大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

タグ:Firenze

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どうやらこの日を待っていたようだ。

どこを探してもこの手の記事が一つも見つからない。

ブログを始めて4年が経つ。投稿した記憶はあるのだが。

そうだ、フェイスブックに投稿したんだ5年前に。

あれから5年経って、25周年となろうではないか。

フェイスブックをスクロールしまくって5年前に遡った。

5年前も10年前も15年前も

そしてあれから25年経った今も

あの日はあの日なんだ。

過去は変わらない。

しかし、私が暮らす土地をイタリアにしたことは人生の転機であって

その記念する日をどうも忘れることができない。

むしろ祝いたいぐらいである。


1995115日、私はイタリアの地に足を踏み入れた。

何かが始まったわけでもなければ変わったわけでもない。

胸が騒いだ日だ。

人生という旅の中で胸が騒いだ日は記憶に残る。 ”


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なぜ旅立ったのか、海外へ移住してしまう人に向けて

必ず質問したい項目である。それは、移住者同士でも。

私は、頭を切り替えたかった。

唯一大人として頼りにしていた母が亡くなって

私は涙の海となるほどショックだった。

今も相談したいことがいっぱいある。

自分一人で考えて考えて苦しくなるくらい考える。

母が亡くなって一週間もしない内に、相続や供養の話など

とにかくお金の話を親戚たちは

毎日泣いてばかりで誰にも会いたくない私に

課題を押し付けてきた。

私はこの課題のせいで正気を取り戻し始めたような記憶がある。

好き勝手にはさせない。

若くたって弱いワタシをみせるのは危険だと察した。

専門家にも相談しに行った。

一番よいだろうと思う結果をだしたと思う。

だから今でもその時の大きな課題に関しては悔いがない。

しかし、お金に目が眩む大人たちに

ワタシのカラダの中で骨を溶かしていくような寂しさを覚えた。

私は距離をつくりたくなった。

独り身となった弱みを握られたまま、私は遠くに行きたくなった。

それが私の旅立つ理由である。


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ロンドンでもニューヨークでもどこでもよかった。

しかし大きな都市でたじろぐワタシを想像してしまった。

そこで高校の世界史の先生がフォロ・ロマーノのことを

一人演劇風に語っていて、夢中に聞いたことを思い出し

イタリアを調べ始め

工房のたくさんあるフィレンツェに決めたのである。


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一年目の留学時代、同じ留学してきた仲間と

四六時中時間を過ごし、何もかもを語りあった。

どうしても胸が騒いだ旅立ちの年は、思い出深い。

浅い過去と深い未来を持った私たちは

フィレンツェの教会のクーポラが見える小さな部屋で

何度も乾杯し、みんながあのアパートに集まった。

なんだかみんなみんな弾けていた。

そしてみんなみんなバラバラに道を歩んだ。


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頭はそう簡単には切り替わらなかった。

世の中はそう甘くない。

問題にぶつかると、骨を溶かすような寂しさがまた襲ってくる。

きっと母に相談したい時なのかもしれない。

だからわけもなく泣いて泣いて考えて考えて

私は人里離れた田舎に住むようになったのである。

丘の上から眺める景色は最高だった。

高すぎもせず低すぎもせず。

私の出身地で出会わなかった景色だ。

その丘はオリーブがいっぱいに埋め尽くされていた。

そのオリーブの丘で、フィレンツェで習った

Carta Pestaの技法をアレンジした方法で作品を作り出した。

作品で気持ちを表現したりした。

だんだん寂しさが小指一本の気持ちになっていった。


Non finisce mai la bellezza - parte

私は、私のことを誰も知らないところだったら

どこでもよかったのかもしれない。

こうやって私が気が向いたときに寂しさを語れればいい。

襲ってくる寂しさはもう懲り懲りだ。

ある年、日本の実家を売却した。

寂しさに変えた大人たちがだんだん小さく見えるようになってきた。

