大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

タグ:散歩

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今日は、ヴィンチ村にある二つのミュージアムの内

チケット売り場のある方Palazzina Uzielliを紹介しようと思う。

そこで、ミュージアムのことをネットで日本語検索をしていたら

おもしろい、どのガイドさんも訪問者も

ヴィンチ村の紹介がたった1ページで

村は小さすぎて何も見るところがない

と書かれていることであったww

しかし、巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチが育んだ才能は

この大自然の中で複雑な家庭環境にも関わらず

彼の周囲への観察眼や洞察力を養わせたのだろう

と訪れた誰もが気付くこの自然環境は

レオナルドの足跡をなぞるように

一度歩いて同じ風景を見ることに満足しているようだ。

私も少年も、ヴィンチの村民ながら

何度歩いても発見のある四季折々の山道は

私たち村民の自慢の故郷なのである。

毎日眺めていたからこそ、彼の作品の背景には

故郷の一部を表現しているのではないだろうか。

私も少年も、想像をしながら風景を描くとしたら

この毎日歩いている山道と景色であろう。

ヴィンチ村へは半日トリップで紹介されていることが多いが

時間に余裕のある方は、是非とも

子どもにもわかるよう展示されている博物館の見学をじっくりと

そしてレオナルド・ダ・ヴィンチの生家までは歩いて欲しい。


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さて本題のPalazzina Uzielliパラッツィーナ ウツィエッリでは

歯車を画期的に利用した建築現場用クレーン

主にフィレンツェの大聖堂クーポラでは大活躍したそうだ。よかった。

イメージビデオなどでわかりやすく原理を紹介している。

このクレーンのおかげで

時間の節約になったことは計り知れないであろう。

そして、建築材料の他、クーポラで作業する職人の

食料も運んでいたそうだ。これは、楽しいランチデリバリーである。

クレーンに似たような原理から、布織機や糸紡機の紹介

どれにも共通する歯車は、時計の発明にも活用される。


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二階へ進むと、解剖学のコーナーがある。

それまで、死体を解剖することは宗教上禁じられていたそうだ。

そこでレオナルド、世界初の解剖を試みるわけである。

仕組みがわからなければ病気も治せない。

解剖は医学に大いなる貢献であっただろう。

彼の追求心というのは

誰でも持っているものでもなければできることでもない。

そしてこれらの手稿とドローイングこそ、次なる発展だったのである。

かの有名なウィトルウィウス的人体図

(Uomo Vitruvianoウオーモ ヴィトゥルヴィアーノ)

プロポーションの法則とか人体の調和と呼ばれているそうだ。

さらに自然との融合という試みの基礎となる作品なんだそうだ。

そして、医学の人体の比率以外に建築論からきていることもあり

この人体図は空間や機械を構成する上で

大いなるものさしになったに違いない。


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本物こそ何もないヴィンチ村のミュージアムだが

レオナルド・ダ・ヴィンチの足跡と風景そして作品の誕生の解説

それだけでも十分に訪問する価値はあるであろう。



2019年レオナルド・ダ・ヴィンチの死後500年が経とうとする今

彼のふるさとヴィンチは何が変わったであろう。

想像しただけでも、ふるさとは大した変化はないように思う。

しかし、彼の残した発見は世界を大きく変えた。

そのふるさとをなぞりに多くの訪問者は

素朴なふるさとにほっとしているであろう。

私もほっとする。

何年も同じ山から同じ丘から、同じ夕日を今日も眺めたいと思う。


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レオナルド・ダ・ヴィンチ死後500周年を記念するイベント情報(イタリア語)
トスカーナ内
イタリア国内



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レオナルド・ダ・ヴィンチの生家 Casa Natale di Leonardo

レオナルド・ダ・ヴィンチが工夫した堰 Pescaia del Mulino della Doccia

レオナルド・ダ・ヴィンチの足跡 Vinci- Bacchereto



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Fiabaフィアーバ : ファンタジーの世界でヒーローと敵が存在し

困難に立ち向かい、最後には幸福を得る。

グリム童話が代表的

Favolaファーヴォラ : 背景を描き、擬人化した動物などが愉快に語る

魔法を使わず諷刺的に道徳的に表現。古代から存在する。

イソップ寓話が代表的


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フィアーバとファーヴォラの違いを明確にし

フィアーバとされる本を読み(DVDでも可w)

