大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

タグ:思い出

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私は、料理が苦手だった。
苦手で下手だったのは
料理への興味や意識、必要性とか経験不足だった
のだとおもう。

キャリアウーマンでシングルマザーの母と
料理をしているところをみたことがない祖母と
料理に興味を持たない...
たまに生クリームをつかったお菓子作り..いや..
クレープ作りぐらいしか興味がなかった思春期頃の私の暮らしは
その仕事後の母の夕飯を待った。

母は、それでもよくつくってくれた。
今おもうと、料理は私たちのためにつくっていただろう。
料理好きとか得意とかいう味はしなかった記憶がある。

メニューも手の込んだものより
煮物系が多かったような記憶が...今蘇ってきた。
それでもお惣菜は、コロッケぐらいを頼る程度で
割と何でも自分の手でつくっていたとおもう。

それでもある日、母は帰宅して
休憩しながらこたつで寝ちゃって
なかなか起きない日があった。

私と祖母はその時どうしたか覚えていないのが残念だけと
家族の料理人が起きるまで
待っている時間の方が長かったとおもう。
絶対そうだ。

ある頃、母の妹家族が近所に引っ越してきて
ときどきおばちゃんが我が家の台所を仕切った。

家族の料理人である母はアシスタントにまわって
さらなるアシスタント私と従姉妹も加わって
コロッケも餃子もいっぱいつくった。
手でひとつひとつむすんだ
何個も食べられる料理がご馳走にみえる。

ちらし寿司やお赤飯、お祝いの料理も得意なおばちゃん。
母も料理好き妹がいるときは楽しそうだし嬉しそうだった。
そういうシーンはやっぱり忘れられない。

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私は一人暮らしを始めて料理ができないことに気がついた。
できないというか、やったことがないし知らなかった。
料理の基本のような本や雑誌を買った。
その本が今もある。
レタスクラブやオレンジページだ。
レシピ切り抜きやメモファイルもつくった。

私はまかないが食べられる飲食店でアルバイトをした。
仕事感覚というより生活の一部という感覚だった。
若かったから疲れない。毎日働いていた。
毎日そこで食事をさせていただいた。
なんなら余ったお惣菜は次の日のお弁当でもあった。

私は料理をすることに興味がなかった。
誰かにつくってもらうことに慣れてしまっていた。

しかし、学生最後の年には卒業展覧会というものがあり
生活の一部であったアルバイトをやっている時間がなくなった。

誰かにつくってもらう生活だったが
母の手料理だけではなくバイト先で口にしたものを
つくってみる生活がはじまった。
でも、まだ興味とか好きという気持ちはさらさらなかった。

一週間分何食か作り貯めをして冷凍して
毎日小分けされた自作冷凍食品とビールで
うだうだと卒展制作をしていた記憶がある。

それがいけない。
まだ料理をすることが習慣化さえもされてない。

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食のイタリアに渡ってもかなりの間
食にも料理にも興味がなかったことに後悔している。
身近でイタリアの食材でイタリア料理が
つくれて食べれるなんて。

ほんの少し料理に興味が沸いてきたのは
どんどん大人になるにつれて
料理の話をする機会が増えたことだ。

そして友たちを招待し合うことも増えたことは
料理の腕を磨かなくてはいけない!と焦った。

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私が妊娠した時、保健所の新ママ養成無料セミナーに参加した。
体の変化や出産の心構え、産後の対応なんかを教えてくれた。
私は、誰にも相談する人がいなかっただけに
ありがたかったし心強かった。

そのセミナーの一部に栄養の授業が何回かあって
そこには夫と一緒に参加した。

プロテインとか炭水化物とかビタミンとかミネラルとか
食べた方がいい順のピラミッドをそこで初めてみたり
食品の組み合わせや、摂取した方がいいもの
妊娠時母乳時の食生活、離乳食やその後も教えてくれた。

私は、そうやって食に対して細かく考えたことがなかっただけに
ヒトの命を自分が守らなくてはいけない意識がメキメキと芽生え
ここから食生活を意識するようになったのである。

妊娠時にタバコも夫婦でやめたし
妊娠を機に大きく生活や意識が変わった。

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私は、≪子育て≫という呼び方をあまりなぜかしたくない。
なぜなら、子を育てるという感覚より
子と生きることが一つの課題だったような感覚で
どうやって対応してよいかわからないことだらけで
子育てというなんとなく親の上から目線だけでなく
どうやったら家族が健やかに生活できるかを
毎日考えている...向き合うようにおもうのである。

外食にほぼ行くこともなく毎日手作りで
ここでようやく料理への興味や意識、必要性とか経験が生まれるのである。

ヴィンチの丘で夏にはカチカチの畑も体験した。
カチカチの土を人力で耕すことに降参し
耕さずに土をフサフサに保つ自然農法でトマトだけを栽培している。
自分のトマトは水やりをあまりしないから小さいけど
どこにも負けないほど濃厚で甘い。

