大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

カテゴリ: 散歩 Passeggiata

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私たちは大喜びして、ひとますとりあえず出発した。
「きっと夕方には着くと思います!突然で申し訳ございません。」
バジリカータ州のルートを記したメモ書きを残し
なーんにも研究していないマルケ州へ向かった。
お友だちいるんだけどなぁ・・・何度も頭をよぎるが
急すぎて計画性が無さすぎで、むしろ失礼だ。
今回は、これこそ行きあたりばったり珍道中を
家族で体験することにした。

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少年はときどき「ボクの行ったことのある州は」と数えだすことがある。
学校の地理や社会の授業でそういう話題になるのであろう。
「行ったことある人、手を上げて~」みたいな。
きっと、旅行欲のない親と暮らしてしょんぼりしていることであろう。
内面悔しそうな顔をしている少年が想像できるw

高速道路を走りはじめると、もう長旅気分で
早速サービスエリアに行こうと言い出す少年。
「車の休憩はは2時間に一回でいいんだよ。」
そう言ってわかるのは、一昨年のニッポンほぼ横断旅行では
長距離夜行バスを利用したからである。

トスカーナ州からマルケ州に入った標識を運転手の夫が叫んだ。
わー、よかったね。
もうひと州加わったじゃん、ボクの行ったことのある州。
少年はご機嫌であった。
途中、Umbriaウンブリア州の
PerugiaペルージャやAssisiアッシィジも通っていった。
高速道路からみえるのか。
むかーし昔イタリアに来た当初
青い長距離バスで田舎道を走っていったので
果てしなく遠くに感じたんだけどなぁ。
距離の問題だったのか、在住が長くなり親近感を感じるのか
またすぐ来れそうな気がするほど近くに感じた。

当時は、州を考えることなく、村を目指して行っていたので
州の楽しみ方、土地の楽しみ方を満喫していない。
かといって今回も駆け足だし勉強不足で
また振り出しに戻っちゃった。
またゆっくり来なきゃ!とすぐに反省しながら窓から景色を眺めた。

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道路標識で行ったことのある地名が出てくる。

Orvietoオルビエート、あぁ、ここも来た、語学学校の仲間と。
私まだ育ち盛りだったのかなぁ、昼寝好きで
城壁のところでぐーすか気持ちよく昼寝したのを覚えてる。

あぁ、Spoletoスポレート。ここにもフィレンツェシスターズと来た。
彼女が行くっていうからついていったっけw

おぉ、Lago di Trasimenoラーゴディトラジメーノ
語学学校のオランダチームが絶賛してたなぁ。色が変わるって。
何してきたの?って聞いたら昼寝してきたってw
日本人にはありえない行動かもしれないけど
そこでゆっくりするってことを学んでいった情報であった。

Pesaroペーザロにも行ったぞ。
真冬、誰もいない海にやっぱり語学学校の仲間と
小さなカラフルな石をいっぱい拾ったっけ。
なんでそこに行ったのかも覚えてないや。
当時学んでたMosaico Fiorentinoモザイコフィオレンティーノ
という技法は、カラフルな大理石で絵を組み立てるところを
私は日本の表札を作っていたwこともあって
原始的な道具を持っていた。
だからペーザロの石に穴をあけて
原始的なペンダントを作っていたのである。
また拾いにいきたいなぁ。
あそこの石はぺっちゃんこだからペンダントにちょうどいい。

Anconaアンコーナには港があって、そこからギリシャへ
車も一緒に船に乗せて、夫と旅をした夏を思い出した。
その話もいつか語りたい。
やっぱり行きあたりばったりの珍道中。
帰りの船に乗り遅れちゃったんだ。

と、道中思い出を語る。
「お母さんはいろんなとこに行ってていいな。」
息子よ、一人で旅をするのだよ、自分の行きたいところに。
家族旅行は最初で最後だな。
「えー!嫌だー!」www
そうだろう、珍道中に慣れた親との旅行は楽しいだろう。
田舎暮らしも人生珍道中だから
少年は40歳まで家にいると我々を脅す。それは困った!