清々しくイタリアに戻った感情は忘れない。

しかしその日にちは覚えてないのだ。

清々しい日より胸が騒いだ日の方が記念日となるようだ。


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今、オリーブの丘でオリーブを栽培して

オリーブの成長を観察しながら、私の人生史と重ねてしまう。

常につきまとう孤独感を植物たちと過ごすと

仲間のように感じてしまう。

きっと日本にいても、日本のどこかに逃げていたかもしれなくて

きっと植物に近いところで生きていただろうと思う。

だから何が変わったわけでもなく始まったわけでもないのだ。

距離をおくって必要だなと確信したことだけは

唯一自信を持って言えることである。

そこがイタリアだったのだ。

その到着日が1995115日なのである。

その頃はこの日が成人の日で祝日であった。

今や時代も変わり祝日がなくなっちゃって第二日曜日のようだが

成人を迎えられたみなさま、一先ず、おめでとうございます。



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夫が寝込んでしまった。
寒いと言って丸くなっている。
持病の皮膚病が突然悪化して
痛みと熱を伴うほどの異常振りだった。
皮膚病はなかなか緊急で扱ってくれないが
救急で診察を受けるようたくさんの患者と一緒に並んだ。
せっかく順番が回ってきたが、専門医がいなく
別の病院へ行くよう緊急予約をしてもらった。
パソコンで打たれた緊急予約は自動的に
そちらの病院へ伝わっているのかと思ったら
伝わっていなかった。
しかし、ホームドクターも言ってたけど
追い返すことはしないらしい。
ちょうどお昼近くだったから
待っている患者は少なかったからよかったけど
医師はお昼を返上しているので大急ぎで診察した。
皮膚の状態を診て、飲み薬で治療したいが
血液検査をしないと処方できないという。
それを聞いただけでも強そうな薬だ。
今回は塗り薬だけ処方してもらって次回の診察の予約をした。
血液検査が久しぶりという夫は
なぜか緊張していた。
数値にばらつきがあり
糖尿病を気にしたい数値だったり
お酒も控えた方が良さそうな結果だった。
本人はわかっていて日々を過ごしていたから
随分納得できたようだ。
悪化し始めた日から飲み薬が始まるまで
炎症を抑える煎じ茶やウコンを入れた料理を私は拵えた。
強力な塗り薬なのかだいぶ治まっていった。
煎じ茶生活も気に入ったようだ。
血液検査の数値で処方された飲み薬も強力なはずだから
水をたくさん飲んで、肝臓に負担をかけてはいけない。

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自分に甘かった生活から、突如切り替わった夫に驚いた。
急に変われるもんなんだ・・。
こんなことを言っては何だけど
一度病になったほうがいいのかもしれない。
病は、体からのメッセージだとは思ってたけど
本当に、体を弱らせないと気が付かないもんなんだ。
自分に甘く生き続けて、病にならない方がおかしいんだ。
私だって同じ。
少年だって好きなものばっかりいっぱい食べて。
それからというもの今年初めて手にしたスマフォを片手に
健康食品に関して検索している夫である。
ネットの情報はあまり気にしない方がいいよとはいえ
自ら検索していることは
健康な生活に興味を持ち始めたこととして放っておこう。

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あるSNSに精神科医が説明するアルコール依存症
の話があった。
すると、人に癒やされず生きづらさを抱えた人の
孤独な自己治療で本来は働き者で真面目な人たち、という。
これをみて、まさしくも夫だと思った。
依存症ではないけれど、孤独な自己治療という表現が
自分を甘くさせているのだなと。
夫は、本当に働き者で真面目すぎるぐらいで
私が社長だったらずっと雇いたい人物である。
勤務時間中、自ら積極的に働き
頼まれていないことまでしてしまう。
時間厳守で先に着いていたいタイプ。
イメージのイタリア人とはかけはなれているかもしれない。
でもイタリア人だなと思うことは
コミュニケーション力があることである。
人一倍働いてるのに、おしゃべりもきちんとしているのである。
私からすれば、もうちょっと黙っててもいいよ、と思うけど
イタリア人は、夫のコミュニケーションの阿吽を好む。
私には夫とのコミュニケーションの阿吽が
欠けるのかもしれない。
そこが人に癒やされず生きづらさを抱えているとしたら・・
まずい、私も気をつけなくっちゃ!
イタリア人のコミュニケーション力を学ばないと!!

