大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

タグ:フィレンツェ

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イエローゾーンが主になり国が華やかになったかんじだった。

レッドソーンはたった1州だったような気がする。

オレンジゾーンに戻ったトスカーナだけれど

まだまだ自由な行動ができなかった。

そんな中、商店に向け、一斉イエローゾーンが4日間あった。

もうどこにもいかない生活に慣れてきて外出欲はあまりなかった。

しかし、毎日のようにニュースで

冬休みのカラースケジュールが流れ

ふと思えば、この4日間に動かなくては村からまた出れなくなる

と、私たちは用意をしはじめた。


私たちは、ちょっと離れた一番のPanettoneパネットーネ

(クリスマスに食べるでっかいパンケーキ)を買いに行きたかった。

しかし、動く前に電話をしたほうがいい。

イエローゾーンとはいえ、たった4日間開けるかどうかわからない。

開いてるけど、予約制で売り切れた、ということだった。

イエローゾーンがわかっていれば予約できたのに。

近所のPasticceriaパスティッチェリーア(ケーキ屋さん)により

最後の一個を手にした。

明日にはもう移動が制限される。

売り切れてよかった。ヴィンチのケーキ屋さん。


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そして私はフィレンツェへソワソワしながら電車で向かった。

昨日まで自粛してて突然許可が出て行動するんだもの。

この機会を利用して、私の写真を採用してくださった

トスカーナ日本人会が発行しているアルノ今月号を受け取りに

そのついでに友ともあった。いっぱい話した。

いっぱい相談したいことがあったし

いっぱい私の現在の妄想を聞いてもらった。


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ソフトロックダウンでもいつも家族とだけ過ごし

友たちとも会うこともなく、連絡する気にもならず

ネットでは憂鬱に過ごしている世界を目にすることもあれば

ひとがオンラインで活躍する世界をながめたりもする。

影響されたり、過去を振り返っちゃったり

オンラインやsnsだけに頼らなくてはいけないのか

なんだかんだ妄想が広がっていくのである。

よくいえば、夢がわーっと膨らみ

わるくいえば、妄想し過ぎだよっ!ということになる...


春のロックダウンでは家族と一緒にいられることを幸せに~

なんてロマンティックに思ってたけど、時間が経つほど

人というものは独りになりたくなるものだということがわかった。

家族のそれぞれが誰もいない時間が少しでも欲しいと

思うようになったのである。

なんか好きなことができない空気。


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近頃、思春期少年は鬱っぽい。

すごく母の私にあたるのである。

私が使うな!違う言葉で言えと教えてきたのにも関わらず

汚い言葉をずーっと連発し続けるし、嫌なことを言うし

ちーっともこっちのいうことを聞かない

そんでもって、眠り続けるのだ。

どうしちゃったんだろう...

腹が立つというより、きっと理由があるんだろうなと思ってあげた。


ある日、白状した。

サッカーがしたいのにできない...

宿題がいっぱいある、勉強しなきゃいけない、数学がわかんない

クリスマスのプレゼントが無さそうだ   ww

どっか行きたい...


