大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

タグ:散歩

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夫が寝込んでしまった。
寒いと言って丸くなっている。
持病の皮膚病が突然悪化して
痛みと熱を伴うほどの異常振りだった。
皮膚病はなかなか緊急で扱ってくれないが
救急で診察を受けるようたくさんの患者と一緒に並んだ。
せっかく順番が回ってきたが、専門医がいなく
別の病院へ行くよう緊急予約をしてもらった。
パソコンで打たれた緊急予約は自動的に
そちらの病院へ伝わっているのかと思ったら
伝わっていなかった。
しかし、ホームドクターも言ってたけど
追い返すことはしないらしい。
ちょうどお昼近くだったから
待っている患者は少なかったからよかったけど
医師はお昼を返上しているので大急ぎで診察した。
皮膚の状態を診て、飲み薬で治療したいが
血液検査をしないと処方できないという。
それを聞いただけでも強そうな薬だ。
今回は塗り薬だけ処方してもらって次回の診察の予約をした。
血液検査が久しぶりという夫は
なぜか緊張していた。
数値にばらつきがあり
糖尿病を気にしたい数値だったり
お酒も控えた方が良さそうな結果だった。
本人はわかっていて日々を過ごしていたから
随分納得できたようだ。
悪化し始めた日から飲み薬が始まるまで
炎症を抑える煎じ茶やウコンを入れた料理を私は拵えた。
強力な塗り薬なのかだいぶ治まっていった。
煎じ茶生活も気に入ったようだ。
血液検査の数値で処方された飲み薬も強力なはずだから
水をたくさん飲んで、肝臓に負担をかけてはいけない。

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自分に甘かった生活から、突如切り替わった夫に驚いた。
急に変われるもんなんだ・・。
こんなことを言っては何だけど
一度病になったほうがいいのかもしれない。
病は、体からのメッセージだとは思ってたけど
本当に、体を弱らせないと気が付かないもんなんだ。
自分に甘く生き続けて、病にならない方がおかしいんだ。
私だって同じ。
少年だって好きなものばっかりいっぱい食べて。
それからというもの今年初めて手にしたスマフォを片手に
健康食品に関して検索している夫である。
ネットの情報はあまり気にしない方がいいよとはいえ
自ら検索していることは
健康な生活に興味を持ち始めたこととして放っておこう。

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あるSNSに精神科医が説明するアルコール依存症
の話があった。
すると、人に癒やされず生きづらさを抱えた人の
孤独な自己治療で本来は働き者で真面目な人たち、という。
これをみて、まさしくも夫だと思った。
依存症ではないけれど、孤独な自己治療という表現が
自分を甘くさせているのだなと。
夫は、本当に働き者で真面目すぎるぐらいで
私が社長だったらずっと雇いたい人物である。
勤務時間中、自ら積極的に働き
頼まれていないことまでしてしまう。
時間厳守で先に着いていたいタイプ。
イメージのイタリア人とはかけはなれているかもしれない。
でもイタリア人だなと思うことは
コミュニケーション力があることである。
人一倍働いてるのに、おしゃべりもきちんとしているのである。
私からすれば、もうちょっと黙っててもいいよ、と思うけど
イタリア人は、夫のコミュニケーションの阿吽を好む。
私には夫とのコミュニケーションの阿吽が
欠けるのかもしれない。
そこが人に癒やされず生きづらさを抱えているとしたら・・
まずい、私も気をつけなくっちゃ!
イタリア人のコミュニケーション力を学ばないと!!

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そんな丸くなっていた頃、夫の誕生日は丸い満月だった。
もちろん大好物の料理でもてなした。
なんだか普通の日と変わらない時間が過ぎていった。
日常の小さな家族は、明かりを消してバースデーソングを
賑やかに歌う。私と少年の賑やかさがたまに傷らしい。
それでも賑やかなときは賑やかがいい。
いつか賑やかな時代も終わっちゃうよ。