本の内容をまとめ感想を添える

中一少年の冬休みの宿題の一つであった。

少年は、グリム童話の白雪姫を選択し

読み聞かせCDのついている絵本を

久々に引っ張り出して聞いていた。

そして、ごちゃごちゃと紙に書いていた。


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「じゃぁ、不思議の国のアリスはどっちなの?」

「あれは、フィアーバでもファーヴォラでもなく小説なんだって。」

児童文学、幻想小説。

Romanzoロマンゾ(小説)か・・・

このクリスマス、≪不思議の国のアリス≫の本をプレゼントした。

私も高校時代にインスピレーションを受けた本だ。

「内容忘れちゃったから、本読んだら教えてね」

ゆっくり過ぎるほどの読書だが、一章ずつ教えてくれる。

時々挿絵があるから想像しやすいようだしおもしろいと言う。

世界で爆発的に話題になった本は、図書館で借りるより保持したい。

そして世の中の思想に影響を与えた本は尚更代々読むべきだと思う。

なかなか読書好きになれない子には、おもしろい選択かもしれない。

「不思議の国のアリスて、シュルレアリスムだよね。」


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シュルレアリスムとは超現実主義といわれる芸術運動だそうだ。

超現実、非現実、無意識、偶然性、幻想、夢遊、神話、疎外・・

私と少年はPisaPalazzoBLUで開催されていた

da MAGRITTE a DUCHAMP “

dal Centre POMPIDOU

il Grande Surrealismo1929展に出向いた。

(往復の電車のチケットを見せるだけで大人ちょっと割引。11歳は子供料金。合計16ユーロ)

どちらにしろ現実に暮らす人間が描写したことで

どの絵からもスピリトのような感覚が伝わってきた。

ゾクゾクするほどに。マジマジと見るほどに。



現実を超えた新しい真実

超現実を無私無欲に表現

夢の全能、理性の無規制

イヴタンギー、アンドレブルトン、デュシャン、エルンスト、デキリコ

マグリット、マンレイ、ピカソ、ダリ、ミロ、クレー、アレクサンダーカルダー

などなど、このコレクションを一通り見れば

少年でもなんとなく理解し始めるシュルレアリスム。


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しかし、衝撃的だったと思う。

いろんな見方や考え方で表現していること

発想が重なり合っていること

日常の中でもさまざまにありえること

体を使って表現すること、ひとコマに表現を収めること

ボクの体がシュルレアリスム体だったら・・・

顔がおしりにあって、足が腕にあって、ほっぺはおしりで

鼻が☆☆ポコにあって、口はおへそにあるwww

そんな自由な発想や見方のフィロゾフィーは

実は11歳の少年に教えやすかったように思う。

シュルレアリスムをもう一つ言い換えれば

遊び心≫ともいえるのではないだろうか。

マンネリ化した生活の中で、便利という刺激に頼るだけでなく

遊び心があれば、ただ見るだけ考えるだけだって

もっともっと楽しく生きられるのではないかと思う。


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展覧会後、ピサの斜塔がある広場まで散歩した。

途中、空気の冷たい青い空の下で

前日から楽しみにしていたパニーニを頬張った。

ハトが容赦なく寄って来る。

人間の食べかすを糧にしている都会のハトたちは

私たちが食べ終わるまで待っていられない。

今にも食べてる傍から突かれそうな恐怖は

少年とある夏に野外シネマで見たヒッチコックの「鳥」を思い出す。

少年もあの映画以来、ちょっとしたトラウマを覚えたようだ。

頭の中はシュルレアリスム。もう描き始めていた。

「ハトってオレンジ色の目をしているね。」


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ピサの斜塔には、少年の8歳の誕生日お父さんと上ったから

今日は、Camposantoカンポサント(納骨堂ww)というお墓へ。

(11歳は無料!大人一箇所のみ入館は5ユーロでした。)