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高速道路から降りて、田舎道に入っていった。
グーグルマップのおかげでどこへでも行けそうだ。
ネットに接続されていないとGPSが作動してくれるけど
その時は、枯れ声で元気がないw あ、ネットないんだ、ここ。

平地なようで小山に挟まれ、風が抜けていく。
通ってきた通り沿いには、どうやらジャガイモ畑が連なっていた。
道端でジャガイモをぶらさげて売っている。
あぁやって売られていると、採りたてっぽくて美味しそうだなぁ。
きっと芽が出ないように薬品ぬる前のホヤホヤなんだろうなぁ。
帰りもここ通ったら買って帰ろうね!

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結局、高速道路のサービスエリアによらず
田舎道に突然現れた湧き水場で休憩した。
「あのオジさん水汲んでるよ!」
と、引き戻ったのであるw
冷たくて美味しかった。
ヴィンチの汲み水とは違う気分になった。
なんせバカンス中ですからね。

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高速道路を降りてからの道のりが長かった。
どうにかこうにか辿り着いた先は
山でもない丘が山化したようなトスカーナのなだらかな丘とは違う
あれは丘と呼ぶのかな、とにかく高い丘の上の方に
1700年代の小さな小さなBorgoボルゴ(古い小さな集落)
みたいな建物が、B&Bになっていた。

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迎えてくれたシニョーレは、すぐに外国人だってわかった。
イタリア語の発音が英語訛りなんですもの。
シニョーレは移住してきたイギリス人であった。
お互い移住者だとわかって気兼ねしない様子。
そしてシニョーラがこちらへどうぞと
ウエルカムドリンクを用意してくれた。
シニョーラはマルケ州の出身の方であった。

シニョーレは、東京に行ったことがあると言いはじめた。
でも仕事でね、と付け加える。
そして、仕事だったから過度な接待で逃げ場がなかったという。
でも一日だけ黙ってこっそり逃げ出して
一人で東京を回ったんだと教えてくれた。
でもボクは東京を好きになることはないと誇らしげだった。
そうだろう、こんな田舎のボルゴを買っちゃうんだからね。
でも、日本だっていいとこいっぱいあって
田舎なんかちっとも東京じゃないんだよと知ったかぶって私は答えた。
よかった、去年いろいろ日本をまわっておいて。
日本の棚田なんかわーと胸が膨らむほど素敵なんだよ
というと、シニョーレもうんうんと聞いてくれた。

私があなたのB&Bを選んだように、私はやっぱり田舎が好き。
田舎に住んでいるのにバカンスも田舎に来ちゃった。
街にもみたいとこいっぱいあるけれど
訪れてみたい村だっていっぱいあるけれど
私たち家族三人が珍道中できるとこって、やっぱり田舎なんだ。
宿のボーナスがでて私たちが選ぶのはやっぱり田舎なんだ。
これだけは三人が一致したこと。

シニョーラは新しいパートナーだということを最後の日に知った。
亡くなられた奥様とシニョーレが築き上げたボルゴB&Bを
ささやかに控えめに支えているようであった。
シニョーラは私に
イタリアのいいところって、こうやってたくさんの人に
イタリアの素敵をみせてくれることよね
と涙がでるようなことをいう。
胸が熱くなった。こういうとききゅーっと抱きしめたくなる。
抱きしめられない分、私はシニョーラに眼差しを送った。
そう、シニョーレもちょっと距離を置いてこちらをみつめていた。
彼らはボーナスバカンスの意味と意図を理解しているひとたちだ。
その一言をきくだけでここに来てよかった。

今日私たちが行けるレストランにシニョーレは電話してくれた。
さて、明日どこへ行こう。
シニョーレがアドバイスをしてくれた。




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同国仲間のイタリア在住者と話をしていると
一つ気がつくことがある。
もちろん全員ではない。