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そんな丸くなっていた頃、夫の誕生日は丸い満月だった。
もちろん大好物の料理でもてなした。
なんだか普通の日と変わらない時間が過ぎていった。
日常の小さな家族は、明かりを消してバースデーソングを
賑やかに歌う。私と少年の賑やかさがたまに傷らしい。
それでも賑やかなときは賑やかがいい。
いつか賑やかな時代も終わっちゃうよ。

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フィレンツェシスターズもアイルランドから
2つ3つ目的つくって、夫の誕生日頃飛んできてくれた。
私たちは、フィレンツェ時代の友カップルに
みんなで会いに行った。
唯一我が結婚式にいた日本人二人である。
近頃懐かしい人に極力会うことにしている。
私も会いたいし、友たちもそう思っている。
子どもができると子どもを通して知り合うことが多くなるけど
その前の友だちって、好きなことが似たもの同士の友で
それはまたカップルになってからの友とも違う。
共感度が遥かに上回る。
会うと、会ってなかった年数なんて吹っ飛ぶほど
変わってないし、話が尽きない。
人なんてそう簡単に変わらないさ。
夫だって中身はいつだって同じなのである。
ただ甘えたさに孤独な自己治療をあれこれ試みるけど
性格は同じなのである。
いろんなところでよく聞くし見るけど
人の話を聞いて、それいいと思うよ!と背中を押して上げる
そんな友が必要だよねっていうけれど
家族だって親だって同じだと思う。
考えていることを聞いてあげて
好きなことを知ってあげて
やってみたいと思うことに賛成してあげることが
何よりも一番勇気がつくことなんじゃないかとつくづく思う。
共感することが一番の自信に繋がるんだと思う。
鬱て、共感が得られないから閉じこもっちゃうのかもしれない。
それでもなかなか共感できる友ってそう簡単にはできない。
でも家族は、ちょっと姿勢を変えるだけで
共感できる態度や生活はできるかもしれない。
支え合えたらいいな。
人と会って賑やかに日々を過ごすと気分転換になる。
日照時間が短く暗くなりがちだけど
人と会うことが光にも感じる12月
だから外はキラキラと煌々として人が集まるんだと思う。

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数年前よくラジオでかかってた曲でいい歌があった。
きっと今にふさわしい曲かもしれない。



私が友にイタリア語で書いた手紙を夫に添削してもらった。
へんてこりんなイタリア語と超ポジティブで気取った文章に
大笑いし始めた。それをみて私も笑った。
お腹を抱えながら涙が出るほど笑った。
この時私はおバカちゃんでよかったと思った。
久しぶりに二人で笑ったと思う。
「生活スタイル変えてすごくいいよ。」
「うん。起きるときも気持ちよく起きれる。」 そうなんだ。
幸せってさ
お誕生日に突然降って現れるものじゃない。
日々の中の隙間にあることなんだ。
落ち込んだり気がついたり立ち向かったり乗り越えたり
この合間に隠れてる小さな笑みが幸せといえるような気がする。
便利さとかサービスの良さとか経済発展が幸せなんじゃない。
ちょっとした共感が家の人だと幸せに変わるんじゃないかと思った。
丸くなっていた夫は
外へ丸くなり、家族をも丸にさせたような気がする。