どうして引きつけられるように入館したか。

広場からちらっと見えるカンポサントの花形アーチと

どうやらアーケードに囲まれた中の吹き抜ける光が見えたからである。


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あらー、なんと素敵なお墓ww

ちょうど日の溜まった花形アーチを映し出したシルエットのスクリーンは

回廊のフレスコ画の壁で、なんともいえない趣のあるお墓だった。

私たちの思考はまだ新鮮なシュルレアリスム。

影を見て、マンレイの影遊び風に、墓へフィオーレ()を送った。

夏も冬も涼しげな南側のフレスコ画は壁で日が溜まることはない

こちらの≪死の凱旋≫は、影遊びなく見れるであろう。

回廊を静かに歩き、中庭を覗く。

まるで僧侶の服装でも纏って歩いているかのようであった。

中庭を向こう側から眺めると

奥行きの深い3Dのまま吸い込まれそうになる。

シュルレアリスム余韻たっぷりの私の頭は

向こう側に私が小さく立っているようにも思えた。

そして、真ん中にも。


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帰り道、駅近くの広場に、ミカンの木が広場に沿って植えてあった。

もしや、あのフレスコ画≪死の凱旋≫の舞台のオレンジ畑からか?

一つ頂戴と眺めてみると、おもしろい

下の方はどの木ももぎ取られている。

これは正しくも欲の現実。

上の方だけ、旬のミカンが鈴なりだ。

仕方ない、持ってきたミカンを食べようww




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白黒のピサ ESCHER

クーポラを目指して Firenzedel mondo

レオナルド・ダ・ヴィンチの生家 CasaNatale di Leonardo



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年が明けてしまった。

緊張感のなかった年越し。

それでも友と友たちと、友の友たちと集まって

同じ料理をつつき合い、頬張り、ほころんだ顔が印象的な

グラスが弾けそうなくらい念のこもった乾杯をし合った。

何はともあれ、おめでとうございます。


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世の中の一年と、私の一年を持つ一年。

冬の節目と夏の節目。

半年ほど離れていて調度良く刺激される。

今年の私の一大イベントは祖国に帰国する年であることである。

頻繁に帰国する人からからすれば

私の動揺は理解できないであろう。

ただ祖国に帰るだけじゃないか。

しかしそれが、ほぼ4年ごとの帰国では

帰るというより、いざ出陣!という気持ちなのである。

やりたいことはいっぱいある。

まずは、距離と時間を縮めてまでも私を応援して

オリーブ栽培を支えてくれる友たちに会う。

そして、日本のオリーブ畑を歩きたい。

生産者と栽培の苦労を分かち合いたい。

無農薬を意識している農業人や消費者とも話合いたい。

団結して、レポートして、紹介したい。

祖国の今を見たい、知りたい。


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少年が、タブレットで写真を撮るようになった。

インスタを始めたからである。

サッカー選手のインスタが見たいという動機で始まったが

クラスのお友達がいろいろとアップしている影響で

少年も刺激されたようだ。

私の写真だって、一番に褒めてくれる。

ある冬晴れの年の瀬、少年とヴィンチ村まで散歩をした。

図書館に本を返却&予約し、郵便局で日本行きの切手を購入し

インフォメーションオフィスにL'ARNOと名刺を置きに行った日である。

少年は、時間制限(!)付タブレットを持参し

田舎道で立ち止まったり振り返ったり

アレコレ角度や光を気にしながら写真を撮っている。

あそこの黄色い花畑撮ってくる、と少年。

「うわー、お母さん、ちょっと来て!」

グニャグニャの泥道、渋々少年の方に向かった。

黄色い花畑を撮った私たちの背後には

な、なんとこんなザ・トスカーナの丘が出現した!

ヴィンチの丘もやっぱりトスカーナの丘なんだ。

少年に写真のアングルを教えた。

見せないところと見せたいところの選択。

空と大地の比率。

マニュアル撮影のISOの使い方。


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SNS利用者のフィレンツェ在住者が競ってアップしていた

フィレンツェのイルミネーションを、少年と見に行くことにした。

ついでに、近代美術館Museo Novecentoにも行って

またまたデート風な半日を過ごした。

私も、一人より二人のほうがいい。温かみが増す。

少年はアート映像に興味を引かれたようだ。

企画展の中に、青い線で社会の人の群れだけを描く作品

常設展の中に、フィレンツェの労働者を描いた作品

映像も展示も「線と人」がテーマだったように思う。

人は線のように行列し革命を起こす。

一団となって、一心な想いで。

私も一心な気持ちで、地球を守りたい。


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外は予定通りに暗かった。

ミュージアム目の前のイルミネーションが目に飛び込んできた。

サンタマリアノヴェッラ広場にあるツリーである。

少年がセルフィーをしていたが思うようにいかないようだ。

人間が立つ位置を教えてあげた。

背景と被写体の距離である。


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街中は、本当にSNS力で、老若男女

イルミネーション撮影に挙っていた。

私も。

少年も。

今年は、私の思い通りの一眼レフが入手できるといいな。

少年は、もっといろんなとこに行って写真撮りたい!と。

そうだね、いろんなとこ歩こう!