それは、離れた日本のことはとてもセンシティブで
例えば事件とか流行りとかシステムとか
しかし、実際に在住しているイタリアの事情を
よく知らない方が多いように思う。

今まで話しをしていて、おや?と思うことが何度かあった。
もしくは、それ知らない・・・と私がとっても無知な人間に思うことが
しばしばあったけど、それは日本事情の内容だった。
特に、タレントや流行りにはうとい私。ゴメン。

そしてこのコロナ禍、我々の在住先イタリアのコロナ手当が
日々更新されていく中で、私は正直日本のことより
自分が住んでいるところの手当や対応が気になるので
毎日ニュースを欠かさず見て、イタリアの政治家が
どんな話し合いをしてて、どんなことを決定して
どんなことで揉めて、ぎゃんぎゃん言っているのは誰なのか
正当化させたいことは一体何なのか
実は私はイタリア国民的に興味を示しているということが
日本の友たちと話をしていてだんだんわかってきた。

イタリア国民は政治の話やイタリア事情を一日中話している。
どうやら私は、彼らの風習に馴染んできたのかもしれない。
時に私流意見を述べている自分に
やいのやいの平気で意見するイタリアの友たちは
移民の一声を聞いたようで感心している。

我が少年は見てないけれど家族が欠かさす見ているニュースは
案外ちゃんと聴いてたりして、私が少女時代より
いろんな国の大統領の名前を知っていたり
出来事を覚えていたりして、大人のよくあるど忘れにも
一役買ったりする少年である。
おかしい、イタリア事情を熟知しているサーティーン。

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我が家は贅沢ができない欲張れない厳しい生活の中
小さな幸せをみつけながら生きている。
私は、不便だけれどこの田舎暮らしに満足しているし
夫は田舎暮らしでやることがいっぱいそして時間がない。
お互いシングル時代にたくさんの旅行をしてきたこともあて
少年には申し訳ないけれど
私たち夫婦は現在、あまり旅行欲がない。
だから家族で数日バカンスをしに行くなんて毛頭にもなかった。

しかし、このコロナ禍手当のいくつかある配給カテゴリで
私たちに該当するコロナ金はどれだ!
と、ニュースに釘付けなんていう日もあった。
いくつかあった中で、ボーナスバカンスという名の支給金が、も!
私たちに当てはまった。
「どうする、私たちにもバカンスできそうだよ。行くか!」
とまぁ5月だったかな、国会で議論中の頃である。

しばらくたって国会で詳しく決定された内容は
(私たちはそういうわけで国営ニュースのRai1で知る)
家族の給料と財産を割り出したISEEという換算が
40,000ユーロ未満の家族に該当する
家族3人は500ユーロ支給される
支給金は一箇所の宿のみ7月1日から12月31日まで有効
その内、80%は即無料となり20%はとりあえず支払い
その支払った分は控除の対象となる
SPIDというデジタル身分証明を取得する
アプリをダウンロードして全てデジタル化で処理をする
と、少しややっこしいが、私は誰にも相談せず
一人でボーナスバカンスを取得できたときは
また小さな喜びがやってきたとそれだけで幸せな気分になった。

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連日ニュースではイタリア経済の話でもちきっていた。
コロナ禍で観光業が一番ダメージを受けたと報告している。
それでも海は人が集まってきている様子だった。
むしろ例年より人が多いなどといっている。
海沿いは現在即効アルバイトを募集しているそうだ。
どれほどイタリア国民が夏、海外に旅行していたかがわかる。

そこで、私の誕生日が7月ということもあって
家族内でバカンスの話題で盛り上がった。
コロナ禍のボーナスでバカンスをすることに家族会議で決定。
一度決定したら、もう気分はバカンスだった。

「どこいく?」 どこいこっか。
「海!」 いいねぇ。
「嫌だ。」 えっ!
「じゃぁ、どこだよ!」 もうケンカ気味w

夫は、両親の故郷、自分のルーツを歩きたい、ということであった。
少年も自分のルーツになる地だから二人で賛成である。
海が激混みならそれもアリかな!