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フィレンツェシスターズもアイルランドから
2つ3つ目的つくって、夫の誕生日頃飛んできてくれた。
私たちは、フィレンツェ時代の友カップルに
みんなで会いに行った。
唯一我が結婚式にいた日本人二人である。
近頃懐かしい人に極力会うことにしている。
私も会いたいし、友たちもそう思っている。
子どもができると子どもを通して知り合うことが多くなるけど
その前の友だちって、好きなことが似たもの同士の友で
それはまたカップルになってからの友とも違う。
共感度が遥かに上回る。
会うと、会ってなかった年数なんて吹っ飛ぶほど
変わってないし、話が尽きない。
人なんてそう簡単に変わらないさ。
夫だって中身はいつだって同じなのである。
ただ甘えたさに孤独な自己治療をあれこれ試みるけど
性格は同じなのである。
いろんなところでよく聞くし見るけど
人の話を聞いて、それいいと思うよ!と背中を押して上げる
そんな友が必要だよねっていうけれど
家族だって親だって同じだと思う。
考えていることを聞いてあげて
好きなことを知ってあげて
やってみたいと思うことに賛成してあげることが
何よりも一番勇気がつくことなんじゃないかとつくづく思う。
共感することが一番の自信に繋がるんだと思う。
鬱て、共感が得られないから閉じこもっちゃうのかもしれない。
それでもなかなか共感できる友ってそう簡単にはできない。
でも家族は、ちょっと姿勢を変えるだけで
共感できる態度や生活はできるかもしれない。
支え合えたらいいな。
人と会って賑やかに日々を過ごすと気分転換になる。
日照時間が短く暗くなりがちだけど
人と会うことが光にも感じる12月
だから外はキラキラと煌々として人が集まるんだと思う。

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数年前よくラジオでかかってた曲でいい歌があった。
きっと今にふさわしい曲かもしれない。



私が友にイタリア語で書いた手紙を夫に添削してもらった。
へんてこりんなイタリア語と超ポジティブで気取った文章に
大笑いし始めた。それをみて私も笑った。
お腹を抱えながら涙が出るほど笑った。
この時私はおバカちゃんでよかったと思った。
久しぶりに二人で笑ったと思う。
「生活スタイル変えてすごくいいよ。」
「うん。起きるときも気持ちよく起きれる。」 そうなんだ。
幸せってさ
お誕生日に突然降って現れるものじゃない。
日々の中の隙間にあることなんだ。
落ち込んだり気がついたり立ち向かったり乗り越えたり
この合間に隠れてる小さな笑みが幸せといえるような気がする。
便利さとかサービスの良さとか経済発展が幸せなんじゃない。
ちょっとした共感が家の人だと幸せに変わるんじゃないかと思った。
丸くなっていた夫は
外へ丸くなり、家族をも丸にさせたような気がする。


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11月もそろそろ終わりのある晴れた日
ヴィンチの丘は黄色く染まり輝いている。
カメラに収めようといつもの散歩より距離を伸ばした。
金色とは呼べないオレンジ色に近いような黄色。
それは日差しのせいだろうか。
雨続きで大地はぬかる。
真っ直ぐ伸びるアスファルトの道を辿った。
道は丘の上を走る。
道から眺める景色は最高だった。
道のある丘から向こうの丘までの傾斜には
黄色に染まったブドウ畑が土地ごとに向きを変えて並んでいる。
ところどころにある動物たちの小さなオアシス
のような森まで黄色く聳え立ち並んでいる。
春よりも夏よりも秋のこの時期が一番
輝いているのではないかと私は思う。
大地から発散するモヤモヤした白い微粒は木々を包み
まるで丘の・・大地の吐息のようにも見え
その静寂は、私の中の無駄なモヤモヤを静かに
見ていれば見ているだけの間、取り払ってくれた。
あっちの丘にも行ってみたい。
しかし、きっとあっちに行ったらこっちが素敵に見えるのだろう。
我が家から眺める景色も最高だが
あの丘に建つ家もいいなんて、この朝の時間思ったりもする。
またまたカメラの中には同じようなシーンの写真で埋まってしまった。
撮っても撮っても景色はそこに鎮座する輝く黄色い丘だった。