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今年私は少女に涙した。

地球温暖化対策で活動するスウェーデン人のグレータは
今や世界に渡るエコ推薦活動家で
誰もが知っている人物だと思う。
彼女を率いるティーネイジャーたちが
地球の温暖化を訴えたデモがあった春
私はあの日ブドウ畑の中で
風の唸りを聞いたような気がした。
これだ。私がずっと持ち続けた想いは
同世代の大人ではなく、将来の少年少女たちへの
深刻な問題なのだ。
私がそれでもティーネイジャーを超えた頃
ゴミの節約や大量生産の節約を生活に取り入れたことは
今の少年少女の想いと変わらない。
だからデモで行進するティーネイジャーたちは
私の今までの全てだったようで
胸が熱くなり涙が出た。
ただただ一人でエコな生活をしていても
何も世の中は変わらない。
しかし世の中にはいろんな人がいる。
そこを一団となることはすごいことだと思う。
その走りがこの一人のティーネイジャーなんだから。

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少年と平和にTVのスター誕生番組を見ることがある。
イタリアはこの手のリアリティー番組が好きなのか
よくやっているし、確かに人気がある。
特にティーネイジャーに人気がある。
そんな自分の少年少女を眺めるように
きっとママたちにも人気がある。
いくつもあるスター誕生番組の中に
イタリア版Xfactorという歌手を目指す番組がある。
5万といるオーデイションの中から選ばれ
さらに番組中にも最終オーディションがあり
残った10組くらいで数週間に渡って対決して
将来有望なタレント歌手を産み出していくのだが
一人ティーネイジャーの16歳の少女に、ノックアウト。
この少女が歌うたびに母心が揺れ涙した。
何が惹きつけられるって、素朴さだった。
素顔を見せる時、我が少年が重なったりもした。
どの少女たちも背伸びしたい年頃が
ティーネイジャーだと思う。お化粧したり、きらきらと。
しかし、ショートカットノーメイクに
アディダスのジャージ。
アディダスが流行りとはいえども、ステージに・・。
背伸びした子が一般的だから
素朴さにオリジナリティーがあるのかもしれない。
そして歌声は、Björkの声を浮かばせた。
声のパンチが強いのではなく
柔らかさとかしなやかさでもなく
奥行きのある優しさや純粋な無垢感があった。
選曲がほぼカンツォーネ(イタリアンミュージック)だが
もっともっと皮をむけば弾けた歌も似合いそうだ。
きっと母心を擽ったのであろう、この少女が優勝した。
14歳の頃作詞作曲したという自作の歌で。
あれから私の頭の中は
ラジオのように少女の曲が流れてくる。



この少女も'80年代という言葉を歌の中で使っている。
我が少年もよくいうのだが流行っているのだろうか。
私の'80年代は何を隠そうティーネイジャー時代である。
私がティーネイジャーの頃、何を考えていただろう。
ちょうど中学高校生の頃・・・
変わった格好や変わった物を持つことが好きで
中学生の頃はオリーブというファッション雑誌を
愛読していた。
オシャレを目指すティーネイジャー誌で認知されてたが
工夫やアイデアやアートがいっぱいあって
年相応におもしろかった。
高校生になってアルバイトをして
ファッションや小物に費やし
一人暮らしの望みに近づけていった。
その頃、エコ暮らしは考えてなかったけど
工夫をすることは好きだった。
読書よりも雑誌を読むことのほうが多かった。
だから言葉で表現する力は少なかったはずだが
高校時代の作文で一度褒められたことは
ずーっと覚えている。
褒められるということは人生に刻まれるようだ。
中学生の頃、幼馴染と道端でずーっと将来のことを
話していたことは忘れない。何時間も何時間も。
その友は読書好きだった。私は音楽好きだった。
“ 二人で曲をつくろうよ。
○○子は言葉を作るのが上手だから作詞ね。
私は曲を作ってみるよ。”
叶わないまま時が過ぎていき
高校生になると二駅向こうの
ピアノミュージックを流す雑貨屋もあるカフェに
二人はよく通った。
“ 二人で雑貨カフェつくろうよ。
○○子は料理好きだからカフェ担当。
私は雑貨屋担当ね。”