ワインも自分が自分のブドウのように作業を手伝っているワインだ。
愛着がわいてひとしきりうまい。他がいただけないほどだ。

イタリア料理には欠かせないオリーブオイルなんか
美味しいオリーブオイルができるまでのレシピを学んで
美味しいと不味いのつくり方や味を知った。
我が子もどれが美味しいオリーブオイルか味分けられる。

日々の生活の中の美味しい料理とは
仕上げの味付けだけではなく、材料の選別という原点を
家族で身で学びはじめた。

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先日、海外在住者向けオンライン日本映画祭があって
そこで≪南極料理人≫という映画にであった。
南極へ向かう観測隊に調理人というスタッフが配属され
その調理人は観測隊の食事のことだけを考えればいいのであった。

この調理人は給料が出るだろうけれど
家族の料理人は給料なんか出ない
毎日この調理人と同じことをしている。

観測隊のところが家族の住人で各々に集中しなくてはいけないことがある。
調理人のところが私で家族の食事と満足と健康を考える。

私が季節労働の畑作業でヘトヘトなときも
料理人が私だから勇気を出して台所に立つ。
そこで、ヘトヘトでこたつで寝ちゃった私の母を毎回思い出すのである。
あの時の私と祖母が、今の息子と夫なんだと。
私がのびてウトウトしていても奴らは私を待っている。

ウチは誰も料理のことを褒めない。
「いただきます」もなければ「ごちそうさま」もない。
私一人で「いっただっきまーす」と言い
私一人で料理のコメントをして
私一人で「あーお腹いっぱい、今日も満足!ごち。」としめる。
男たちは、黙って食べて私のコメントにうなずいている。

そして思春期青少年は好き嫌いが思春期になってさらに続出し
残したりすると、ケンカまで起こる始末だ。
そんなことが頻繁に続くと、こっちはつくる気なくす。
それでもここ最近私は開き直って
母(私)ができる間はぐっとこらえて料理をしようじゃないか!
とまた気を取り直した。

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今日、何を書きたかったって...

「パスクワ(復活祭)の日、何が食べたい?」と思春期青少年に聞いたところ
「ラザーニャが食べたい。」という。
「なんでパスクワにラザーニャが食べたいの?」おかしな子だねぇ。。
「お誕生日に食べられなかったから。」なるほど!

そうだ、お誕生日の日、自分で食べたいものリクエストしたのに
お友だちに誘われて、アツアツのラザーニャが食べれなかったんだ。
特別な日ではないと、私だって何が食べたいか聞かない。

私は、パスタの生地もつくって土鍋さんで牛肉のラグーソースを煮込んで
野菜だしとこしょうを効かせたベシャメルソースをこしらえた。

パスタ生地を今回なるべく薄くのばしたので
何層になってても邪魔にならなかった。
美味しくできて奴らはお替りをしていた。
でも、相変わらずノーコメントな男たち。

これが今季最後であろうSchiacciata Fiorentinaもつくった。
このケーキにはオレンジが入る。
G.A.S.で購入したシチリア産のBIOのオレンジでしか私はつくらない。
最近では、擦った果皮と搾った果汁とさらに残った果肉も入れている。
果肉も入れることで生地がさらにしっとりしている。
そしてベーキングパウダーを使わず重曹を使っている。
オレンジの酸味と反応してとってもよく膨らむ。

その夜お客さんが突然来ることもあって
Carciofiとタンポポと鶏肉のフライもAntipastoとして多くこしらえた。
揚げてるそばからつまみ食いに来る男たち。
見張りをするのも家族の料理人の仕事。

さらにタマゴチョコの代わりに
ヴィーガン流カカオケーキをつくったけど苦く感じた。
男たちは、ん?と苦そうな顔をした。

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思い起してみると、どの時代も同じ風景を繰り返しているだけだ。
あるとき料理を放棄したくなるときもあるしあったけど
気を取り直して、私ができるまで
奴らのためと私のBenessereのために引き続き
家族の料理人をしたいと想う。



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1月の半ばになると、SNSで阪神大震災の追悼が流れ
毎年毎年、当時のことを体で思い出す。

私はあの日、フィレンツェのシェアハウスに到着した日だった。
大家さんは「アナタ日本人よね?!アナタの国凄いことになってるわよ!」
と、イタリア時間ではお昼頃の国営放送で
私と大家さんと大家さんの旦那さん、確か三人で
キッチンにある小さなテレビに唖然と立ち尽くし
私は身震いがして体がさーっと冷たくなったことを
本当に体で覚えている。

日本に連絡したくても、イタリアに着いたばっかりで
言葉はもちろん土地も何も全くわからない。
スマフォなんてものは当時ないし、ネットもない。

早急に連絡するとしたら、街角の電話ボックスからだ。
確か専用のコインが必要だったような気がするし
もしくは、テレフォンカードだった。
国際電話なんてものすごく高かったし
コレクトコールだったか支払いは着信者でも家族でなければ失礼だ。

私は地球の反対側でおどおど何もできず、ただただ窓から見えた
サンタクローチェ教会の十字架を眺めるしかなかった。

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そのシェアハウスに到着する前日の夜
私は乗り継いでフィレンツェ空港に着いた。

