大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

タグ:Sagomadellanatura



昨年、私が意図する・・私が想う・・樹形を整えた。

まずは、オリーブの背を低くする。

次は、一本のオリーブの木から、最高4本の主枝にする。

私の理想は3本。

さらに主枝から出てくる枝を減らす。

そして、広がりを抑える。

とにかく、エネルギーの拡散を抑え、集中できるように仕上げた。

そうすることで、リンパの流動を最小にし濃縮させ

枝・葉・実に彼らの持つ役割と作用を発揮させるためである。

私は、堆肥を控えることにした。

人は笑うだろう。

どのオリーブ栽培士は、肥料を撒く。私も講座で教わった。

二年前まで、あるメーカーの鶏の糞を製品化された肥料を

撒いていた。講座でそう教わったからである。

しかし、何も・・・変わらなかった。・・・と思う。

緑肥をする人は、あんなの水だよ、という。

緑肥をすることは賛成だが、成長したときの緑肥の高さと

オリーブの下がるフサフサが重なるだろう辺りがすごく私は気になる。

風通しが悪くなると、やはりそれはそれで病気になるからだ。

しばらく無肥料でダイエットさせようと思う。

私の思うようにバサバサ切りたいところも、そこは労わって

樹への想いは、剪定で操作することだけとしてみようと思う。


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その昨年の意図した剪定に、攻撃に出たオリーブは

彼らの発散を小さな新枝を産出することに代えた。

彼らは、私に何かいいたいようだ。

そんなに剪定が好きならどんどん切ってくれ、とでも。

一本一本、彼らの前に立つと溜息が出る。お前もか。

私のエネルギーは、私のオリーブたちに吸い取られ

剪定中、魂が入り込んだようになるのである。

私の精気は、オリーブに移り代わり

オリーブの精気は私に移り変わるような。

一本のオリーブといっても

主枝が3~4本あるオリーブの剪定が終わると

すぐに次へ進むが、一本一本の精気を交換し合っているようで

すごく重たいのである。

一日、そういうわけで細かく彼らと向き合っていると

すごく疲れるのである。

家族に、オリーブに精気奪われちゃって疲れちゃったなー

というと、オレも仕事でスピリト奪われちゃって毎日疲れてるよー

あ、ボクも!勉強ばっかり座ってばかりで精魂尽きちゃったー

・・・・・・・・・・・。

違う!違う!その疲れじゃない!