私も気づいたことがある。

もうこれからは親からの刺激より友や社会から刺激を受けるものだ。

家にいてはいけない時期なのだ。

だからお友だちと自転車で集合できるときはいつでも行ってこい。

外で我慢して母の私に八つ当たりしているのであろう。

自分のイライラを分けたいんだろう。

こんな時期だけに、怒らないようにして

汚い言葉の効力は無いと伝え、右から左にしてあげている。

私はマイペースに生活をすることにした。


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クリスマスイブの夜ミサがあった。

ニュースの時間にミサを生中継していた。

クリスマスはキリストが誕生した日で我らの兄弟になった日です

全部詳しく覚えてないのだが、フムフムと聞いていて

世の全子どもたちの誕生への祝福

キリストが兄弟となるように、生まれることはみな平等であること

人はみな自由と平和をもっていること

そして暗闇の中で生まれたのは、世に光をもたらすこと

なのだそうだ。キリスト信者ではないが、うん、とうなずいた。

それと、このコロナ時世の困難をみんなで支え合っていきましょうと。

このような信仰の国に在住して、人々の行動を振り返ってみた。

この三行ぐらいしかキリスト教のことがわかんないけど

人の原本的行動、モラルの表現

など宗教関係なく通じるところが、居心地がいいのかもしれない。


世界の子どもたちに具体的じゃなくていいから夢や希望をもって

明日という近い未来にすすんでほしい。

大の大人たちも、新しい生活と新しい時世に

突然難題を突きつけられ、妄想後の案が実現するのか

そりゃぁ心配だ。

一つづつ見つめて勇気をもって立ち向かっていきたい。

それは自由と平和と平等だから。

誕生を祝うクリスマス

新しい輝く世の中が生まれますように。メリークリスマス。

BUON NATALE a tutti





こんな素敵な絵本が無料公開で
SNSに飛び込んできた。

プレゼントになるかな、シェアしたいと思う。




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生命の誕生BuonNatale

母のクリスマスleschansons de ma mère

幸せを求めFixYou / Christmas is here



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今年もちょうど半分過ぎた。

この半年を思い起こすと

コアラの悲鳴に胸が苦しくなったオーストラリアの火事とか

中国でコロナが充満した医療風景は、イタリアに渡り涙したこと

浸透したコロナ生活で自由が抑制されたこと

そんなことでいっぱいだ。

しかし、この夏の日が差し込むようになって

私の中でこれらの痛みがまた薄れていってしまっている。






長期に渡ってさらに厳しかったロックダウンは

まるでこの夏の日差しにあわせて計画されたかのようだ。

そして、イタリア人の国民性と風習にあわせて

イタリアはコロナ対策を独自に展開しているような気がしてならない。

他国を真似ているようにもみえないし

無茶苦茶なことをやっているようにもみえない。

経済の厳しさには慣れているし

人情深さは右に出る者はいない。

でも、経済が苦しい人が増え、そんな話をする人が増え

職を探す人が増え、でも職はなくって、経済が回らなくって。

でも日に日に日が差すごとに陽気さを取り戻していく!

それがイタリアの太陽でイタリアの国民性なのだ。

Che sarà sarà


経済を回すには、消費することに限る。

観光大国、輸出大国イタリアがどこまで国民だけで回せるか

チョロチョロせっせこ消費するしかないのである。


コロナ期に限らず、欲張らない欲張れない生活が習慣化している

チョロチョロ一家は、小銭でせっせこ吟味しながら生活を賄う。


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フェーズ3に入って早々フィレンツェの重要美術館が再開しはじめ

ロックダウン続行のような少年の夏休み入りもあって

今年の6月はずいぶん涼しく、夏も?と期待した頃

親子で、ヴィンチからバスに乗って電車に乗って

ウィズコロナのフィレンツェの街へ向かった。


バスは人数制限があるようで乗れない人もいた。

バスの車内は間隔をあけて座るよう

座席禁止の札が点々と置かれていた。

ガチャンとチケットを差し込む機械があるところから

運転手がいるところまで、進入禁止の紐があったから

ガチャンができなかった!

電車の中でもバスと同じくソーシャルディスタンス。

手袋の義務は無いが、マスクは絶対。


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人々は、コロナ恐れよりロックダウンが定着してしまって

まだ外出することに遠慮していた頃

誰もいない・・・とか、美術館ガラガラとか・・・

SNSではアップされニュースでもとりあげられていた。


そんなガラガラ期なんかあっという間に過ぎ去り

私たち田舎者が出向いた頃には

アレ?とっても平常!と活気があったw

SNS効果で殺到したのか?!