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彼のルーツはBasilicataバジリカータ州の
Potenzaポテンツァ付近にある。
いろいろなコースやルート、時間、宿なんか何日もかけて調べた。

ところが、その肝心な宿に電話確認していくたびにわかったことは
ボーナスバカンスシステムを扱っていない!というのである・・・。

聞いてもいないのに扱わない理由をいってくる宿の主もいた。
怒っている主もいた。
知らない若宿主もいた。

私たちは焦りはじめた。
10件以上は電話したのではないだろうか。

ボーナスバカンスを扱わない理由は
私たちに即無料となる80%はみることのないお金で
国が宿に支払うのではなく
次期の税金がその分免除されるという仕組みなのだそうだ。
前払いで経費を負担しなければいけない宿サイドは困惑する。
資金の少ない宿は現金が欲しい。
そりゃそうだ。

私は諦め気味に男子二人を説得しはじめた。
が、頑固なヤツラは
行きあたりばったりで行く!などと言いはじめる。
(誕生日の)ワタシを置いていくw なんて言うのである!
主人公ワタシワタシ!

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頑固男子2 vs フレキシブル女子1では埒が明かないので
ボーナスバカンスを扱ってる宿はどこだ?!!
と検索キーワードに入れると(もちろんイタリア語でね)
同じ問題にぶつかっているイタリア国民がいっぱいいることがわかり
実は、宿を検索しやすくなっているサイトまで登場していた。

「早くからこれ使えよー」と文句を言うが
こっちの問題にぶつかってみて、向こうの問題を知る
典型的なイタリアンスタイルのイタリア事情を知るチャンスであり
ボーナスバカンスの意味や存在を考えさせられたわけである。

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ふたをあけてみると
南イタリア地方のボーナスバカンス扱いぶりは、ほぼゼロに近く
中央から北イタリアへ向けて数が増えている傾向にあった。

そのボーナスを扱う宿の検索サイトは、州ごとに分けらていて
クリックして愕然とするが、選択肢がちっともないのである。

北も南も資金のある宿しかできないシステム。
しかし、このボーナスがないと旅行しないだろうイタリア国民。

余裕のある国民は、ISEEの存在もボーナスバカンスの存在も
知らず、常に100%支払い続ける生活が普通で苦痛はない。

支援金を必要とする民は、申請に四苦八苦するが
結局のところ余裕の民に頼っているイタリア事情なのである。
コロナ禍に限ったことではない。ずーっと前から。

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彼らのルーツ、バジリカータ州はそういうわけで宿は3件ヒットしたが
距離的に困難と判断し、やっと頑固男子は諦め
トスカーナ州のお隣、マルケ州に行くことになったのだ。

マルケ州も3件ぐらいヒットした内の
一番目に電話したところに決定!
それが、出発日の午前の話であったとさw



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嵐のように現れ、嵐のように去っていったピンクイベント

Giro d'Italiaジーロ ディターリア2019

レオナルド・ダ・ヴィンチ死後500年記念ということで

ヴィンチ周辺を2°-3°ステージにあてられた。

興味のある人は、ものすごーく興味があるだろうし

興味のない人は、全然興味の持てないスポーツ

自転車競技である。

イタリアでは、自転車で車道を走る競技がとーってもメジャーで

競技ではなくても、個人のスポーツとして道を走っている。

プロではない自転車好きの人でも80kmはフツーに走っている。

年金取得者であろうか年配の方は平日にひとっ走り

日曜日には、若者も黙々・孤独派もしくはワイワイおしゃべり派

などなどいろんなスタイルで、我が家の前の道を走っている。

体に良いことだから、マナーさえあれば、すばらしいスポーツだと思う。

しかし、たまに競技として道が塞がれるのだが

その後の道路には、選手の投げ捨てたプラスチックボトルを

発見すると、このスポーツが嫌になる。

友とひとっ走りの人たちが、道を占領していると

車の渋滞ができ、車を運転している人たちはイライラする。

私だって自転車で畑までひとっ走りするが

道の端っこで走り、車の邪魔はしていないと思う。

少年に、危ないから端っこ走って!道にゴミは捨てない!