時代が高速に進む中、年代で流行りや発達を分けるが
人生の中で歩んでいく学んでいく気持ちは
どの時代の子でも同じだと思う。
背伸びもいいし素朴もいい。
外見背伸びしてる子だって中身は素朴だし
外見素朴感溢れてても中身は大人っぽかったりする。
私の母が手紙に残していた。
今これだと思うことを追求しなさい、と。
私には追求心が足りなかったことを後悔するけど
私も今母だから、少年少女に同じことを言いたい。
そして、将来の少年少女がのびのび生きることのできる
地球を残してあげたい。
12月を感じないまま一年が終わりそうだが
近頃飛び出すティーネイジャーに心を打たれることが
しばしばある今日この頃の師走である。。。


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年が明けてしまった。

緊張感のなかった年越し。

それでも友と友たちと、友の友たちと集まって

同じ料理をつつき合い、頬張り、ほころんだ顔が印象的な

グラスが弾けそうなくらい念のこもった乾杯をし合った。

何はともあれ、おめでとうございます。


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世の中の一年と、私の一年を持つ一年。

冬の節目と夏の節目。

半年ほど離れていて調度良く刺激される。

今年の私の一大イベントは祖国に帰国する年であることである。

頻繁に帰国する人からからすれば

私の動揺は理解できないであろう。

ただ祖国に帰るだけじゃないか。

しかしそれが、ほぼ4年ごとの帰国では

帰るというより、いざ出陣!という気持ちなのである。

やりたいことはいっぱいある。

まずは、距離と時間を縮めてまでも私を応援して

オリーブ栽培を支えてくれる友たちに会う。

そして、日本のオリーブ畑を歩きたい。

生産者と栽培の苦労を分かち合いたい。

無農薬を意識している農業人や消費者とも話合いたい。

団結して、レポートして、紹介したい。

祖国の今を見たい、知りたい。


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少年が、タブレットで写真を撮るようになった。

インスタを始めたからである。

サッカー選手のインスタが見たいという動機で始まったが

クラスのお友達がいろいろとアップしている影響で

少年も刺激されたようだ。

私の写真だって、一番に褒めてくれる。

ある冬晴れの年の瀬、少年とヴィンチ村まで散歩をした。

図書館に本を返却&予約し、郵便局で日本行きの切手を購入し

インフォメーションオフィスにL'ARNOと名刺を置きに行った日である。

少年は、時間制限(!)付タブレットを持参し

田舎道で立ち止まったり振り返ったり

アレコレ角度や光を気にしながら写真を撮っている。

あそこの黄色い花畑撮ってくる、と少年。

「うわー、お母さん、ちょっと来て!」

グニャグニャの泥道、渋々少年の方に向かった。

黄色い花畑を撮った私たちの背後には

な、なんとこんなザ・トスカーナの丘が出現した!