小さい空港と灯りと、さっさと人が去っていく感じを覚えている。

ずっとオロオロと空港に長居してはいけないのか、とか
あのオレンジ色のバスは街との連結バスなのであろうと勝手に解釈して
閑散としたその市営バスに乗り込んだ。

怖いもの知らずとはこのことだと永遠に忘れられない。

空港から離れていくと、だんだん人が乗ってきた。
どこがセンターかもわからない、どこが終点かもわからない。

さっきまで人が乗り込んできていたのに
だんだんまた人の気配が少なくなっていく。

そこでようやく不安になって、横にいた乗客にイタリア語で質問した。
ラジオ講座で独学したなんちゃってイタリア語である。

「え?!とっくにセンターは過ぎたよ!今シエナ方面に向かってるよ。」
と、日本語にすんなり変換されたことをよく覚えている。
きっと「ノーセンター、アッチ、シエナ!」

一方通行の多いイタリアの街中は
向かい側に戻るバス停があるとは限らない。

もう自分がどこにいるかわからなくなってしまって
時間が夕飯時に入ったのであろう、道行く人がいない。

どうしよう。。。

出発前に泣き別れしたおばちゃんが
「困ったときにでも使いなさい」と私にくれたお金を思い出した。
生活費に使いたかったけれど、困った≪今≫に使うことにした。

なかなか現れなかった神様のように思えた通りがかりの人に
ここから一番近いホテルの場所を教えてもらった。
イタリア語で「アッチ!30プン、アルク」www

もう一人のおばちゃんの赤いチェックの布製スーツケースは
古いタイプで、真っ直ぐ進んでくれなかった。
汗をかいてジャケットを脱いで歩いた。

あとで知ると、南フィレンツェ方面のアルノ川沿いを
とぼとぼ歩いていた様子だ。
ちっともシエナなんかではなかったけれど
観光客にはフィレンツェ・シエナ・ピサなどの観光地
トスカーナキーワードを並べてくれたのであろう。

ホテルにはどうやら辿り着いた。
ホテルが開いててよかった。そんなことまでホッとした。

なんにもわからない外に出たくない。
日本から持ってきたお菓子をつまんで寝入った。

翌朝、カウンターのお兄ちゃんに小梅ちゃんの飴をあげて
タクシーを呼んでもらった。
シェアハウスまでタクシーであっという間に行ったのだった。

そのシェアハウスで、その被災を知ったのだった。

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あれから27年という月日が経ち
今出会うイタリアの子たちの中で
私がフィレンツェに降り立った27年前にはまだ
生まれてなかった子たちと出会うようになって、はっとする。

時間はどんどん過ぎて歳だって追っていることなんかわかっているけど
この27年間私はいったい何をしていたんだ
と振り返ってしまうことと
この子たちのこれからってどう生きていくんだろう
と自分と重ねたり、いや、もっと楽しいはずだ!と羨ましくなったりもする。

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ついこの間まで、我が少年は私の胸ぐらいの背丈だったのに
いつの間にか、私が思春期青少年の胸あたりの背丈にいる。。

雨降りの朝、思春期青少年を乗り継ぎのある隣村のバス停まで送った。
バス停があるBARの屋根の下で雨宿りしている青少年たちは
まるで制服のように同じような格好で
黒いスウェットパンツにパーカーの上には黒いダウンジャケット
白地に黒マークのNike Air Force 1を履いて
みんな手をポッケに突っ込んで、一列にこっちを向いている。

幼稚園の頃から一緒だったお友だちも
わる風に背伸びして尖った感をみせている。

大人からするとおかしいんだけど
いちいち私もあんなんだったのかなと笑っちゃう。

ツルツルスベスベだった肌にボツボツニキビができて
思春期だけのせいではない、食生活のせいだよといっても
それでも不規則な生活をして、反抗的な態度をみせる。

大人からするとおかしいんだけど
いちいち私もあんなんだったのかなと笑っちゃう。

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怖いもの知らずだった私はだんだん怖がりになっちゃったけど
これからの私は怖がりなのに、昨日までのことは笑えちゃう。

だから私はフィレンツェに降り立った日のことを忘れられないのだ。



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胸が騒いだあの日 un quarto di secolo fà
彼が夢みた地へ【前編】上 Western Australia - Perth
家の中の族 i Cercgi nella Casa



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じつは我が家は、我が青少年の
お友だちを集合させてのお誕生日会を一度しかしたことがない。
あれは5歳のときだったなぁ。

イタリア(ひとくくりにしてはいけない)の
お誕生日文化、パーティー文化、プレゼント文化は
生まれてからすぐにはじまる。

その5歳のお誕生日会は、私が決めて開いたもので
本人の意思ではない。
しぶしぶ大人に付き合ったような感じだ。

あの会は、全部私の愛情がこもりまくった手料理でもてなした。
コレ、全部ママがつくったの?って
ママたちが褒めてくれた!