なんて親は教えているのだが。

スポーツ意識でやってると、スポーツマンの方が優位なのであろうか。


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その自転車競技の中でも一番大きい競技なのであろう

Giro d'Italiaでは、イタリアの指定された各地を走る。

今回は、知っている土地なだけに

普段興味のない私でも興味を持った。

ステージでは、ボローニャから出発し

ヴィンチの山モンタルバーノの2ヶ所を難地点とし

ヴィンチを通り、Fucecchioフチェッキオでゴールした。

フチェッキオには湿地帯(Paduleパドゥーレ)があり

そこでレオナルド・ダ・ヴィンチがザリガニ拾って遊んでたw

というのだから、彼のテリトリーとしては重要地なのである!

ヴィンチ地区に入ってきたとき、少年の学校のお友だちは

ビデオに収め、インスタなのでアップし、所々で様子がわかり

おもしろい中継となった。私は、TVの生中継を追って

自分の知ってる道を見るたびに興奮したww

ドイツ人(名前覚えていない。毎回少年に質問するが覚えられないw)が優勝して

コンパニオンガールのキスマークくっつけて、インタビューされていた。

そのゴール風景のリプレイをニュースなどで何度も見たのだが

ゴール寸前にグループから抜けてゆっくり走り出す人がいる。

少しずつ、このスポーツの戦略が見えてくる。


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さていよいよヴィンチ村出発のステージ。

前夜、ヴィンチ観光所のフェイスブックで

村のピンクライトがアップされていたのを見て思い出し

部屋着のまま少年と夜な夜なヴィンチを散歩した。

静かなピンク色のヴィンチ村を見に訪れる

私たち親子のような人がちょびちょびいた。

今フェイスブックを見ていた人に違いないw

すでにヴィンチ村は盛大にセッティングされ

夜でさえ進入禁止なところもあった。




スタートがランチタイムということもあり

一目見ようと混雑が予想され、ヴィンチの学校は閉鎖された。

Giro d'Italiaのために学校が休みだと?!

少年はその混雑の中で友だちとはしゃいでいた。

選手と握手もした様子で、中一クンの思い出となるであろう。

少年の動画を見ると、すごい人が集まっていたことが伺える。

選手入場のコースも用意されていたようだし

舞台では選手一人一人チームで紹介されていた。

一人ニッポーニコ~と叫ばれていた日本人の選手もいた。

出発のカウントダウンは、数キロ離れたブドウ畑にも聞こえてきた。

出発から逃避的単独走行していた初山翔選手。

実況中継しているアナウンサーたちは

今日の強風でこの手段は適していない

勝てないリスクの方が強いですね~。でも日本人のことだから

作戦があるのでしょう。と伝えていた。

一回のステージに200km以上5時間以上走り続ける。

雨が降ろうと風が吹こうと競技は決行される。

行程や体調、天気次第で困難さに左右される自転車競技。

集団で走っていき、困難度の高いところで差をつけるようだ。

チームとなって作戦をくみ、邪魔をしたりしているようなのだ。

なんとなくわかってきたけど、中継を見ているのはつまらな過ぎる。

ステージのゴール地点はOrbetelloオルベテッロ

よく行くビーチの近くだ。あっちでも強風模様。

ブドウ畑も冷たい風が吹き付けていた5月も半ば。


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夕方、今晩のパンを買いにヴィンチ村に行ったが

今日の出来事が嘘のように、跡形もなく片付けられていた。

舞台やイベント用ピンクのテントは

次の出発地点に移動したのであろう。

残されていたのは、ピンクの風船。

イベント目白押しの寒い春も終わりのはずのヴィンチ村であった。




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ヴィンチの村民となった式典 BuongiornoPresidente!