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ヴィンチの丘は黄色に老いていくブドウ畑だけではない
年中緑のオリーブ畑も点在する。
これでもオリーブの四季はあるのだが
なかなかそう目に留まる変化はない。
向こうからカタカタカタと音がする。
この束の間の天気にオリーブの収穫をしているようだ。
12月には、晴れが続きそうな晴れマークが見え隠れしている。
この地域の遅熟のオリーブは辛味や苦味の強い品種だから
12月に収穫したって平気よ!と農民は収穫し続けている。
きっと若手の細心派が収穫を急ぐのかもしれない。
季節と時間と共に生きてきた伝統農民は
自然の恵みの有り難さに、実った賜物を見捨てることはしない。

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1ヶ月前収穫が終る頃、早熟品種のきれいなオリーブと
果肉たっぷりの大きい品種のオリーブを、別に収穫した。
それをよく洗って
乾かして
瓶半分ぐらいのオリーブを入れて
塩をたっぷり入れて
毎日シェイクして
塩が溶け出して
2週間ぐらいした頃味見して
あと3日ぐらい伸ばして
苦味が抜け塩味が染み込んだ頃瓶から出して
軽く洗って
またよく乾かして
瓶に詰めて
オリーブの塩漬けが出来上がった。
トスカーナの友のお母様が
ペットボトルでガシャガシャとそんなことをやっていたそうで
なんともまろやかに美味しくできていたことに感動し
こんなに簡単だったら私もできる!と
今年久々にこのレシピで挑戦してみたのである。

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今年の収穫は天候や時間で強制終了させた畑には
いくつかまだオリーブの実がぶら下がっていた。
そんな頃、プーリアの友家族宅に夕食を招待され
トスカーナオリーブオイルvs本場プーリアの話で盛り上がった。
そこでプーリアの友のお母様も似たようなレシピで
オリーブの塩漬けをこしらえていたのである。
さすがプーリア、シェイクの中にハーブを入れるのだそうだ。
友の話を聞いているだけでおいしそうだ。
早速ぶら下がってるオリーブを収穫し
第二弾、ニンニクとローズマリー入りを試すことにした。
お。ハーブ入りの方がつまみらしい。
これはこれからのパーティーシーズンにイケそうである。
シンプルは、ピッツァにのせてもいいし煮込み料理に忍ばせてもいい。
何年か前につくった同じレシピのオリーブの塩漬けは
1ヶ月ぐらい塩に浸かりっ放しで、塩っぱくなってしまい
使うとしたら、煮込み料理で活躍するぐらいだった。
今回気をつけたことは、シェイク期間である。
まろやかに仕上がると、ついつい手が進んでしまうので
これだけでは全然一年持たなさそうだが
なによりも自慢したくこちらへご紹介した次第である。
来年は、焼塩漬けにも挑戦してみようと思う。
どうやらオリーブの苦味は、振るか焼くかで解消できるようである。
まさしくも無添加のオリーブの塩漬け
これをつくらない手はない。

・・・・・・・・・・
☆追記(2020年1月9日):塩漬けが完了したら
瓶に入れオリーブオイルに漬ける。
もしくは、袋やタッパーに入れ冷凍庫で保存。
・・・・・・・・・・


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私と少年は、瀬戸内海に浮かぶ小豆島をめがけた。
私たちは荷物が多い。
ワイン&オリーブオイル会用の荷物が減っても
その隙間を縫うようにお土産が増えていく。
だから最小限の移動手段をいつも考えていた。
岡山駅から一本で行けるバスが出てる新岡山港から
小豆島行のフェリーに乗ることにした。
あれほどフェリーに乗る楽しさを覚えたことはないだろう。
少年も私もはしゃぎまくった。座っていられない。
いつか訪れてみたかった念願の瀬戸内海だ。
まさしくもイメージ通り、海も島々もブルーのグラデーションが
私の視界に広がる。
何度もシャッターを切ったがどれも同じだろう。
ブルーのグラデーションが美しくて
それをカメラに仕舞い込もうとしていたかもしれない。
しかし我に戻って、海の風に身を任せることにした。
あぁ、この景色が毎日見渡せるところに住んでみたいなぁ。