本人は、もともと自分が主役になることを好まない性格だから
お誕生日会は興味がない。
主役どころか人前で率先することができない。
生まれたときからの性格で
それは、公園に行っても、どうぞどうぞと自分の番になっても
早く早く!とせかす子どもたちに番をあげてしまう。

あれは確か4歳のお誕生日
いとこ親戚を集めて食事会風にしただけなのに
最後の、4本のろうそくを消す時になって
みんなに見られていることで大泣きしはじめた。
絶対に消さない!と言い、大人がふーした。

思い出した。2歳のお誕生日会は盛大だった。
本人は当時なんのこっちゃわからないから
ただただいろんな大人が風船で遊んでくれて
美味しいものが並んでるっていう様子だったのを覚えてる。

あのお誕生日会は、どっちがオマケの理由か、私の退院祝いとして
お見舞いに来てくれた友たちを全員よんだんだ。
だからみんな嬉しそうに乾杯してくれた。
あの時も全部手料理したなぁ。

盛大なお誕生日会はそれくらいで、ひっそり家族とか
ひっそりもうひと家族くらいの規模で本人は嬉しそうだ。
毎度、ひっそり祝っている写真が残っている。

公園も、誰もいなくなってからはしゃぎだす。
今でも、ショッピングなんかしてても
人がいるときは割り込まず離れて待っているw

それでも友だちのお誕生日会には毎度毎度参加している。
近頃は、みんなでSUSHI屋でやるんだそうだ。
もうご招待式ではないから平等に参加しやすいが
大人の外食より頻繁でそれはそれで大変だ。
男子の集まりでもしっかりプレゼントは持っていくようだ。

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オーガニックファームのアントネッラの息子くんのお誕生日会を
羊が歩けるぐらい広大な土地を持ってる自分チでやるってんで
クラスの男女全員プラスその他大勢分の料理を手伝ってくれという。
いいよ!と一つ返事をしたけどできるかな。

ヘアーバンドとエプロンを持って出動した。
「何をすればいいのかしら?」
「揚げ物よろしくー」
うぅ、フライか。

アントネッラは、手作り料理でプラスチックフリーを目指していた。

ポテトフライのポテトはアントネッラんチの。
アントネッラのポテトは美味しい。
スーパーのと全然違う。私はいつも買わせていただいてる。

皮をむきむきして、マクドナルド風に細くカットしてあげた。
「アナタ、几帳面ね。私はもっと雑だわ。」とアントネッラ。

セミ業務用っぽいフライマシーンで揚げるのだけれど
出来上がりは自分の目で確認しなければいけなかった。

そして次は、FicattoleというPizzaの生地を
食べやすい大きさにカットして揚げる料理だ。

体に良さそうな雑穀ミックスっぽい粉はいい感じに発酵してて
それをちぎっては伸ばしカットして
こちらは鍋の油に放り込んでいった。

これはすぐ揚がるので他のことができない。
ずっと揚げ色をチェックしていなくてはいけない。

あとは中にモッツァレッラが入った冷凍ミニコロッケとか
あったんだけど、けっこうどれも上手に揚がったと思う。

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というのはさ、
春にHACCPの免許の講習で、アクリルアミドという項目があった。

そのアクリルアミドってのは、
原材料に含まれているある特定のアミノ酸と糖類が
揚げる、焼く、焙るなどの高温での加熱(120℃以上)により
化学反応を起こすそうで、体の神経系に
障害が出てしまう可能性があるということなのだそうだ。

そのアクリルアミドが起こりやすい食品に
まさしくもポテトフライやパンをさらに焼くとかに多く
それじゃぁどんなことを目安に料理すればいいのよ!
という答えに、低温で揚げるとか焼くとかの他に
仕上がりの色なんだそうだ。

茶色くならない黄金色のうちに取り出すのがいいんだそう。
でもアクリルアミドの合成ははじまっているそうなので
ほどほどに、ということだった。

現在の食生活でなかなか切り離せない食品たちが多いので
炭水化物系やコーヒーなんかの摂取のし過ぎは
やっぱり控えた方がよさそうという私のまとめだった。

だから、今日の大役フライ係、すごく気をつけた。
ということは、やっぱりHACCP免許は役に立ったのである。

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アントネッラ、いつもはサバサバツンツンしてるのに
やっぱり愛情たっぷり。尽くすところは尽くす!
どんなにギャンギャンいつも怒鳴ってたって
こうやって子どもたちのために一生懸命な姿をみれて
私も見習わなきゃ、とウルッときちゃった。

最後のお誕生日ケーキはアントネッラのお手製よ!
息子くんサッカー好きってんで
Subbuteoみたいなミニフィギュア並べちゃってかわいかった!