みどりストリート StradaVerde da Vinci

熱いヴィンチに月染まる Festadell'Unicorno


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あそこ、あそこ!白い家の次、黄色い建物のある白い部分!

イタリアの大統領Mattarella氏を招いて

オープニングセレモニーが数日前に行われてから

さらに訪問者が増えたように思う。

お散歩が伝統のPasquettaパスクエッタ(イースターの翌日)には

行列ができたほどだったそう。

私たち村民は無料なだけに(村民だから)是非閲覧しようと

少年といつもの田舎道を通ってヴィンチ村へ向かった。

村の入り口、ヴィンチ村が丘の上にあるだけに上り坂だ。

少年が後ろから押してくれる。

手を離すと、水の中から出るように体がずっしり重い。

少年の手は、プカプカと浮くように、ヴィンチ村へ導く。スバラシイ。


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何度となく訪れたレオナルド・ダ・ヴィンチ博物館

Museo Leonardianoムゼオ レオナルディアーノは特別展のため

二階がリニューアルされていた。

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたオリジナルのドローイングはどこ?

二階にありますよ。あとVia Romaの期間展示の方もね。

レオネルド・ダ・ヴィンチ博物館 ① Palazzina Uzinelli

チケットを購入する。

村の奥に入った建物の中にあるのでちょいとわかり難い。


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入ってすぐ、レオナルドが発明した戦闘機のコーナー。

ブロンズは溶け難いことから、ピストルに使ったそうだ。

銅を溶かすための溶解釜戸。うーむ。


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大きなガラス窓からはウィトルスウィウス的人体モニュメントのある

広場と目の前に広がるオリーブ畑が見渡せる。

ここから花火とか舞台とか見れたらなー。特等席である。

大窓ガラス後ろに振り向くと、ボクも鳥になりたいと夢見た

コウモリの羽を研究したコーナーがある。

展示品は模型だがDon't touch

しかしビデオでよく解説してくれているので、じっくり研究して欲しい。

これで科学が好きになること間違いない!


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さてさて、一度訪れた方は覚えているであろう

二階の自転車が発明されたコーナーだったろころにたどり着いた。

しかし、現在20194月より特別展が繰り広がっている。

レオナルドが研究していた水路についてを中心に

ヴィンチ村を囲む土地土地のスケッチ/ドローイング

フィレンツェのウフィッツィ美術館から2点お借りしてまでの

内容の濃い説明となっている。

先に進むと、レオナルド・ダ・ヴィンチがお隣の教会で洗礼を受けた

ここで生まれた記録が残された分厚い記録書が展示されている。

当時の500年以上前のものだと思うと感慨深い。

特別展は、特別な保存品なだけに、慎重に展示されている。

特に空調や遮光。そしてセキュリティー。いたるところに係員がいる。

この締め切った空間の大切なもの展示してます空気は

警備員が開けてくれる扉を出て吸い込む

外の空気のギャップでわかる。ふぅーと一息。


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前に上ったのはいつのことであろう。

少年が4歳ぐらいの頃であろうか

夫が少年を抱っこして撮った写真がある。

あの時は、家族揃って来た。家族で上った。

四月から十月まで上れる塔には、是非是非上ってみよう。

ヴィンチ村に来て、生家までの道と城の塔に上らない手はない。

こう村民らしくなってきた私にとって、ヴィンチの塔から眺める

ヴィンチ村とヴィンチを囲む景色は、とても新鮮であった。

ヴィンチの話題になると耳がそばだつようになって

ヴィンチが注目されていると、自分までもがワクワクする。

生まれも育ちもヴィンチではなくても、長いこと住人となり

子を育て、子を歩かせている村はもう私の村であり

家族の村なのである。

あっちにはMクンの家で、こっちにはBクンが住んでいる。

あそこにはGチャンの家で、向こうにはTチャンが住んでいる。

ガイドでもないのに少しずつ土地がわかってきた。

でもまだまだ歴史には疎いが。

いつも下から眺めていた教会と塔。

今日は、天辺からヴィンチを眺められたことに大満足。


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Via Roma(ローマ通り)の5
5日までといわれた特別展Hollarでは