親子は、午前中のみ開館のアカデミア美術館へ。

ビフォーコロナの館内状況をよく知らないからなんとも言えないけど

予約時間の数分早く行ってマスクして並びながら待って

誘導されたら、手を消毒してピッと熱測って荷物検査して

うぉーと感嘆しながら念願のアカデミア美術館に入館。

ネットで下調べした見学時間30分から1時間を越して

1時間半のんびり鑑賞できたんじゃないかと思う。


ここは美術館だけど、付属しているこのアカデミアで学ぶって

素晴らしいことだよなぁと大学部門の入口を通って思った。

今でもあるのかわからないけど

二十年以上前フィレンツェ在住中、このアカデミアで

無料デッサンコースを受けていたことを思い出した。


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ビフォーコロナの無料美術館の日には

ここまで長蛇の列ができるんだよ!という

アカデミア美術館からほど近いファーストフードを営む友のところへ

ささやか消費応援しに行った。


ロックダウン中のフェーズ2ではデリバリーのため開けてたそうだ。

その頃、警察の見回りがすごかったそう。


そして、フェーズ3開幕

お店でテイクアウトが直接できるようになったけど、お客さんは・・・

飲食店も開けていいよとなったけど、お客さんは・・・


フィレンツェの住人は、デリバリースタイルが抜けないようだ。

今後、こちらのニュースタイルに力を入れたいという。

私たちが食べている間も、デリバリーの注文が入り

若者ライダーは自転車でやってきて、店の外で待っていた。


道でライダーをいっぱいみかけた。

ニュースではよくミラノをスポットにしてたので

北イタリアだけのことかと思ったら。

交通規制の多い街中は、自転車ライダー(配達)システム誕生は

画期的だし需要があるだろうし必要だったと思う。

若者学生のアルバイトにもなるしエコだし健全だしすごくイイ。


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ランチ後、午後のみ開館のウフィツィ美術館へ。

本当は、ピッティ宮殿やボーボリ庭園とのセットで

割安チケットを購入したかったけど、二日間来なくちゃいけないし

夏季と冬季の値段が違うってことも知って

ウィズコロナ中のガラガラ鑑賞を優先して

ウフィツィ美術館を限定した。


私は並ぶ(時間が勿体無い)とか人混みが苦手だから

予約して予約時間にはスルスル入ったけど

入場無料の子供料金にもかかる予約料一人€4が別料金で

その予約無しで並んでる人たちの入場状況ってよくわからないから

これまたなんとも言えないけれど

中は人がいっぱいいたw


フィレンツェの住人曰く、ちっともいない方だよ、という。

なぜなら、団体客がいるといないじゃ全然違うという。


ウフィツィ美術館再開のニュースで、美術館としての対策は

マスク義務付けはもちろん、ソーシャルディスタンスを設けるために

距離を表す鑑賞立ち位置のシール張ったって言ってたのに!

アレ?みんな無視w

ま、いいや、みんなマスクしてるから!


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あぁ、でも行ってよかった。

いつでも行けると思って

ずーっと行かないまま何十年も過ぎてたから。

ホンモノを見るってやっぱり違う。って当たり前だけど。


ホンモノのオーラがメキメキ発してた。

時代の経過といい、色といい、背景を想像させる力といい。

私にはキリスト教やイタリア史の知識が薄すぎるけれど

でもこれらの作品の魅力を青春期に魅せられて

イタリアに来てフィレンツェに留まったのだから

鑑賞だけでもそれはそれはとても価値があった。


少年は、わかってんのかわかってないんだかよくわからないけれど

私も母に少女期、上野美術館などの企画展に

連れられた記憶は忘れない。

彼の親子の思い出のどこかで引っかかっていたら

それだけでもいいんじゃないかとささやかに想う。


あの時、誰の作品だか覚えてないけど

初めてでっかい西洋の絵画を観て

目の色が何色もあることに感動したことだけは鮮明に覚えている。

あの日から、私はいろんな色を混ぜるようになったのだ。

そして西洋に惹かれたのだと、今おもう。


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下調べしたウフィツィ美術館所要見学時間2時間は

実に足が痛みはじめた2時間半強は優に超えていた。


このあとフィレンツェの友とアフターロックダウンの再会乾杯アペリで

小道に熟女たちの笑い声が響き渡った。


早アペリタイムのフィレンツェは

ティーンたちが、それでもオシャレマスクをアゴにしながら(!)