19歳のお兄ちゃんもロウソクに火を点けてあげたり
大勢の中、さりげなく家族が集まってる瞬間があって
とっても素敵な家族だった。

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翌日、Vendemmiaヴェンデンミア(ブドウの収穫)の夕食会があった。
グリーンパス持ってないと室内では食べれない。
Pro Vaxのオーナーは収穫中討論になりそうなこともあったけど
寛大に、室外のベランダを予約してくれてた。

ベランダといっても簡易ナイロン窓設置してあって
開いているようで閉まっていてちっとも寒くなかった。
飲食店も設備投資に大変だなぁ。

仲間でも特に気の合うヒッピーみたいな女子は
もうすぐフランスにワゴン車で、ブドウの収穫に行くのだという。
私も行きたかったな。一度は体験してみたい。
次に彼女と会うのが楽しみだ。

仲間たちは、仲間たちだって
外食を控えてきた日々を送ってきたはずだ。
すごく打ち解けてずっと笑ってた。

やっぱり人の顔を見て口の動きを見て
ニコニコしてる表情っていいね。

収穫中オーナーが、周りの農園はみんな派遣をよぶか
収穫マシーンを使って、個人を雇うのって
ウチしかなくなってきたとつぶやいた。
私は、このままでいいんじゃないのかなとつぶやいた。

そして、この夕食会の絶えない笑いの中、ポツリと
「やっぱみんないいやつだ」と言ったのを聞き逃さない。

この日、私と夫の結婚記念日だったけど
楽しかった気持ちを持ち帰ることができて
それはそれで幸せだった。

文句言いながら帰宅するよりは全然いいだろう。

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結婚記念日の翌日私は
私たちが結婚の宣誓をしたレオナルドダヴィンチの生家まで歩いた。
かれこれ21年の時が過ぎても500年の時が過ぎても
ヴィンチ村が見渡せる山道は変わらない。
しかしこの汗ばみが歳を感じた。

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OliveWellness社よりWEBINARのお知らせです。
2021年10月16日(土)日本時間16:00~

前回は、オリーブってどんな植物なの?というお話でした。
花や葉や実の形や大きさや時期
そして見分けにくい品種のことなどお話してくださいました。
今度は、オリーブの栽培と搾油のお話ですって!

もうすぐトスカーナもオリーブの収穫です。
春が寒くて夏が猛暑、初秋は雨が降って膨らんでます。
どんなオリーブオイルになるのか楽しみですね。

それでは、WEBINARの詳細とお申し込みはこちらより。
どうぞたくさんのご参加をお待ちしております。






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宣誓に涙した Le luci d'autunno
夏至に二度目の父の日 la mia cara fattoria
はじまりとおわりそしてはじまり verso autunno




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八月前半の灼熱期間が過ぎ、ちょっと一息ついたころ
あまりにも思春期青少年の夏休み引きこもりをみるにみかねて
鬱憤晴らしに、海へ行くことにした。
いつもの無計画家族、前日の夜に決定。。。

私は灼熱期間に海に行くより
少し落ち着いた気温の日がいい。
すぐ焼けちゃうし、日差しが痛いし
暑くてゆっくりゴロゴロできないからだ。

私たちは、毎年同じビーチに行くので
去年と変わらない海に、もう何日も通っている気分だった。
思春期青少年もそう感じてくれればいいのになぁ。

全く稼働しないお盆を挟んだ2週間でも
きっと人も少ないんじゃないかと
ロングビーチのいっちばん町から離れた端っこへ向かった。
ここだ、ここだ、去年もここの入り口から入った。
半壊した古民家の周りにFicoフィーコ(植・イチジク)が生えてて
田舎者の私たちはパクパク食べた思い出から
フィーコの入り口と呼んでいる。

端っこでも、道路沿いの駐車は青線の有料だ。
ときどき白線のところは無料駐車できるけど
なかなかにタイミングとか運を要する。
有料にしたせいか(数年前は全部無料)一日中いるというより
動きがあるようにおもう。
なんせ1時間1ユーロ。
長期バカンスには痛い金額だ。

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左側は、旗がなびいててとってもシステマチックで
なんだか人が結構いる。
有料ビーチなのかなぁ。

右側は、私たちがよく知っている
まばらに人がいるけれど許せる程度だ。
家族連れがいたり、ワンコがいたり
若くも老いてもカップルがいちゃついている
いたってフツーのイタリアのビーチだ。

夫は人混みのビーチに全く興味ナシ。
わたし用のパラソルを設置して、海をしばらく眺めると
ハーバーの町へランチ調達しに行ってしまった。
それはそれで楽しそうだなぁ。

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ひとまずひと泳ぎすっか。
ちょっと波があった。
イタリアの天気予報用語で mare poco mosso といい
波がないと mare calmo という。

初めてイタリアの海沿いを旅していた時('90年代)
あれはナポリのイスキア島のビーチだった。
私と友、ギャル(当時)二人で手ぶらでゴロゴロしていた。

すると、地元クンっぽい青年が身軽にひと泳ぎしにきた。
しかし、彼はまずビーチに座り
カバンの中からエアービート板を取り出し
膨らましはじめた。

そして、水際で足にピンをつけエアービート板をもって
けっこうな速さで遠くの方まで泳ぎ
ちゃぷちゃぷ浮いてる様子で
またけっこうな速さで移動したり浮いたりして
戻ってきて、帰っていったのである。