新しくリフォームされた建物で開催されている。

こちらは最終日が延長されたそうだ。

きっと5月いっぱいまではやっているはずなので

こちらもオリジナルデッサンなど

ヴィンチでは見れない企画展なので是非お試しあれ。



それと!428()にはヴィンチ村は

レオナルド・ダ・ヴィンチイベントで盛り上がるそうだ!

詳しくは IL GIORNO DI LEONARDO 2019 をどうぞ。



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ヴィンチの村民となった式典 Buongiorno Presidente

レオナルド・ダ・ヴィンチ博物館 ① Palazzina Uzielli

みどりストリート Strada Verde da Vinci


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ヴィンチ村へ向かう道のりはヴィンチ村を眺めながら向かう。

今日もいつも通りのどかに佇む城と教会。

静かに朝日に包まれ、昨日の憂鬱な天気の面影は消えていた。

しかし、空にはヘリコプターが飛んでいた。

村に近づくにつれて、今日はいつもと違う空気が漂ってきた。



ミーハーといわれればそうかもしれないし

真面目だねと思えばそうかもしれないし

行くべきだよ!と賛同してくれる人だっているかもしれない。


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415日は、レオナルド・ダ・ヴィンチの誕生日である。

この日にあわせて・・と、死後500年を記念して・・にあわせて

レオナルド・ダ・ヴィンチミュージアムに

レオナルド・ダ・ヴィンチが描いたオリジナルのドローイングが2

フィレンツェのウフィッツィ美術館から5週間程お借りして

展示されるお披露目記念も兼ね

Presidente della Repubblica Italiana

プレジデンテ デッラ レプッブリカ イタリアーナ(イタリア共和国大統領)

Sergio Mattarella氏がヴィンチ村を訪問されたのである。

(Canale50で生中継、Rai3Toscana等で報道

firenze.repubblica.it その他新聞報道多数)

(おもしろい、私が撮った写真と違う角度の写真が載っている!)



息子が地元の学校に通うことから

ヴィンチの役所、観光案内所、それに伴う協会や団体などの

SNSを私はフォローしている。

特にフェイスブック。(イタリア人FB好き)

そのフォローしている団体は近日、その話題で持ち切りだった。

その後も持ち切り!時間読みで投稿されていた。



我が少年が通うヴィンチ村の小・中学校の生徒は別の広場で

中学生の各クラス代表4人ずつは

舞台最前列優待着席や役割があったり

やはりイタリアの大統領を招いての式典

死後500年とはいえども、500年に一度

生後500年は1952年と67年前(白黒写真を見た!)

大統領がヴィンチ村に来ることはそう滅多にない

夫もヴィンチ村を間近に見渡せる別荘の庭園の仕事で近くにいる

私だけ一人ぼっちで家にいるのもなんだから

日本人の私、ヴィンチ村の式典に出向いたのである。

私だってヴィンチの住人よ!