小洒落てグループ交際みたいにただただブラブラと

男女で連るんでいた。


この時少年もフィレンツェの友たちとブラブラ

またファーストフードで(!)親抜きガッツリアペリをして幸せそうであった。


閉じこもりが定着しちゃったみたいにみえた街の住人は

この頃ようやくジワジワ外出するようになったようだ。

人のいる街、街にいる人々をみれて、田舎者の私は胸が弾んだ。

先のことはよくみえないけど、前進するのだ。

ウィズコロナ、気をつけながら、チョロチョロせっせこ消費しよう!



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人生の一瞬を一枚に scatto con figlio

クーポラを目指して Firenze del mondo

ミュージアム:古生物学 Paleontologia



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どうやらこの日を待っていたようだ。


どこを探してもこの手の記事が一つも見つからない。

ブログを始めて4年が経つ。投稿した記憶はあるのだが。


そうだ、フェイスブックに投稿したんだ
5年前に。


あれから
5年経って、25周年となろうではないか。


フェイスブックをスクロールしまくって
5年前に遡った。


5
年前も10年前も15年前も

そしてあれから25年経った今も

あの日はあの日なんだ。

過去は変わらない。


しかし、私が暮らす土地をイタリアにしたことは人生の転機であって

その記念する日をどうも忘れることができない。

むしろ祝いたいぐらいである。



1995115日、私はイタリアの地に足を踏み入れた。

何かが始まったわけでもなければ変わったわけでもない。

胸が騒いだ日だ。

人生という旅の中で胸が騒いだ日は記憶に残る。 ”