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私のオリーブオイルを支援してくださっている

有難き友たちが何人もいる。

そんな友たちがいるから、私は経験を積むことができる。

彼ら支援して下さる方たちがいなければ

家族用のオリーブオイルを自己満足で生産し消費するだけである。

精気を奪われる剪定に弱音を吐きたくなるが

収穫していることを想像しながら

みんなが喜んでいる姿を想像しながら、私はガンバル。

そんな支援の友たちから嬉しいコメントを下さった。

ノヴェッロといわれるオリーブオイルが最高に美味しい摘み立てから

3ヶ月が経ち、そろそろ味も落ち着いてくる頃である。

フィレンツェ在住の友たちは、イタリア居住という特権で

いろんな農家からオリーブオイルを入手する。

私は、それでいいと思う。

私を信頼してたくさん注文してくださる友たちには

早摘みと遅摘み、二種類に分けて届けたりしている。

私のオリーブオイルは、収穫・搾油毎に分けている。

それは、畑ごとに品種が違うのと土壌やストーリーが違うからである。

管理を任せられている畑があっちこっちにある。

似たような品種でも、私は搾油後ブレンドしない。

そこが少量生産でできることとおもしろいところなんじゃないかと思う。

こんなことをしているのは、私だけかもしれない。

しかし、味が違うんだから、混ぜちゃぁ面白味を

足で踏み躙っているようなものである。

二種類手に渡った支援の友たちには

まろやかな早摘みを先に、パンチのある遅摘みを後に

もしくは料理で使い分けることを薦めている。


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そんな支援の友たちから

私のオリーブオイルは、他と違うというのである。

ワインのソムリエ級の友だったり、家庭料理の達人だったりする。

オリーブの生産地イタリアで

私のオリーブオイルを気に入って下さったんだから

それはそれは嬉しいの一言では収まらない。

他と違うことが、子どもにだってわかるほど、味が違う。

イタリアだって、同じトスカーナだって、ここヴィンチだって

味は作り手の魂に変わってくるのかもしれない。

友たちは、オリーブオイル文化のここイタリアで

私のオリーブオイルは、フルーティで軽く味が変わらず
エネルギーを感じる
とまで褒めて下さった。
がんばって続けてくれとまで。


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私の髪の毛は、色を染めない、パーマをかけない、ブローをしない

自然派シャンプーとオリーブオイルをぬるだけである。

見せる決め手は、カットのみということになる。

もし家に例えたら、光の演出と風通しの良さで家を守る、みたいな。

なんだかそれらと似ていて、肥やさない、抵抗させない

ケアは必要な時のみ予防する。

美味しくさせる決め手は、栽培では剪定のみということになる。

それと、収穫時の所要時間と搾油方法が更に決定的となる。

そのままのワタシは、そのままのオリーブをつくる。

だから精気が入れ替わってしまうのかもしれない。


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オリーブと私ポティーナ(剪定士)の精気が交錯するオリーブ畑で

道端に捨てられていたまだまだ使えるセンスの悪い椅子は

椅子まで精気が伝わるほどオリーブ畑にあっているではないか。

私の疲労を受け止めてくれるのはこの椅子しかない。

この椅子に座って、ランチにしようと思う。



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女剪定士の弱音 Potaturadegli Olivi④

我がオリーブオイルのヒミツ Frantoiod'Oro di Vinci

そのままのワタシ Hoi capelli bianchi


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私は渡伊して20年以上が経つ。

20年以上も経つと時代も変わり、風貌も変わる。

家族という族なる共同体と暮らし

職まで転職してしまった。


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あの飛び立った日は、当時一月十五日の成人の日だった。

祖母と叔母が車まで見送ってくれた。

叔母は、涙を流していたように見受ける。

叔母には、もう日本には帰ってこない予感がしていたのだろう。

「一年で帰ってくるよ。」

今思うと、随分軽はずみな別れの挨拶をしてしまった。


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どこにいても孤独で生きることはありえない。

なおさら誰も知らない土地で。

いろんな人と出会い、たくさんの人と知り合う。

最初の数年、フィレンツェ滞在では、出会いと別れが多かった。

別れがわかっていても出会いが嬉しかった。

世の中にはいろんな人がいるもんだ、と

知ることの刺激、出会うことの刺激が

私を一年では帰らせなかった。

こちらの国の友は、なぜかフィレンツェに上京している

南系イタリア人と意気が合った。

彼らも知らない土地で生活していく縄張を構築してきた若者だ。

言葉がしどろもどろな私を受け入れてくれた柔軟な人間性は

やはり同じ身の知らない土地を歩いている感覚なのであろう。

とても親身になってくれ、存在だけでも存分に安心感があった。

彼らは、私と私との思い出を常に大切にしてくれ

それは、彼らにとっても時代として永遠に残してくれているようだ。

そう、私も。


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こんなにも引かれ合っているのに、ここ数年会っていない。

SNSなんかでコメントし合ったり

メッセージなんかで近況報告するが

そうじゃない、会わなきゃだめだ。

みんなそれぞれがわかっているのに、何かに遮られる。

余裕のない時間か?家族か?経済的なことか?メンタルか?


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私は、友の輪が好きだ。

友から友へ。そのまた友へ。

シチリアのマルサーラの友の家にお邪魔したとき

もう一人のマルサーラの私の友の会食にその友を連れて行った。

これも20年も前になる。

そこで、あなたもマルサレーゼ(マルサーラの人)なの?!と話が弾み

親しくなった友同士がいる。

日本人の私を介しての出会いなんて最高!

