私たち夫婦はよく口喧嘩をする。
夫がいつもイライラしてなんでも否定するから
と私はおもっているけれど
きっと夫からすれば
私が彼らを信用しないでいちいちうるさく言っている
とおもっているに違いないし
そう私たちは言い合っているので知っている。
理由は、だれもがわかっているのに
何故、お互いなおせないのだろう。。。
よく怒る人、よく騒ぐ人
聞こえるように自分の文句を言っている人
汚い言葉を簡単に使う人
イタリア人にあるあるで
いろんなところで似たようなタイプの
男性にも女性にも出くわす。
夫も典型的なあるあるタイプだ。
もうちょっと落ち着いてくれないかなぁ
と、夫にもおもうし、出くわす人にもおもう。
何が不幸せに怒りとかイライラとか
感情をむき出しにさせるのだろう
と、客観的に考えてしまう。
私だってイライラするけど
人に怒りたくなることは少ない。
そうならせた環境にムカつくことが多い。
イラついても騒ぐことはないけれど
家族を見守って待っている私は
質問攻撃になってしまうことが多々あって
自分だったらこうするあーすると彼らと違うところで
口喧嘩が勃発してしまう
そう、経緯だってわかっている。
夫とは口喧嘩となるが
思春期青少年とは口喧嘩になる前に彼は逃げていく。
しかし、私が我に戻って冷静になれる武器は
広大な空をみることだということを知っている。
我が家には、空が上ではなく
目の前にある。
窓をみれば、外は空だ。
人がおもうように動いてくれないのは仕方がない。
自分はひたむきに一生懸命やっているつもりでも
何かに欠けて、うまく社会についていけないとき
が、一番悔しい想いになる。
そういうイライラしたとき
私は、目の前の広大な空をみると
モヤモヤが一瞬去っていく気分になるのだ。
だから、夫と口喧嘩になると私は必ず
「空をみろ」と言って、お互い落ち着かせる。
空をみると、言葉を失うのだ。
静かな空は、私たちをずっとみつめていたかのようで
私は恥ずかしくなったりもする。
空は、ゆっくり動き、変化し
黙って見守って、私たちに考えさせる。
空と同じ位置の家を選んだんだ。
小さな自分は大きな空をみて
ちっぽけさを思い知れ。
小さな自分は大きな空をみて
大きくなれ。
私たちは、23周年の結婚記念日を迎えた。
口喧嘩は日常茶飯事のようにしてるけど
おもうようにいかないことが常な世の中だけれど
やっぱり心配しあって
なんとなくの未来がうまくいくことを
なんとなくお互いが願っていて
不意に舞い降りてくる節目のような出来事を
二人で、誰にも相談することなく決めて
失敗しちゃっても文句言いっこナシにしよう。
私たちには空が守ってくれるさ。
くじけたくなるときも
大きな空をみつめて、冷静になれ。
初秋の夏日和だった日曜日の道路は
海へ向かうだろう車がいっぱいだった。
レンタルらしいきれいなキャンパーをたくさんみた。
「私たちもいつかキャンパーで旅したいね。」
キャンパーをみると私たちは
オーストラリア滞在を思い出す。
オーストラリアの話をしなくたって
私たちは空をみながら勝手に回想している。
昨日、母が死にそうだ、という夢をみた。
母の愛人から連絡を受けたけれども
私に母がどこにいるのか教えてくれない。
この男性はひとりで見届けたかった様子だった。
会いたいのに会えない。
悔しくて泣いているとき、目が覚めた。
私は、私のことをいつもみつめている空をみた。
なんとなく私を抱きしめてくれるような空だった。
今日の一曲
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最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。
今週も素敵な一週間をお過ごしください。
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