私が友にイタリア語で書いた手紙を夫に添削してもらった。
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地球と体に優しいコト ~イタリアから~
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私の母は、享年52歳だった。
母があの世に立った頃私は、青春まっしぐらだったので
母のその頃の活動を気にすることなく
自分中心の生活をしていたことは、はっきり覚えている。
私が小学生の頃、母は週一ぐらい(・・だったと思う)
市の合唱団に入団していて、コーラスの練習に通っていた。
仕事から帰ってくると、そそくさに夕飯の支度をし
家のことよりこっち!みたいにコーラスを優先し
バタバタと出かけていった。
仕事場とコーラスの練習をする会場は近いのに
そこは母心、私のために一旦帰宅して
その日の三分の一ほどの愛情を夕飯に注いでいたのであろう。
今だったら、その頃の母の気持ちと状態がよーくわかる。
年が縮めば、仲良くなりたい大人はいっぱいいたが
母もその一人である。
ちなみに、そそくさ夕飯のメニューは親子丼ww
具のほうを鍋に作りっ放しで
食べるときに温めて食べてね!
(ご飯が炊き上がったらのことだ)
と鍋の中を見せてくれてるシーンを記憶している。
コーラスで出会った友だったり、女子高時代の友だったり
その繋がり(・・だと思う)で、母は、いつのまにか
バンドグループみたいなグループの中で
ヴォーカルのように歌い始めた。
そんなことをし出したのは、私が一人暮らしを始める前辺り
高校時代辺りから、曲風が変わったのがきっかけで気がついた。
今思うと、子が外を向き始めた時代である。
私が七歳の頃バツイチで出戻りした母が建てた家は
きちんと自分(母)の部屋ってのもあって
6畳ほどの書斎が北側にあった。
母の窓からは、東京湾が見え
寒々しい部屋から涼しい景色が眺められた。
そこから、歌を練習する母の声がする。
歌っている曲は、越路吹雪の歌が多かった。
何故、日本語バージョンにしたシャンソンに興味を持ったのだろう。
今となって、ネットで検索すれば
有名なことや有名な人物のことは
簡単にイメージ画像までもが出てくる。
あぁ、絶対にこれだ。
シャンソンにも惹かれただろうけど
母を知る私としては、こっちの方が確率高いな。
越路吹雪の
'60年代が
母の '60年代に、顔が似ているのである。
動機はともあれ、当時曲選択も一苦労であったと思う。
'90年代に入った頃だから、レンタルはできたものの
まだまだCD化された昔の曲ってのは少なかったかもしれない。
顔が似ていたっていうだけで、声の太さは全然違うのだが
越路吹雪が魅せるシャンソンだったように
母も誘うシャンソンだったようだ。
バンドグループに、ジャズとクラシックピアノを弾くプロがいた。
そのバンドは、結成からクリスマスコンサートをやるようになった。
食事と歌と。
まるで私がポルトガルを旅したときの
ファドと食事のように。
スペインを旅したときの
フラメンコと食後酒のように。
彼女たちのシャンソンバンドは、とても評判が良かったようだ。
小さな街の片隅で、住人を楽しませることができ
本人たちも、人生の中で団結したひとときと
観客までも歌いだすコンサートができて
さぞかし大満足であっただろう。
母の告別式で、バンドの仲間が
クリスマスコンサートで盛り上がった曲を流したいという。
その頃の母は、娘の私より仲間と共にした時代である。
彼女から歌をとってしまったら人生終わり
というほど、母は音楽を愛した。
仕事でもリトミックという障害者向けへの
リズム教育案を拡めている最中であった。
母の誘うシャンソンは、残念ながらデジタル化してないが
二階の母の書斎から聞こえてきた
越路吹雪の「ラストダンスは私に」
母の書斎にあったCD越路吹雪が崇拝していた
Édith Piafエディット ピアフのバラ色の人生「La Vie en rose」
そして、コピーする誰もが若さに戻って歌うだろう
1971年に日本で大ヒットしたDaniele Vidalダニエル ビダルの
オー シャンゼリゼ「Les Champs Élysées」
この三曲をクリスマスに少年と聴いてみようと想う。
季語のように使われるご挨拶です。
世界の平和を祈って
メリークリスマス
Buon Natale a tutti
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少年と夕飯後、ヴィンチ村へ行く。
あれー、ひっそりだねー。
あの入場料を払ってヴィンチ村に入場した
ユニコーン祭とは大違い!