その後、彼らは、最近仕事で偶然に再会したそうだ。

二人の友から私に連絡がある。嬉しそうに。私も嬉しい。

みんなで集まろう!



そんなことを言い出してから2年近く月日が経ってしまった。

言い訳したいが、そうじゃない

時間をつくろうとしなかった私がいけない。

会いたいときは少し強行に動かないとまたもや先送りとなってしまう。

翌日仕事とか、義母のお見舞いとか、少年が翌日試合とか。

私は、この再会にお寿司を拵えた。

祝いたいときは、手間隙かけて感謝の意を表したい。

やはりお寿司は、テーブルがより一層華やかになる。

みんなでWOWをいう一瞬

新入りの子たちも交えて乾杯する笑み

南イタリアの人間こそ、食べ物の話は負けない彼ら

食べ終わった頃から、またひとしゃべりがなかなか終わらない余韻


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時は零時を越えていた。

そうだね、そうだね、明日は試合の日だね、玄関を出てから急ぎ足。

少年には、友たちの出会いの経緯を語った。

マキチの頃に出会った友たちなんだ。

存在というだけで私に安心感をくれる友たちなんだ。

時間が経っても友たちなんだ。

時代を共にした友たちなんだ。

フィレンツェの地で出会いと別れを覚えたけれど

その出会いは、自分で繋げることができることも覚えた。

一年で終わらなかったのは、去ることができなかったからなんだ。

今こそ大切にしたい友との繋がり。

私たちは駆け足のひと時代を終えて

これからはゆっくりと会えそうな気がする。

友が大切な時代がまたやってくる。




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やっぱりトスカーナ! Amicacome Sorella