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私は、瀬戸内芸術祭の混雑を避けて小豆島入りしたはずだった。
のんびりだろう島の本当の顔を見てみたかったからである。
しかしそれでも観光客はすでにいた。梅雨の平日でも。
観光客は、どうやら中国人のようである。
フェリーで見かけた日本人らしき人は、小豆島に帰る住人のようで
ポツンと一人で座り、居眠りをしている。
島といっても交通手段がないと移動が難しそうな大きさだ。
トスカーナのエルバ島を想像しながら計画することにした。

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島では大浴場がある国民宿舎に宿泊することにした。
芸術祭の混雑は避けられても、サービスは芸術祭期間のみという
国民宿舎の送迎サービスでは
途中まで地元バスに早速乗らなくてはいけない。
イタリアだったら停留所のアナウンスは無い。
ん十年前、イタリアに一人で初めて到着した日
若き時代の怖いもの知らず精神 «できる!やる!»
言葉もわからないのにバスに乗っちゃって
ぜーんぜん違うところに行っちゃった痛い思い出がある。
だからバスに乗るのは慎重にそして緊張する。
しかしここは我が国ニッポン。言語が通じる。
っもうこれだけで旅はかなり余裕が出る。
時間と場所を確認しまくり、コレだろうバスに乗り込んだ。
観光客慣れしたオリーブバスは
やっぱり停留所ごとにアナウンスしてくれた。ほっ。
こういった島でネットだけで乗り切ることは不可能である。
指定された停留所で降りたら
宿舎に電話で一報しなくてはならない。
旅をするのに、通話ができる携帯電話を持ってて本当に良かった。
電話が可能なだけで客としての信頼度もぐんと増すのである。

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どんなに想像してもブルーのグラデーションイメージしか出てこない。
不便度や便利度、本当の観光ポイントなどの詳細は
やっぱり現地に出向かないとわからないのが旅である。
ハプニングだってつきもので、そこに行けてない可能性だってある。
だから宿舎の予約は素泊まりにしてあった。
食事は、現地の様子で決めたかった。
少年の口の好みに合わなかったら食事が勿体無い
プラス、2度食事のことを考えなくてはいけない。
あぁ、私一人だったらどんなに楽だったことか・・・。(!)
しかし、島と言えども海鮮ばかりではない。
小豆島は、オリーブ牛、オリーブ豚、オリーブ麺とか・・
いろいろ工夫された特産がある。
そして、交通が不便で、夜な夜な歩き回れる所に宿舎はないし
一日の旅の疲れを癒やす大浴場の後とお食事タイムまでの間
地元ビールと地元つまみでのアペリの後、もう動けないw
結局のところ、国民宿舎の食事を毎日予約することになった。
少年もほんのちょっと我が家スタイルの時間が過ごせ
そしてお食事もご飯お代わりジュース飲み放題に大満足していた。
それと男湯一人で泳ぎ放題の大浴場からは少年の鼻歌まで聞こえたw
私が風呂上がり食事の前のビール選びに花を咲かせていることに
宿舎の受付の男性も気がついたようだ。
私に寄ってきて、自分好みのビールを説明してくれた。
翌日、ビールの感想を伝えると次のアドバイスをしてくれる!
小豆島の特産を使って小豆島で造られているまめまめビール。
とっても独特な味がした醤油のもろみを使った黒ビール
受付人オススメの柑橘系の赤いビール
こんなところにも?!米麹とお米を使った金ビール
次はこれが飲みやすいよとアドバイス付の柑橘系すっきりビール
クラフトビールの楽しいところは、バリエーションではないだろうか。
日々の楽しみが増えた。

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それにしても私たちはツイていない。
晴れが多いと言われる瀬戸内に来ているのに雨の毎日。
梅雨だから仕方がない。
雨に濡れてもへっちゃらな格好をして
ジャブジャブ雨の中を歩いた。
そんな雨の小豆島では、蔵めぐりがよいかもしれない。
国民宿舎の無料送迎で最寄り停留所まで連れて行ってもらい
その停留所からバスに乗って行きたいゾーンの入り口で降り
私たちの探索が始まるのである。
オリーブオイルソムリエの友が小豆島へ行くなら是非ココへ!
と薦めてくれた蔵が二つある。
いっぱい軒並ぶ中、そこへどうしても行きたい。