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なぜ旅立ったのか、海外へ移住してしまう人に向けて

必ず質問したい項目である。それは、移住者同士でも。


私は、頭を切り替えたかった。


唯一大人として頼りにしていた母が亡くなって

私は涙の海となるほどショックだった。


今も相談したいことがいっぱいある。

自分一人で考えて考えて苦しくなるくらい考える。


母が亡くなって一週間もしない内に、相続や供養の話など

とにかくお金の話を親戚たちは

毎日泣いてばかりで誰にも会いたくない私に

課題を押し付けてきた。


私はこの課題のせいで正気を取り戻し始めたような記憶がある。

好き勝手にはさせない。

若くたって弱いワタシをみせるのは危険だと察した。

専門家にも相談しに行った。


一番よいだろうと思う結果をだしたと思う。

だから今でもその時の大きな課題に関しては悔いがない。


しかし、お金に目が眩む大人たちに

ワタシのカラダの中で骨を溶かしていくような寂しさを覚えた。


私は距離をつくりたくなった。

独り身となった弱みを握られたまま、私は遠くに行きたくなった。

それが私の旅立つ理由である。


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ロンドンでもニューヨークでもどこでもよかった。

しかし大きな都市でたじろぐワタシを想像してしまった。


そこで高校の世界史の先生がフォロ・ロマーノのことを

一人演劇風に語っていて、夢中に聞いたことを思い出し

イタリアを調べ始め

工房のたくさんあるフィレンツェに決めたのである。


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一年目の留学時代、同じ留学してきた仲間と

四六時中時間を過ごし、何もかもを語りあった。


どうしても胸が騒いだ旅立ちの年は、思い出深い。


浅い過去と深い未来を持った私たちは

フィレンツェの教会のクーポラが見える小さな部屋で

何度も乾杯し、みんながあのアパートに集まった。


なんだかみんなみんな弾けていた。


そしてみんなみんなバラバラに道を歩んだ。


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頭はそう簡単には切り替わらなかった。


世の中はそう甘くない。


問題にぶつかると、骨を溶かすような寂しさがまた襲ってくる。

きっと母に相談したい時なのかもしれない。

だからわけもなく泣いて泣いて考えて考えて

私は人里離れた田舎に住むようになったのである。


丘の上から眺める景色は最高だった。

高すぎもせず低すぎもせず。

私の出身地で出会わなかった景色だ。

その丘はオリーブがいっぱいに埋め尽くされていた。


そのオリーブの丘で、フィレンツェで習った

Carta Pestaの技法をアレンジした方法で作品を作り出した。

作品で気持ちを表現したりした。

だんだん寂しさが小指一本の気持ちになっていった。


Non finisce mai la bellezza - parte

私は、私のことを誰も知らないところだったら

どこでもよかったのかもしれない。


こうやって私が気が向いたときに寂しさを語れればいい。

襲ってくる寂しさはもう懲り懲りだ。


ある年、日本の実家を売却した。

寂しさに変えた大人たちがだんだん小さく見えるようになってきた。

清々しくイタリアに戻った感情は忘れない。


しかしその日にちは覚えてないのだ。

清々しい日より胸が騒いだ日の方が記念日となるようだ。


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今、オリーブの丘でオリーブを栽培して

オリーブの成長を観察しながら、私の人生史と重ねてしまう。


常につきまとう孤独感を植物たちと過ごすと

仲間のように感じてしまう。


きっと日本にいても、日本のどこかに逃げていたかもしれなくて

きっと植物に近いところで生きていただろうと思う。

だから何が変わったわけでもなく始まったわけでもないのだ。

距離をおくって必要だなと確信したことだけは

唯一自信を持って言えることである。


そこがイタリアだったのだ。

その到着日が1995115日なのである。


その頃はこの日が成人の日で祝日であった。

今や時代も変わり祝日がなくなっちゃって第二日曜日のようだが

成人を迎えられたみなさま、一先ず、おめでとうございます。



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時の同居人 Camera Doppia

フィレンツェシスターズ Amica come Sorella vol.2

家の中の族 i Cerchi nella Casa



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夫が寝込んでしまった。
寒いと言って丸くなっている。
持病の皮膚病が突然悪化して
痛みと熱を伴うほどの異常振りだった。
皮膚病はなかなか緊急で扱ってくれないが
救急で診察を受けるようたくさんの患者と一緒に並んだ。
せっかく順番が回ってきたが、専門医がいなく
別の病院へ行くよう緊急予約をしてもらった。
パソコンで打たれた緊急予約は自動的に
そちらの病院へ伝わっているのかと思ったら
伝わっていなかった。
しかし、ホームドクターも言ってたけど
追い返すことはしないらしい。
ちょうどお昼近くだったから
待っている患者は少なかったからよかったけど
医師はお昼を返上しているので大急ぎで診察した。
皮膚の状態を診て、飲み薬で治療したいが
血液検査をしないと処方できないという。
それを聞いただけでも強そうな薬だ。
今回は塗り薬だけ処方してもらって次回の診察の予約をした。
血液検査が久しぶりという夫は
なぜか緊張していた。
数値にばらつきがあり
糖尿病を気にしたい数値だったり
お酒も控えた方が良さそうな結果だった。
本人はわかっていて日々を過ごしていたから
随分納得できたようだ。
悪化し始めた日から飲み薬が始まるまで
炎症を抑える煎じ茶やウコンを入れた料理を私は拵えた。
強力な塗り薬なのかだいぶ治まっていった。
煎じ茶生活も気に入ったようだ。
血液検査の数値で処方された飲み薬も強力なはずだから
水をたくさん飲んで、肝臓に負担をかけてはいけない。

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自分に甘かった生活から、突如切り替わった夫に驚いた。
急に変われるもんなんだ・・。
こんなことを言っては何だけど
一度病になったほうがいいのかもしれない。
病は、体からのメッセージだとは思ってたけど
本当に、体を弱らせないと気が付かないもんなんだ。
自分に甘く生き続けて、病にならない方がおかしいんだ。
私だって同じ。
少年だって好きなものばっかりいっぱい食べて。
それからというもの今年初めて手にしたスマフォを片手に
健康食品に関して検索している夫である。
ネットの情報はあまり気にしない方がいいよとはいえ
自ら検索していることは
健康な生活に興味を持ち始めたこととして放っておこう。