ここにも、あそこにも、人・人・人だったのに。
歩きながら、お祭りの・・七月のことを
親子は思い出していた。
今宵は、ヴィンチ村のミュージアムのある広場でコンサートがある。
コンサート会場は、早めに行っても、既に満席であった。
席は大人たちで埋め尽くされていた。
仕方が無い。邪魔にならないところで立ち見をしよう。
歌手Peppe Servillo氏の紳士な声は
年齢にもかかわらず迫力があった。
ピアノのNatalio Mangalavitte氏は
ジャジーな・・思い起こすような、そしてモダーンな
彼の演奏は、彼の創り出す空間に飛び込むようだった。
ソプラノ&バリトンサックス、笛の演奏者
Javier Girotto氏は、何だろう・・・
すごく優しく、頼りにしたくなる
気を任せられる演奏は
紳士な歌手とジャジーなピアニストと意気投合し
全ての曲に物語を生み出した。
歌手はイタリア人だが
ピアニストとサックスフォニストはイタロアルジェンティーノ。
トリオになることもアルゼンチンのコンビとなることもあるようだ。
アルゼンチンには行ったことがないけれど
ラテンフォークミュージックと重なって
ラテンの情勢や文化をも想像した。
まだ早いかもしれない少年にだって
大人の想像を駆り立てる音楽は是非聴いて欲しい。
二人で、夏の夕食後のコンサートは
ここヴィンチの地で
静かに精神統一をして聴くのであった。
*過去の関連記事はこちら↓*
『熱いヴィンチに月染まる Festa dell'Unicorno』
『田舎道でBello e Brutto ・ STARMAN』
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ヴィンチの住人、フィレンツェをしっとり歩く。
VinciヴィンチとEmpoliエンポリ(隣の大きい市)だけの休日(11月30日Sant'Andreaサンタンドレーア)、家族でほんの少しフィレンツェを散歩。
イタリアでは、各市町村に各々休日がある。
(Patronoパトローノ守護聖人が各地を見守ってくれる日なんだそうだ。)
そんな日は、稼動している街へ行こう。
今度あのクーポラの天辺に行こうね。
と少年に約束しながら、雨上がりでキラキラ光った石畳の上を歩いた。
時々フィレンツェを歩くのはいい。
フィレンツェに住んでいた頃を思い出す。
街の発見より、懐かしい気持ちでいっぱいになる。
フィレンツェの街はクリスマスにデコレーションされていた。
このシーズンの楽しみ。
街中がイルミネーション。
我が家もクリスマスデコを少年と製作中。
***************
ある土曜日の午後、フィレンツェの緑に囲まれた小さなTeatroテアトロ(劇場)でピアノとクラリネットのコンサートがあった。
今やファンである山口詠子さんの語る奏では、今回ピアノで演奏されても伝わってきた。
そして、細くて長い手の指から、あんなにリズミカルで時には静寂を音色で醸し出す町田さゆりさんのピアノ演奏。
クラリネットUgo
Garasso氏との共演、お二人の息の合ったピアノ連弾・・・
少年が「コンサートどうだった?」と聞く。
映画を観ているようだったよ。
映画の中に音楽ってあるでしょ。
木々の中を歩いていたり、会食をしている様子だったり、走っている様子だったり・・・
「うわー。」と少年は嬉しそうに、感想を聞いてくれたことに私も嬉しかった。
とてもリラックスしたフィレンツェの土曜日の午後となった。
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