こんなきっかけから、生まれた新しい発見。

自分で構成する楽しさ、パーツを発見する楽しさ

湧き出す好奇心の楽しさ、日常の楽しさ

写真を撮ることは絶対楽しいはずだよ、少年。

楽しい瞬間がわかるさ

大切にしたいコトがわかるよ、きっと。


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一年、またまたいろいろとよろしくお願いいたします。

引き続き、大地の住人とお付き合いくださいませ。



夏の帰国へ向け、企画や試飲会、訪問や対談など

素敵な提案がございましたら是非ご相談ください。

多くの方たちとお会いできることを楽しみにしております。





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1ページのあとがき sonoin un giornalino

晴れ、歩め!SetteErbe

祖母とマキちゃん



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どのくらいいただろう・・・


下にある街を見ると


暗がりになって赤い屋根だけ日に当たっている。


向こうの雲と雲の間から差す弱々しい日は


何年も何年も同じだろう風景が逆光でシルエットに描かれていた。


地平線は、ヴィンチの丘と同じ、フィレンツェの丘は


大地とは違う街の、それは創られ残された美しさに


親子は、うっとりと見惚れた。


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風のないこの日

100メートル以上あるフィレンツェの大聖堂クーポラの上から

フィレンツェの町並みを眺めたのであった。


十一月から二月までは、オフシーズンで観光客が少ない。


世界のウフィツィ美術館さえもオフ料金になる。


とにかく並ばなくて済むから

予約なしで天気や気分次第でフィレンツェの観光ができる。


私と少年はこの日、
Duomoドゥオーモ(大聖堂)を選んだ。


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ヴィンチ村はその日

村の守護聖人が見守ってくれる日

(Patronoパトローノ)で祝日であった。


どこに行こっか。


子どもたちが勉強している街に行こう!


子どもは、少年一人だけのはずだよww


街の住人が休みになると田舎を歩きたくなるのと同じで

田舎の住人は、街を歩いてみたくなるものだ。


有名所のウフィツィ美術館やアカデミア美術館は

18歳まで融通が利くみたいなことが書いてある。


体験や勉強になりそうなガリレオ博物館は学校で行きそうだな。


ストロッツィ宮殿での
Marina Abramović

話題を呼んで私が行ってみたいけど過激なアートだ。


ドゥーモは、共通券になったということで

クーポラと鐘楼(カンパニーレ)、洗礼堂と博物館に入れる。


そして、私がドゥオーモを選んだ決定的な理由は

11歳までが子供料金であったこと。


なんだかちょうどいい。そんな理由で上ってみようじゃないか。




チケットは、ドゥオーモの裏手にある博物館で入手。


カウンター横にある機械でクーポラの予約をした。


博物館は、後回しにして。


午前中は、鐘楼に上ることにした。


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曇り空からうっすらと顔を出す日の光


鐘楼の長窓のシルエットは最高にロマンチックであった。


花の都フィレンツェを象徴したようなデザイン


その細いシルエットから見えるフィレンツェの街は


ここからしか見えないなんだか秘密の景色を見ているようで


私は胸が躍ってしまった。


上ること
414段、秘密の景色を見ながらの上り道は快調。


鐘楼から見えるドゥオーモは、迫力がありすぎて

感動が止まらない。


あんな小さなカメラでは収めきれない。


一眼レフの広角レンズで一気に撮りたくなる。


どのアングルからも見納めたい。


鐘楼の中も下から上を見上げ、上から下を覘いてほしい。


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ランチは友がいるメルカートチェントラーレで。

Mercato centrale


パニーノからお皿料理までいろいろある。

ドルチェもあるしBarだってある。


がちゃがちゃした空間は、子どもは大好き。


少年は、大好きなフィレンツェ名物牛モツサンド

Panino al lampredottoパニーノ アル ランプレドットを。


私は、2
Fのお寿司屋さんで牛モツ丼ww


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午後14時半に予約をいれたクーポラには

待ち遠しく早く着いてしまい

14時入りの観覧客が入場していた。


いよいよ私たちの番!