ヴィンチの丘もやっぱりトスカーナの丘なんだ。

少年に写真のアングルを教えた。

見せないところと見せたいところの選択。

空と大地の比率。

マニュアル撮影のISOの使い方。


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SNS利用者のフィレンツェ在住者が競ってアップしていた

フィレンツェのイルミネーションを、少年と見に行くことにした。

ついでに、近代美術館Museo Novecentoにも行って

またまたデート風な半日を過ごした。

私も、一人より二人のほうがいい。温かみが増す。

少年はアート映像に興味を引かれたようだ。

企画展の中に、青い線で社会の人の群れだけを描く作品

常設展の中に、フィレンツェの労働者を描いた作品

映像も展示も「線と人」がテーマだったように思う。

人は線のように行列し革命を起こす。

一団となって、一心な想いで。

私も一心な気持ちで、地球を守りたい。


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外は予定通りに暗かった。

ミュージアム目の前のイルミネーションが目に飛び込んできた。

サンタマリアノヴェッラ広場にあるツリーである。

少年がセルフィーをしていたが思うようにいかないようだ。

人間が立つ位置を教えてあげた。

背景と被写体の距離である。


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街中は、本当にSNS力で、老若男女

イルミネーション撮影に挙っていた。

私も。

少年も。

今年は、私の思い通りの一眼レフが入手できるといいな。

少年は、もっといろんなとこに行って写真撮りたい!と。

そうだね、いろんなとこ歩こう!

こんなきっかけから、生まれた新しい発見。

自分で構成する楽しさ、パーツを発見する楽しさ

湧き出す好奇心の楽しさ、日常の楽しさ

写真を撮ることは絶対楽しいはずだよ、少年。

楽しい瞬間がわかるさ

大切にしたいコトがわかるよ、きっと。


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一年、またまたいろいろとよろしくお願いいたします。

引き続き、大地の住人とお付き合いくださいませ。



夏の帰国へ向け、企画や試飲会、訪問や対談など

素敵な提案がございましたら是非ご相談ください。

多くの方たちとお会いできることを楽しみにしております。





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1ページのあとがき sonoin un giornalino

晴れ、歩め!SetteErbe

祖母とマキちゃん



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私は、トスカーナ日本人会という

1995年にフィレンツェ在住の日本人より

邦人の身分の証明(認知度の向上と保護)

目的に発足された協会の会員である。


1995
年といえば

私がイタリアという国に足を踏み入れた年である。


そんな頃にはもう、長年の在住者が

移住してこの地で生きていくには、と団結していたのである。


移住したって私たちの母国とは切り離せない。


日本国のアピールというより

イタリアにいる日本人の保護的な役割を

果たしているのではないかと思う。


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その保護的な大きな役割の中に

トスカーナに在住する日本人の子に日本語教育を助けている。


私の息子もお世話になっている

フィレンツェ日本語補習授業校だ。


当時の在住者の尽力で

フィレンツェ市のある小学校を借りて安全に授業ができ

日本の政府にも認められ援助金まで受けている。

このような組織を保つことだって意外と大変なことである。


そこで私たちは、この組織に頼り、子を通わせているわけで

たいていは、子を日本語補習授業校に通わせる日本人が

会員である。が、婚姻者がイタリア人というケースに対応し

お父さんの日本語教室(お母さんが伊人もいる)

最近では、日本語を学びたい一般のイタリア人にも開放し

それがとても評判良く、イタリア人の多くも会員になっているようだ。


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そのトスカーナ日本人会が年に二回発行している

会報アルノ「L'ARNO」という誌がある。


秋口、会報の取材班長から私のところへ取材依頼があった。


といっても、班長はママ友で、毎週土曜日に顔を合わせる

日本語補習校の馴染みのママである。


こうやってボランティアで役員をし、活動なさってくれている。


こんな方たちがいるから、会が保たれている。


しかし、ボランティアといえども、内容は本格的で

役員となったら仕事のようにキャリアは上がると私は思う。


私への取材目的は

トスカーナ州主催の農業士養成講座でスキルを取得

土地無し農業人をやっていることである。


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取材日、会報の班長と

これまたママ友で本業でジャーナリストをされているインタビュワーの

お二人を、せっかくだからヴィンチの丘へ招待した。


ちょうどオリーブの収穫の前の週で

連なるオリーブは重たそうに美味しそうに風に揺れていた。


ボランティアで毎号毎号取材をされているお二人に

そして、毎度毎度会員の私たちは楽しみにしている会報のお礼に

空気がまだ心地よかった黄葉の景色の中、ランチをご馳走した。


ローズマリー風味のポテトのっけフォカッチャ

自然農法の畑で採れたトマトの超シンプルトマトソースパスタ

お庭の野草を添えた自家製豆腐サラダをオリーブオイルと塩で

そして、冷えたビオディナミワインの白を。


私たちは、人生相談を交えながらおしゃべりをした。


ママ友だし、班長の子とは少年と同じクラス

ジャーナリストの子とも2歳ぐらいの差、オリーブのこともよく知ってて

話は意気投合し、もっと話していたいくらいだった。


インタビュワーは、メモ帳を横に置き、時々メモっていた。


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その後、忙しいジャーナリストが作り上げた文章は素晴らしかった。