夏の訪問者 LoYukata

時に友と CascianaTerme



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今日もまた一日が終わろうとしている。

日が短い今日この頃

朝遅く明け、日は早々に沈んでいく。

日の長さを恋しく思う日々を過ごす今日

一年という歳月が終了する。

私たちの月日の計り方で

昨日と今日の変わり目の瞬間の

この区切りは、世の中の節目さえも意味する。

元旦から急に変わる予定はないから

新年の未来を想像し構築するよりも

私は、この大晦日の日、じっくり一年を振り返ろうと思う。

過去あっての現在で、過去と現在があるから

ぼんやりの未来がある。


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今日のブログは
2018年の101記事目。

まずはワードにバシバシ下書きをしていくとき

年毎に分けているファイル作成で、番号に気がついた。

週に二回、ニュースレター的に

大地の小さな顔もしくは天空の大きな顔

記憶を記録をみなさんとシェアできたかな

とささやかに願っている。

あまりにも忙しいときは現実に集中したが

このペースだと、考える時間も持てて私にはちょうどいい。

それでも日は追ってくる。

季節に関する話題は、意外と私を急かした。

昨日の朝やったことが、翌日の夜ふと思い出すと

すごく遠い昔に思えたりすることもある。

一週間なんてあっという間なのに

一週間前のことが遠い記憶のように感じたり。

過去の私の体験と提案という小さな未来を

現在の想いで時間の過ごし方を書いていたように思う。


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今年もクリスマス&年賀カードを送ることにした。

しかし、今年も郵便切手の値上がり。

ここ数年、友たちや親戚にはまとめて郵送していたが

友も親戚も、同じ日本にいて同じ州にいて同じ県にいても

会えていないということを知った。

私に置き換えれば、フィレンツェにいる友に会っていない

ということである。

ずいぶん失礼なことをしていたな・・・

まとめて届いた友にも、会えない友にも。

友が悪いわけではない。

自分でも日常の忙しさで動けないのに

自分のことを一方的に押し付けていた私がいけない。

手紙というのは、やはり一つ一つ丁寧に送るものだと反省した。


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送り先の中に、そのイタリアから送られてくる私の手紙に

イライラしている人がいた。

たいていは、言葉に責任を持つように話すのが大人だと信じているが

面と向かって言ってくるのだから相当だったのであろう。

私がいけないのか、イラついた人がいけないのか

これもまたそれぞれに論はあるだろう。

しかし、私は、イラついた人の身を想った。

報告なんて、誰しも葛藤後の話。

みんな一秒一秒幸せな人なんていない。

それを見抜けずに過ごしていたことを残念に想った。

その人は、義母の世話をしていて、話では大変そうであった。

夫が今、実母の世話で失望する日

私が少年と平和な空気にいると、イラつくのである。

そのイラつきが、その人のイラつきとそっくりで

いつもいつも、面と向かって言われたことを思い出すのである。

どうすれば、葛藤の助けができるものか。


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フィレンツェでアパートをシェアしたスイスの友に手紙を書いた。

イタリア語は、少年が添削してくれた。

チャットというリアルタイムは便利だが

手紙というずれた時間を受け取るのも温かみがあり想像力が増す。

彼女は年始、名物のチョコレートを同封してくれた。

こんなことができるのもEU圏内だからこそ。

彼女とのテーマは、家族独立。

子離れと夫婦それぞれの時間の尊重。

マンミズモのイタリア、就職難のイタリア、物価高のイタリア

果たして完璧な家族独立ができるのであろうか。



と、不安になるようなことを書いていると同時に

イタリアの良いところを探す自分が常にいる。

これはなんといっても気候と食べ物しかない。

太陽を浴びたホンモノの植物を食べて

大地を守れれば最高だとつくづく思う。

これだけのためにイタリアにいることの不思議な満足感。

それともルーズなようで保守的な国民に惹かれるのか。


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手紙やブログを書いていると、考えたり検索したり辞書を引っ張ったり

私には、生活の中の良い手段となっている。

本がなかなか読めない持てない環境の中

ボキャブラリーはお粗末平行線であるが

現代風にSNS生活ではたくさんの方のブログを拝読し

勉強・参考にさせていただいてる。

私も、そのたくさんの中で、一つのカテゴリーにすると

ちっぽけな人間の大きな大地の恵みを、紹介できればと想う。

メッセージを生み出せる日々の暮らしを送れること

みなさまと共有できただろう幸せを抱き

一年の培った想いを来る年へ向けて

2018年も幕を閉じたいと思います。

ありがとうございました。





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ヴィンチの地平線 Orizzonte

ぬけがらと たまご Spogliee Rinascita

イタリアからの手紙 FrancobolliFilatelici 2017



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あの先は、どうなっているのだろう。

Olivo sul'Orizzonte

ヴィンチの地平線は近い。

Salici


うわー。


また丘。

Canna


そして、そのまた丘の向こう。

una pianta da bosco


わー。


また丘。

Luce di Tramonto verao ovest


こうして

ヴィンチの地平線は

山と谷の丘が連なっている。

verso Empoli


まるで人生を見ているようだ。

Vigneto Biodinamico


息を切らせて天辺へ行き

下る時

横を見たり、後ろを振り返りながら

大地を歩き、足跡を残していく。

impronta di cinghiale


谷に着いたら

前を見て上っていく。

Vigneto dopo tramonto


お日様に当たりやすいところもあれば

当たりにくいところもある。

朝と夕とでも違う。

Tramonto verso sud


そんな丘を歩くのが好き。

丘の上で生活することが好き。

Vigneto


まさにヴィンチの地平線が

私の人生だから。


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カテゴリー暮らし】【Vinciの空

夏休みのある朝 DuePassi di Mattina

食後のサマータイム DopoCena

白の時間 Oradi Bianco

一日の終わりの姿 FineGirnata

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ありがとうございました。

ニョキニョキ生えた腕たちは

Sostenere


フワフワとダンスをし

Fermare


風に揺られ

ci siamo


つかまり

Non arrivo


支えて

Accidenti!


悩んで

di quà


決めて

Fammi pensare


停止する。

dove dove


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ブドウのダンス Viticci

ブドウのあくび Scacchiatura

食後のサマータイム DopoCena

一日の終わりの姿 Fine Giornata

ありがとうGrazie↓

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