鐘楼でもクーポラでもカバンチェック。

面倒だが、セキュリティーがしっかりされていると安心する。

なぜって、あんな狭い階段を上り下りすれ違い

あんなところで何かあっては洒落にならない。


少年は、午後もはりきって階段を上っていく。


上を見ると、もういない。


下ってくる人が上ってくる人を待ってくれていて

どうぞ、なんて手招きまでする。


後ろからコツコツ追ってくるような人もいるから

こっちは気が気でしょうがない。


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鐘楼より道中楽しみが少なく暗く細い階段を上り続けた先は


クーポラの天井のフレスコ画「最後の審判」が目の前に広がる。


あぁぁ、なんと素晴らしい。


しかしよーく見ると、かなり過激。


最後の審判の後は
Marina Abramović展にも行けそうだ。


少年は、この世の地獄に怖がっていたww




割とひたすら上ること463


晴れてフィレンツェいち高いクーポラの天辺にやってきた!


日の傾いた弱い日差しがまた趣があるじゃないか。


夕日頃が一番ロマンチックに

フィレンツェを醸し出すのではなかろうか。


夕日という光の演出が


花の聖母から見渡すフィレンツェの町並みの中に


メディチ時代の一人として溶け込みそうである。


街を歩いただけでも、知らずとその時代の人となりそうだが


大聖堂から見渡す町並みとフィレンツェの丘は


狭い空の町からは見ることはできない。


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素晴らしい景色に酔った親子は


少年は、有名チョコレート店でホットチョコレートをフィレンツェの締めに


私は、フィレンツェで働く友とスピードアペリ。


やっぱり時々街に出るのはいい。


また少年とデートをしよう。


イタリア人みたいにさ、腕を組んで。


今度は何を見に行こうか。




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フィレンツェへデート FirenzeDECO

目指せ!フィオレンティーナ流 Lampredotto

フィレンツェの「時」 RichardGinori



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前の景色が、黄色く・・もっと黄色く・・私に魅せる。


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日がない日は


白く冷たく、寄り添うように彼らは上を見ている。


白と黄と黒と。


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日がある日

少年と黄色い樹を見に行こうと、落ち葉の上を歩いた。


一日目、失敗。

日は、雲に隠されてしまった。


二日目、よし、今だ!


すると、大地と同じ色の服を着た農夫が現れ

喋り込んでしまった。


老いたブドウ畑を新しくするのだそうだ。

どうりで。
まだブドウの剪定にはまだ早い。

あそこも向こうも、新しくするよ。

そっか。景色が変わっちゃうなぁ。

と、心の中でつぶやいた。


少年がこちらを見つめている。


私の誘いに付き合ってくれた少年との約束を守らなきゃ。


ボク、黄色い樹の下に着いたら帰るよ、宿題あるから。


二人で黄色の中を歩こうと、毎日見計らっていた。


少年は、この輝くような黄を見て何を感じただろう。


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私は、昔から何故か黄色が好きだった。


でも今は、何故黄色が好きなのか


わかったような気がする。


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生まれる黄色


生きる黄色


漲る黄色


輝く黄色


熟れる黄色


老いる黄色


褪せる黄色


透ける黄色


還る黄色


蘇る黄色


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黄色とは、人生まるごとだったのである。


人生まるごとに登場するホルモン色って


黄色だけではないだろうか。


変化をして黄色くなるのも、私には人生まるごとであり


生まれたときだけ黄色も、人生まるごとである。


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晩秋、ヴィンチの丘は黄に溢れ、包まれ

弱くなった日の光でも、十分に輝き


それは大地の一生を眺めているようで

私もいろいろと考えてしまう時期なのである。


一年を振り返ってみたり

生活を見直してみたり

今後にときめいてみたり。


私にとって黄は

感じる色であり

呼び起こす色であり

そして、静寂を与える色なのである。


この世から黄をなくして何を語るだろう。



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白と黄と黒と Bianco,Giallo e Nero

黄になるホルモン Autunno

お裁縫・秋服2016



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