ちゃんと会話式に構成されてて

彼女のグローバルな目線でとてもポジティブに

そして、文章がオシャレになる内容とカタカナで表現されている。


プロはやっぱりスゴイなぁと、出来上がりに感心してしまった。


私はわからないイタリア語なんかを辞書で引いて

無理やり日本語にしていたことが恥ずかしい。


日本語で例えるニュアンスが違うことは多々ある。


英語=カタカナにしてしまえばいいのだ!


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私は秋頃、その黄色い景色を見ながら思い耽っていた。


私は、農業士のスキルを取得したが、土地無し農業人である。


ブドウ農園で時々手伝わせてもらい、オリーブはどうにかこうにか

面倒の見切れない家族の畑を管理させていただいているが


自分で当てのないことをしているのではないか


経験を積むことに今は専念しているが


年数ばかりが過ぎていくようで体が老化していく不安


土地無しフリーランス農業人をどう活動させるか




私は、目の前の畑で働きたい

子育てをしながら家の近所で働くことが最初の目的だった。


農業人となり幸いにも畑に出向くチャンスに出会い

独自で畑を管理をするにあたって農薬取り扱い免許を取得し

そこで、農薬の威力を学ぶ。


2014
年九月の竜巻
に襲われたことから人生の危機感を感じ

SNSを始める。まずはFacebookから。

いつのまにか私は農薬反対運動のグループに所属していた。

ヴィンチのG.A.S.グループとも出会い

彼らの無農薬に対する強い意識に影響される。


ヴィンチの山モンタルバーノを囲む複数の自治体の中の

地域を守る団体たちと山を歩いたりして

彼らの地域を守りたい意識に強く感銘を受ける。




ただ家で手作りのご飯やおやつを作ってるだけではいけない

原材料はどこでどうやって作られているのか

今生きている私たちができること

それは、どうして大地を守らなくてはいけないのか

伝えていかなくてはいけないような気がして

モワモワムラムラ湧き上がってきたのである!




そんな時に、取材の依頼があって

伝授の第一歩になればいいなと思ったのである。


ジャーナリストの親しみやすい語りは

第一歩の私にはちょうどいい仕上がりとなった。


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トスカーナ日本人会の会報担当のみなさま

機会を与えてくださり、ありがとうございました。


イタリア国内では、日本大使館や領事館

日本食料理亭、イタリア語学学校など


日本国内では、イタリア大使館や領事館

イタリアと日本に関する文化協会などに配布しているそう。


機会があったら是非、手にとって見てください。


・・・・・ 追記 ・・・・・

ヴィンチ村のインフォメーションオフィスにも配布させていただきました。

Si può trovare questo giornalino "L'ARNO"
dell'Associazione Giapponese in Toscana

< in Italia >
Ambasciata del Giappone a Roma
Consolato del Giappone a Milano
Istituito giapponese di cultura
Scuole della lingua italiana a Firenze
☆Ufficio informazione a Vinci
ecc..

< in Giappone >
Ambasciata d'Italia a Tokyo
Consolato d'Italia a Osaka
Istituto italiano di cultura a Tokyo e Osaka
Associazione Italo-Giapponese
ecc..





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日本人女剪定士の生み親 Corsodi Agriformazione

天国という名の大地 Terrasi chiama Paradiso

地球と体を守る会 パート1:農薬による危険性



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