニというところ。)

いろいろ検査をすることになった。

調べると、昨年と9年前の手術でも取り除いた

やはり腫瘍が邪魔していた。

卵巣嚢腫というものであった。

卵巣が左右あるうちの右側にあった。

手術をして除去してから妊娠を考えようと

道のりは長くなった。

腫瘍は、さほど大きくなかったので

ちっとも緊急扱いのない手術の予約をし

初めての手術に緊張しながら

首を長くして待っていた。

時間だけが過ぎているような。

妊娠には、少し焦りだす年頃に突入していた。


ある時、なかなか生理がこないから

市販の妊娠検査薬で調べてみると

ポジティブ(=陽性)。

病院に行って、本格的に検査をしてもらって

浮かれて、母子健康手帳を頂いた日

手術の電話を受け取った。


妊娠するための手術だったので、もう必要ない。

浮かれた私はそう思い込みっぱなしだったし

誰も定期検査をしなさいと忠告することもなく。

だから、出産して二年後に痛い思いをそこでする。

ecco


噂通り、つわりを迎え

タバコを止めた。

これだけは自慢に想えること

夫も、タバコを一緒に止めた。

今でも吸うことはない。

人生の学びの一つであろう。


あの時ほど未来が楽しみで仕方がない

という感覚はない。

それでも日常での問題は次から次へと起こり

次から次へと解決していく。

つわりだからとウダウダしてられない。

同じ日は決してない。


当時、不動産も購入し

現在のヴィンチの家の建て直しで

出来の悪い設計士

(Geometraジェオーメートラ、人に依るけどね)

と日々連絡し合っていた。

そのことについては、追々語ろうと思う。


数ヶ月の妊娠期間、順調だった。

国の保険機関で行われる産婦人科ではなく

プライベートの産婦人科の医師について診てもらっていた。

Cielo in Dicembre


四ヶ月目も終わり頃

そのプライベートの産婦人科で定期健診を行った。

医師は、あることを発見した。


胎児の頭の穴がフツーより大きい

というのである。

で?どうなっちゃうの??


胎児の頭の穴は、産まれてからも開いてるし

それがだんだん塞がってくるものなんだが

このまま塞がらず、穴が大きいままだと

知能障害を持った子が生まれてくる

というのである。


私は横になってエコー検査をしている状態。

下から医師を見上げていた。

医師は、下を見るより

なんだか近くにいた夫に向かって話していたような。


イタリアは、障害者に対して厳しい国だから・・・


中絶するには5ヶ月までは法律で許されているから・・・


それ以降だとお金もかかるしイタリアではできない・・・


というのである。

医師は、人工妊娠中絶を勧めているのである。


涙が溢れて止まらなかった。


医師は、他の診療所宛へ手紙を書き

もう一度エコー検査をし診察することの手配をしてもらい

産婦人科を後にした。


それから何日泣いたであろう。

夜も泣いた。

涙は乾いてくれなかった。

涙の海ができそうであった。


四ヶ月の終わりって、もう胎児の動きがわかる。

私の体の中で、命が誕生している。

あんなに望みに望んだ命を、私が殺せというのだ。


私の家族は次々と自ら魂となっていった。

今度は、私が命を殺す?


ありえない。

Vola


私は決めた。

産む。


知能障害でもこの世に誕生して

小さな幸せでもいいから知って欲しい。

同じ日なんてない。

嫌なこともあれば嬉しいことだってある。

知能障害だって生まれて生きる権利はある。

嫌なことを知って嬉しいことを知る権利はある。



私の母は、養護学校の教育者であった。

教頭になり信頼や講演で注目を集めていた頃

この世を去り、期待は続くことなく終わってしまった。

私が青春の頃、彼女の活躍はほとんど後で知ることになるが

少女の頃は、養護学校でイベントがあると

一緒に参加していた。

知能障害で手古摺らせることもあるが

こうやって団体で温かく見守って

一緒に笑える、一緒に学べる

彼らだって好きで障害者やってるんじゃない。


どんな状態でも

同じように扱う、平等でいる

っていうことを一番に学んだ。


可哀想だからと、可哀想に扱うより

平等に扱う。

それは、障害の世界だけでなく

どこの世界においても言えるのではないかと想う。


そんなことを、数日考えた。

産むと決めた途端、涙の波が引いた。


赤く腫れているだろう私を鏡で見た。

鏡に映る私の顔は変わっていた。

その時から私の目は、二重になった。

どんなに擦っても、時間が経っても

二重となった目は今も続く。

母になると決心した顔なのかもしれない。

mamma e figlio nell' ex appartamento

医師の書いた手紙を持って

国の保険機関のエコー検査に行った。

「ちょっと大きいけど、男の子の場合は大抵大きいの。

ほとんどは小さくなっていくから。

毎月、エコーをしながら様子を見ていきましょう。」

母体と胎児、二人でトンネルのCTスキャンも通ったっけ。


その問題以外は、母体も胎児も順調であった。

お腹がはち切れんばかりとなった予定通りの頃

破水して病院へ行き

長い長い分娩室にてやっとこさ産まれてきた。

なんと、プワ~とあくびと伸びをしながら産まれてきた。


その後も頭の穴の検査をしていった。

しかし、異常は見つからず

今では穴どころか石頭。

至って元気にフツーに成長し

今や十一歳の少年。


どうしてあの産婦人科の医師は、あんなことを言ったのか。

Italo-Giapponese


命を授かること、平等に生きる権利を再び学んだことは

このような過程があったからであろう。

人が生まれる、人が生きる人生とは

学ぶために生まれ生きるのだろう。



*************



今日の二月二十二日が、少年の誕生日。

十一年間、病気をすることなく飛び跳ねている。

今日は少年の大好物を食べさせてあげようと思う。

少年のリクエストは

Bisteccaビステッカ(Tボーンステーキ)

生卵ご飯と

プリン!

大好きなものは、毎年同じだ。

con tablet

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カテゴリー少年

晴れ、歩め!Sette Erbe

白い箱の部屋 Quadifoglio

時間

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" 考えごと "

Ci sono i pensieri.

Ci sono i pensieri

Art from recycled paper

60 x 60 cm

natural color and tint with caffè 

natural dry flower

 

***************



考える


一つ一つの出来事を考える


一歩一歩の歩みを考える


人生に起こることを考える


生きることを考える


関係を考える



考えても考えても解決しない時

時間が私を手伝う


出来事が私を手伝う


歩みが私を手伝う


人生が私を手伝い


生きることが私を手伝う


そして、関係が私を手伝う



***************



青春も終わりの頃

大好きな人が哲学の本を読んでいた。

私も同じ世界が知りたくて、同じ本を読んだ。

頭がクルクルした。

帰途中の電車の中で気絶した。

初めて気絶した。

痛くも無く、浮いた感じだった。

Ci sono i pensieri da lato


二十代、頭痛が絶えないほど、よく考えた。

思考が私より先に生まれた。



今もよく考える。

人生に起こってくることを考える。

自分がどう選択しなければいけないか考える。

今までの時間が私を手伝うし

今までの歩みが私を手伝う。


それでも時には、勘に期待する。

勘は、少年の方が上手いようだ。

純粋な勘と、私の歩みと人生。

Ci sono i pensieri da parte


考えごと


今日もこうやって考えている。

Piove


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家の中の族 iCerchi nella Casa

流れにのる montaresulla corrente

自然の皮 Pelledi Natura

出会いを祝ったSanValentino

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