私たちは、ずーっとそれを眺めてて
えっ、アレ、いいね!ということで意見が一致し
その日に、イスキア島だったかナポリだったかで
速攻、エアービート板とピンと
ついでにシュノーケルキットも購入した。

それからというもの、ビーチでゴロゴロしてるヒマはない!
エアービート板とピンで人魚のように速く泳ぎちゃぷついたり
ピンさえあれば怖くない!エアービート板ナシで
シュノーケリングしまくり、しまいには潜ってウニ獲りだw
お寿司にのっかてるような巨大なウニではない。
野生のウニだから、中身は小さい。
だから何個も何個も獲っては食べ
潜り獲っては食べるの繰り返しw

体中真っ黒に焼けたギャルたちは
もう愛おしい日本人には見えない。
あれからというもの、ブラジルギャルとよばれていた。

ギャル二人は、ティッレーニア海を南下しシチリアを周り
アドリア海沿いにちょい北上しプーリア州を回って
ブリンディシからギリシャのザキントス島へ渡ったのである。

で、ザキントス島から本島へ渡り、ギリシャの田舎も満喫して
アテネへ到着し、そこから島々へバックパーカーしたのである。

当時、携帯電話もなければSNSもブログもない
カメラだってフィルム時代さ。
その時リアルに興奮と共に書き綴るのもおもしろいだろうが
振り返って、今と重ねて時代を比べるのもまたおもしろい。
この忘れてはいけない貴重な旅ブログも、いつか書き残したい。

ギリシャではついにブラジル風ギャルは
海釣り(港沿い)まで挑戦し
それでも釣れて大はしゃぎした魚を
原始人のように火を起こして焼いて食べたのでありましたw

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そういうわけで、在住することとなり車でビーチに行ける生活
エアービート板から固いビート版にバージョンアップ。

私は浮くこともできるし、多少は平泳ぎで前に進めるけど
泳ぎに自信はない。だから海をなめてはいけない。

そのビート板はライフジャケットのように命の綱だ。
スイスイ泳げない私はあれを持ってるだけで安心する。

そして、波の怖さもなめてはいけない。
夫が波にのまれて溺れかけた記憶はトラウマ化して
思春期青少年にことごとく忠告している。

というわけで、わたし用とボク用、一つずつ持てるよう
キオスクみたいな新聞を売ることがメインの
海沿いのGiornaraioは海遊具がいっぱい売ってるので
車からでも一目で発見できるようにわざとごちゃごちゃ置かれてて
あ!あのビート板ウチのとおんなじだ!
ということで、青少年に行かせると
二色あった内、色まで同じのを選んで買ってきたw

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夫が食糧を抱えて戻ってきた!
パニーニとフルーツを食べて
ようやく夫がビーチでゴロゴロしている間
私は、ビーチを散歩することにした。
これもイタリアではフツーな光景。
思春期青少年はカリカリに日焼けしたいそうだし
こんなとこで母にはもうくっついてこない。ちっ。

ちょっと人混みっぽかった左側は
有料ビーチなのか確認しに行った。
旗は、イタリアの旗、EUの青い旗
そして黄色地にANIMAと書かれた旗。
(anima = soul 肉体的魂と訳すのかしら?この場合)
なんだろう。

わざわざ近くまで行っちゃって、っもう赤裸々に赤面よ!
そこの一角は、公認のヌードビーチだったw
真っ裸の男女がいっぱい。
(ちなみにところはLivorno県のSan Vincenzoを南下した
Parco di Rimiglianoも終わりの辺り。ワオ

イタリアは、全裸を公衆の目に晒すことは禁止されている。
だから、公認の場を設けて密集し露出するのだ。

あぁ、ビックリした。
思春期青少年もばつ悪気に驚いたそうだ。そりゃそうだw

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私たちは、何度もいうけど無計画な家族だ。
悪く言えば、もっとオーガナイズしろよ、ともおもうし
良く言えば、臨機応変とかフレキシブルとかフリーダム
Che sarà sarà!(なるようになれ)

ビーチ沿いのキャンプ場でテント張ってBBQして
静かな朝のビーチを散歩した後、BARでColazioneして...
コロナ禍の前は何度もしたけど
早々にデルタ株の蔓延で今年は控えることに。
思春期青少年ガクーン。

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それならば!
海にちっとも興味のない夫が昼寝の後
再びハーバーの町へ繰り出し
AperiCena(夕飯兼アペリ)の調達を!