式典は、現ミュージアムの城があるウィトルウィルス人体モニュメント

のある広場で行われた。入場チェックがある。

空港より厳しかったのではないか、全身触ってチェック

帽子をとって帽子の中を丁寧にチェック

当然、カバンの中もチェック。

私は、もしかして唯一の外国人であったかもしれない。

特にアジア人。相当怪しかっただろうが

チェック時、チェックしてくれてありがとう体制で応じると

女性の警官も、ご親切にありがとねと挨拶してしてくれた。

カメラマンがたくさんいる。

TV局らしきカメラマンも何台か居座っている。

警備員がいっぱいいる。

オーガナイザーらしき人もウロウロしている。

座れるのかと思いきや、立ち見。

招待客のみ椅子が向こうの方へ用意されていた。

一時間近く待ったのではないだろうか。

ここを通るだろうランウェイに近く舞台にもまぁ近いところを陣取った。

私の後ろ2列ほどで人はバラけているが

私の周りは割と詰め詰めで

昨日の大雨の名残の冷たい風は人の壁で通り難かった。

しかし、風がおさまった時の日はダイレクトに差していた。

人のおしゃべりを聞いたり

人のスマートフォンで写すモニターを眺めたり

割と時間は早く過ぎていったように思う。


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あ、村長が来た!

あの村長は、我が少年のサッカーチームの仲間の父ちゃんなんだ。

以前ヴィンチ地方自治体の合同サマースクールのとき

仲良くなった双子は、後で村長の息子たちと知る。

我が少年が仲良くなるぐらいだから一般市民の子供かと思いきや

村長の息子たちとは。

いたずら好きのわんぱく双子で、今日も父ちゃんの隣で

ふてぶてしい顔をしながら付き合っていた。苦笑

一応VIP扱いなのだが、分かろうとしてない様子。


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村長がまるでマネージャーのように付き添って現れた大統領!

綺麗な白髪はテレビで拝見するお姿と同じであった。

時間のある老人が多かったこの月曜日

Buongiorno, Presidennte!

ブオンジョールノ、 プレジデンテ(こんにちは、大統領)

と声をかけながら、握手を求めていた。

レンズの向こうにいる大統領が近づいてくる。

私は、一瞬後ずさりするように、一歩下がってしまった。

そうか、握手をするのか。

ある若者は、人混みの中、大統領に握手を求め掻き分けてきた。


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式典が始まった。

当然、国家から始まる。

スポーツの試合のときしかあまり聴いたことがなかったから

なんだかこれから試合でも始まるノリノリな感じだったが

しかも民衆は、スマートフォンを舞台へ向けるもんだから

まるでコンサート会場にでもいるような感覚で聞き入っていた。

村長Torchia氏から始まり

トスカーナ州長、美術や歴史に関わるドクター

ヴィンチ村の中学生代表たち

そして、大統領が最後にご挨拶をして下さった。

少し離れたところから見ていると

テレビで見たほうが近い距離を感じたりするが

テレビでは映しきれない広場の空間は味わえない。

とにかく「間」とか「熱気」とか騒音とか。

あぁ覚えてる。皇太子ご夫妻がフィレンツェへを訪問されたとき

日本語補習授業校の子供たちがコーラスを披露し終わったら

子供たち一人一人にお声をかけて下さった光景と同じで

大統領も少年少女たちに声をかけられていた。

終わりに自衛隊のパラシュート部隊のメンバーが

空から降りてきた。イタリアの国旗を羽ばたかせながら。


DSCN1372


大統領は、レオナルド・ダ・ヴィンチのオリジナルドローイング

閲覧オープンの開幕のためミュージアムに移動し

その後、生家を訪れたそうだ。



新市街の広場の方には

レオナルド・ダ・ヴィンチが発明した武器に似た

現在の(?)武器を展示していた。

武器は、やはり人を殺したり街を崩壊したりする道具だから

なんだか私は気が進まなかったが、一回りだけした。


DSCN1378


近々、少年と金庫のような入れ物で運ばれた

オリジナルのドローイングを是非とも見てこようと思う。



我が家族がヴィンチの違うところで式典を眺めていて

話は違う視線なのだけれど同じタイムの話でおもしろかった。




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レオナルド・ダ・ヴィンチ博物館① Palazzina Uzinelli

レオナルド・ダ・ヴィンチの生家 Casa Natale di Leonardo
みどりストリート Strada Verde da Vinci



Grazie di aver visitato!

最後まで拝読していただきまして、ありがとうございました。




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