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あるSNSに精神科医が説明するアルコール依存症
の話があった。
すると、人に癒やされず生きづらさを抱えた人の
孤独な自己治療で本来は働き者で真面目な人たち、という。
これをみて、まさしくも夫だと思った。
依存症ではないけれど、孤独な自己治療という表現が
自分を甘くさせているのだなと。
夫は、本当に働き者で真面目すぎるぐらいで
私が社長だったらずっと雇いたい人物である。
勤務時間中、自ら積極的に働き
頼まれていないことまでしてしまう。
時間厳守で先に着いていたいタイプ。
イメージのイタリア人とはかけはなれているかもしれない。
でもイタリア人だなと思うことは
コミュニケーション力があることである。
人一倍働いてるのに、おしゃべりもきちんとしているのである。
私からすれば、もうちょっと黙っててもいいよ、と思うけど
イタリア人は、夫のコミュニケーションの阿吽を好む。
私には夫とのコミュニケーションの阿吽が
欠けるのかもしれない。
そこが人に癒やされず生きづらさを抱えているとしたら・・
まずい、私も気をつけなくっちゃ!
イタリア人のコミュニケーション力を学ばないと!!

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そんな丸くなっていた頃、夫の誕生日は丸い満月だった。
もちろん大好物の料理でもてなした。
なんだか普通の日と変わらない時間が過ぎていった。
日常の小さな家族は、明かりを消してバースデーソングを
賑やかに歌う。私と少年の賑やかさがたまに傷らしい。
それでも賑やかなときは賑やかがいい。
いつか賑やかな時代も終わっちゃうよ。

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フィレンツェシスターズもアイルランドから
2つ3つ目的つくって、夫の誕生日頃飛んできてくれた。
私たちは、フィレンツェ時代の友カップルに
みんなで会いに行った。
唯一我が結婚式にいた日本人二人である。
近頃懐かしい人に極力会うことにしている。
私も会いたいし、友たちもそう思っている。
子どもができると子どもを通して知り合うことが多くなるけど
その前の友だちって、好きなことが似たもの同士の友で
それはまたカップルになってからの友とも違う。
共感度が遥かに上回る。
会うと、会ってなかった年数なんて吹っ飛ぶほど
変わってないし、話が尽きない。
人なんてそう簡単に変わらないさ。
夫だって中身はいつだって同じなのである。
ただ甘えたさに孤独な自己治療をあれこれ試みるけど
性格は同じなのである。
いろんなところでよく聞くし見るけど
人の話を聞いて、それいいと思うよ!と背中を押して上げる
そんな友が必要だよねっていうけれど
家族だって親だって同じだと思う。
考えていることを聞いてあげて
好きなことを知ってあげて
やってみたいと思うことに賛成してあげることが
何よりも一番勇気がつくことなんじゃないかとつくづく思う。
共感することが一番の自信に繋がるんだと思う。
鬱て、共感が得られないから閉じこもっちゃうのかもしれない。
それでもなかなか共感できる友ってそう簡単にはできない。
でも家族は、ちょっと姿勢を変えるだけで
共感できる態度や生活はできるかもしれない。
支え合えたらいいな。
人と会って賑やかに日々を過ごすと気分転換になる。
日照時間が短く暗くなりがちだけど
人と会うことが光にも感じる12月
だから外はキラキラと煌々として人が集まるんだと思う。

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数年前よくラジオでかかってた曲でいい歌があった。
きっと今にふさわしい曲かもしれない。



私が友にイタリア語で書いた手紙を夫に添削してもらった。
へんてこりんなイタリア語と超ポジティブで気取った文章に
大笑いし始めた。それをみて私も笑った。
お腹を抱えながら涙が出るほど笑った。
この時私はおバカちゃんでよかったと思った。
久しぶりに二人で笑ったと思う。
「生活スタイル変えてすごくいいよ。」
「うん。起きるときも気持ちよく起きれる。」 そうなんだ。
幸せってさ
お誕生日に突然降って現れるものじゃない。
日々の中の隙間にあることなんだ。
落ち込んだり気がついたり立ち向かったり乗り越えたり
この合間に隠れてる小さな笑みが幸せといえるような気がする。
便利さとかサービスの良さとか経済発展が幸せなんじゃない。
ちょっとした共感が家の人だと幸せに変わるんじゃないかと思った。
丸くなっていた夫は
外へ丸くなり、家族をも丸にさせたような気がする。