PizzaピッツァとFritto Mistoフリット ミスト(魚系フライミックス)を
夫のとびっきり社交性のある性格を発揮して
オススメ店を地元民に聞きまくってw 買ってきてくれた。

思春期青少年には大判振る舞いだ!コカコーラをw
大人は、海辺にはビール。
少しでも野菜を持っていこうと主婦の愛
茹でてある冷凍枝豆と塩を持ってきていた。
暑さでほどよく自然解凍され、よいつまみに。

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タイミングよく夫も調達から戻ってきて
親子三人は、静かで素敵な日暮れの中
ビーチで乾杯することができたのであった。

めでたし、めでたしw

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7月(2019年)の半ばだって過ぎていたのに
ムシムシしたグレーの空で覆われていた。

たった一泊二日だけだったのに
なんだか何泊もしているぐらい
この小さな島を知り尽くしたような気分になった。

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私は、直島を、イタリアの友やイタリアの雑誌や
とにかく日本人からの情報ではない、世界の人たちから知った。
日本にアートな島があると。

母国ニッポンのことを聞かれることがあるけれど
ニュースだって観光地だって
イタリアの田舎に住んでいると
フィレンツェの街だって遠く感じることがあるんだから
母国も遠い国に感じることが多々あり
答えられないことなんてしょっちゅうだ。

それでもここだけは次回絶対に訪れてみたいと
この世界の人がいうアートな島に近づく旅を計画した。

岡山の友を訪ねてワイン&オリーブオイル会をしたり
小豆島でオリーブ関係のアルバイトしたいと妄想したり
結局、旅行と2社オリーブ農園の視察ができたけど
海岸沿いだけではなく奥地も素晴らしそうだということがわかって
また訪れたい場所となり、移住者さんと知り合えたり
そして、直島の次は四国に渡り
フィレンツェシスターズの実家周辺の発見をして
ここでもワイン&オリーブオイル会を開いてもらって
最後に、広島へ渡り、イタリアの中学校で学ぶ戦争について
語り続けていかなくてはいけないその大惨劇を
現地にいって親子で学びたかった。

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直島へ渡ったのは、小豆島から高速船で渡った。
国民宿舎で、直島行き船の情報をキャッチしてもらって
出航する港まで送ってもらった。

シチリアのカラフルな馬車の荷台みたいなのがあったバール付き待合所が
バックパーカーが集まってきそうなユースホステルみたいなところで
均一感のないソファーや家具、散らかった感じが
やたらアットホームで、親近感が湧く待合所だったけれども
誰もいなかった。

待てども待てども乗船客とか船さえの動きもない。
しかし、国民宿舎の方と連絡が取れあっていたみたいで
出航する船は、別の港から出るということで
ぷっくりした小さなオジさんが、言葉数少なく
私たちを迎えに来てくれた。
なんだかイタリアを旅してるっぽくて
体が思い出した感じだった。

ジェット系の高速船だから、船内はバスのように狭く密室だった。
波しぶきが窓にあたって、のんびり感は一切なかった。

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直島の港は、さっそくアート化されており、近代的で
島民しか行き来しないような港とは大違いであった。
私は、伝統的な地元感があるほうが好きなんだけど
建築的にも近代化されていることで
都会っぽいシステマチックな雰囲気は信頼感がある。

イベント付きの長旅なので荷物が結構あった。
本当は、島の真ん中あたりの素敵な宿を
紹介してもらっていたのだが、満室だった。
サイトでみる素敵そうな宿を何軒か連絡したけれども
どれも満室であった。焦った。
素敵とか島中心いう条件を外して、港から1分の宿をとった。

島の宿は、ほぼどこも民泊で
おウチを観光客に貸している感じである。
木造(?)3階建ての最上階のお部屋を与えられたはいいが
昔ながらの階段は急傾斜で、歩幅が狭く危なっかしい。
重たい荷物を、宿を営む若カップルのお兄ちゃんが運んでくれた。

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最上階のお部屋の窓から、直島の屋根が見渡せる。
ほとんどが瓦屋根だ。

共同トイレに行ったり、出かける支度をしていると
イタリア語が聞こえてきた。
少年がいち早く「イタリア人がいる」と耳を欹てている。

交代で少年がトイレに行ったとき
廊下でそのイタリア人と出くわして
少年は「CIAO」と挨拶したらしいw
すると想像通り「アレ?!キミ、イタリア語しゃべれんの?!」となる。

イタリアのどこよー?と大人も興奮している。
ボクはフィレンツェから来てます、とヴィンチの田舎を省いた少年。
わざとトスカーナ風な発音を強調する少年。
そういうところがイタリア魂をもったイタリア生まれの子どもである。

で、その後、私もご挨拶したら
ミラノ在住日本人とミラノ出身イタリア人の建築家たちであった。
ミラノ在住日本人も、すっかりミラノ調アクセントである。
きっとこういう建築関係やデザイン、アート関係者が
世界から集まってくるのだろう。

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宿から1分もしないところに、島唯一のセブンイレブンがあった。
そこで飲料水や簡単なものが買えたのは便利である。

島内散策にレンタル自転車という手段もあったが
とりあえずバスに乗ってみることにした。
あの黄色いパンプキンバスに乗ってみよう!

日本は夏休みにちょうど入ったぐらいだったけど
日本人ではなく、ほぼ全員、中国の若者たちであった。

バスの中は、私たちと同じ顔をした中国の方たちで埋まって
バスの運転手は、シナリオ通りの英語をカタカナで指示していた。
私の日本語に嬉しかったのか
一番前の特等席w運転席の隣に陣とらせていただいた!