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私は渡伊して20年以上が経つ。

20年以上も経つと時代も変わり、風貌も変わる。

家族という族なる共同体と暮らし

職まで転職してしまった。


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あの飛び立った日は、当時一月十五日の成人の日だった。

祖母と叔母が車まで見送ってくれた。

叔母は、涙を流していたように見受ける。

叔母には、もう日本には帰ってこない予感がしていたのだろう。

「一年で帰ってくるよ。」

今思うと、随分軽はずみな別れの挨拶をしてしまった。


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どこにいても孤独で生きることはありえない。

なおさら誰も知らない土地で。

いろんな人と出会い、たくさんの人と知り合う。

最初の数年、フィレンツェ滞在では、出会いと別れが多かった。

別れがわかっていても出会いが嬉しかった。

世の中にはいろんな人がいるもんだ、と

知ることの刺激、出会うことの刺激が

私を一年では帰らせなかった。

こちらの国の友は、なぜかフィレンツェに上京している

南系イタリア人と意気が合った。

彼らも知らない土地で生活していく縄張を構築してきた若者だ。

言葉がしどろもどろな私を受け入れてくれた柔軟な人間性は

やはり同じ身の知らない土地を歩いている感覚なのであろう。

とても親身になってくれ、存在だけでも存分に安心感があった。

彼らは、私と私との思い出を常に大切にしてくれ

それは、彼らにとっても時代として永遠に残してくれているようだ。

そう、私も。


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こんなにも引かれ合っているのに、ここ数年会っていない。

SNSなんかでコメントし合ったり

メッセージなんかで近況報告するが

そうじゃない、会わなきゃだめだ。

みんなそれぞれがわかっているのに、何かに遮られる。

余裕のない時間か?家族か?経済的なことか?メンタルか?


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私は、友の輪が好きだ。

友から友へ。そのまた友へ。

シチリアのマルサーラの友の家にお邪魔したとき

もう一人のマルサーラの私の友の会食にその友を連れて行った。

これも20年も前になる。

そこで、あなたもマルサレーゼ(マルサーラの人)なの?!と話が弾み

親しくなった友同士がいる。

日本人の私を介しての出会いなんて最高!

その後、彼らは、最近仕事で偶然に再会したそうだ。

二人の友から私に連絡がある。嬉しそうに。私も嬉しい。

みんなで集まろう!



そんなことを言い出してから2年近く月日が経ってしまった。

言い訳したいが、そうじゃない

時間をつくろうとしなかった私がいけない。

会いたいときは少し強行に動かないとまたもや先送りとなってしまう。

翌日仕事とか、義母のお見舞いとか、少年が翌日試合とか。

私は、この再会にお寿司を拵えた。

祝いたいときは、手間隙かけて感謝の意を表したい。

やはりお寿司は、テーブルがより一層華やかになる。

みんなでWOWをいう一瞬

新入りの子たちも交えて乾杯する笑み

南イタリアの人間こそ、食べ物の話は負けない彼ら

食べ終わった頃から、またひとしゃべりがなかなか終わらない余韻


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時は零時を越えていた。

そうだね、そうだね、明日は試合の日だね、玄関を出てから急ぎ足。

少年には、友たちの出会いの経緯を語った。

マキチの頃に出会った友たちなんだ。

存在というだけで私に安心感をくれる友たちなんだ。

時間が経っても友たちなんだ。

時代を共にした友たちなんだ。

フィレンツェの地で出会いと別れを覚えたけれど

その出会いは、自分で繋げることができることも覚えた。

一年で終わらなかったのは、去ることができなかったからなんだ。

今こそ大切にしたい友との繋がり。

私たちは駆け足のひと時代を終えて

これからはゆっくりと会えそうな気がする。

友が大切な時代がまたやってくる。




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やっぱりトスカーナ! Amicacome Sorella

夏の訪問者 LoYukata

時に友と CascianaTerme



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