バスのオジちゃんに、島は小さいから全然歩けるよ、といわれ
乗り換えとなる地中美術館で降り
その先は、のんびり歩いていくことにした。

地中美術館だけは、オンライン予約のみ入館でき
無計画なアナログ旅人は、せっかくここまできたのに
地中美術館に入ることができなかった...

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親子はジメジメした曇り空の中
点々と存在するアートや美術館に向かって歩いた。

島は起伏があるので上ったり下ったりだ。
自転車では私は無理だったと思う。歩きで十分だ。
ビーチにも立ち寄れるし、自然をじっくり眺めることができる。

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直島は、建築家安藤忠雄氏の作品が立ち並び
ファンにはたまらない。
今こそオリーブを栽培したりしてるけど
そのもっと前は、こんな私も建築系を学んだ身である。
是非とも見学してみたい!

こんな小さな島に、コンクリート打ちっ放しの建物
緑の芝生、その向こうは海。
超ミニマリズムで永遠に続きそうな平面や直線
コンセプト通り、モノにあふれた社会で原点を見つめ
静かに思索する時間と空間と場所は
一瞬、直島にいることを忘れ、すべてがそうであったところ
そうとも思わせるし、直島伝統感のジャングルのような緑が
人工化されたことは、廃墟にならないよう観光を守るべき
そう見守りたくなる気持ちも同時に生まれたりもした。

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誰もいない透き通った海はイタリアの7月では考えられないことだ。
曇りだろうとゴロゴロしている人はいっぱいいるし
泳いでる人だっていっぱいいる。
どちらかというと一年中誰かがビーチにいるイタリア。
ヨーロッパの人だったら、2週間は同じ宿で
同じビーチと同じ道を歩いて、まるで地元民の休暇のように
滞在するだろう。
この島は誰一人そういう目的の旅行者はいないようにみえた。

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その家プロジェクトというアートプロジェクトは
空き家の古民家を改修して作品化させた家々で
ご案内してくれるのは島民たちであった。
誘導している若者もいたし、大人もいたしもっと大人もいた。

上手にリフォームされているので清潔感があった。
しかし、プロジェクト地区以外の住居区には
古民家を飲食店にしたりオシャレに活用されていたりもするが
やはり廃屋もみられ、現実っぽさも垣間見られ
ジャングル化した緑は、放置された時間が計れたものだった。

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親子は、セブンイレブンでビールとジュースと
この辺限定ぽいスナックを買って、漁船が停泊してるハーバーで
アペリティフをした。

私はギリシャでもそうやってビールとつまみをもって
アぺりをしていたことを思い出す。
あ、アペリだけじゃない、バックパーカーは
レストランなんかでご飯食べることは少なかったから
お惣菜を広げて、夕日を眺めながら呑んで伸びてたんだw

少年はいう。
漁船ハーバーでのアペリは思い出深いそうだ。
またあのパターンで旅行したいと何度懇願されたことか。

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直島に、銭湯があった。
そこもアートプロジェクトされているそうなので
男女分かれてひとっ風呂浴びに行った。
愉快な外装とインテリアは、銭湯の主まで愉快にさせるようだ。
弾んだご夫婦にお会いすることができ
一日が楽しく終えることができたとおもう。

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翌日、昨日バスで来たところを歩いて
見きれなかったところをみたけれど
歩いているところは昨日も今日も同じところであった。

これから私も世界の人のように
アートな島に行ったよ!
と建築家たちに伝言していこうとおもう。

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オリーブオイルとオリーブ栽培の専門家たちが立ち上げた
Olive Wellness社のウェビナー≪Olive Wellness社大学≫が毎月
オリーブを通して私たちの生活がウェルネスになるよう
役立つ知識・知恵・情報・価値観をシェアしよう...
なんともありがたやすばらしき趣旨で始まりました。


私は第一回目の「オリーブの剪定」に登壇させていただきました。
なぜかトップバッターがヴィンチより生中継でしたので
オリーブ文化のヴィンチの風景や生活などを
盛りだくさんにお話しさせていただきました。

オリーブの剪定では、トスカーナのオリーブの主な品種
トスカーナの主な収穫方法、トスカーナの樹形の歴史と理由
そしてズバリ枝の数や剪定の目的と順番などを
シンプルに伝えさせていただきました。


第二回の「オリーブの道①」では爽やか若社長様自ら登壇し
コロナ禍前のイスラエル訪問での資料をお見せしながら
まさしくも世界史(もちろんオリーブにまつわる)の授業のように
年表や地図を使ってご説明されており
メソポタミア文明だのローマ帝国だの忘れちゃってた私なんかでも
覚えてられるかは別としてw
とても分かりやすく進行されていたと思います。


次回のテーマは、オリーブのルーツを探る第二弾!
オリーブの道②」
~オリーブは"地中海"から"いよいよ日本"へ~
再び爽やか若社長が登壇されます!
どうぞ、お楽しみに。

Webinar開催日は、8月21日(土)日本時間16時~
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