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ひしおの郷さとと呼ばれる塩を加えて発酵させた塩蔵品
醤油や佃煮工場が軒を連ねた一帯があり
建築も明治時代スタイルを残し現役に活躍している。
その一角の裏道に森國酒造がある。
小豆島の米と湧き水を使った島唯一の地酒だそうだ。
これは話を聞いてみたい。
メールでアポをとり、伺うことにした。
酒造の主は、女性であった。
今思うと、私と同じくらいかそうたいして歳の差はないように思う。
森國酒造の歴史、米と湧き水と酒造りの誇り
杜氏とうじや蔵人くらびとなど酒造職人の確保
同じ県でも島民出身ではない地元との交錯
などなど話は尽きずなんだか前から知っている人のようにも思えた。
女将は「どうそ試飲をしていってください」とバーに案内して下さった。
築80年の元佃煮工場を、そこにあった古資材を残しながら
現代風にリノベーションした島とは思えない素敵なバーで
次から次へいろんな種類のお酒を試飲させて頂いた。
どうせならどれもこれもゆっくり試飲したい。
カフェのメニューを注文し超豪華なアペリティフとなった。
このお酒に合う料理を・・と瞑想が広がる。
試飲をしていると、どうしても買いたくなる。
イタリアへ重いのに二本、小豆島の米と水で造られた純米酒と
アルコール度数8度米のモストのような生酒風吟醸酒をチョイス。
雨さえ降ってなかったら、地酒森國酒造さんの後
小豆島の百選級の棚田を見に行きたかった。
そして湧き水も掬って飲んでみたかった。

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近くの山から湯気が立ってるような近い空の大粒の雨の中
バスを待った。小学校が終わった時間のようだ。
黄色い帽子を被った子どもたちがバス停にやってきた。
子どもたちは、観光客に警戒していた。
「お母さん、写真撮るのやめなよ。」と少年も言う。
きっと今までに何かあったのかもしれない。
バスの中は、半分は観光客であった。
子どもたちや地元民の座るところがない。
とても申し訳ない気持ちになった。
芸術祭が始まる頃は、もう夏休みだ。
それまで島の観光とは縁のない子どもたちは辛抱を強いられる。
バスを降りて、そこから歩いた。
二本あった傘の内、百均の二百円傘は壊れ
コンビニで買った超軽量の小さな折りたたみ傘で歩いていると
後ろからクラクションがなった。
あぁこんな細い道を横並びで歩いているからだ・・と
申し訳なく振り向くと、車の中から透明傘を差し出すおばちゃんと
後部座席から覗き込んでいる子どもがいる。
「ホラ、この傘使って!」
「えっ、ど、どうしてですかっ!!」
後ろから車が来ている。
「ありがとうございます!!!」
傘を受け取って、行ってしまった・・・。
私と少年は呆気にとられた。
その透明傘は次に困った人へ渡そうと旅の間大事に使うことにした。
大人の私だって急な親切に驚いたのだから
大人に近づく少年はもっと驚いたようだ。
「なんで傘くれたの?」
親切、知らない人から知らない人へ、旅の話をしながら
次へ歩いた。
つづく。


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Drawn by Y. I.

南房総市の園芸の住み込みアルバイトには寮があった。

作業場と同じ敷地内にある個室プレハブは男子

最近リフォームしたという少し離れた古民家シェアハウスは

女子寮ということで、私はこちらの仲間入りとなった。

食器も布団もタオルも用意してくださり

私は、作業服と長靴と雨合羽を用意すればいいぐらいであった。

カバン一つで行けるのは、大変便利である。

寮があると、住まいのいろんな手続きも省けるし

生活用品が揃っていれば、余分なお金もかからない。

そんなこともここを選んだ一つの理由であった。

自由に働き歩ける、土地を知る、産物に触れ合う

長期では続けにくいことでも

双方にメリットがあるのではないかと思った。

イタリアにも寮付き農業があると季節労働の

移民も私も少数の若者も働きやすくなるのにな。


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そこには仲間との出会いがあった。

どこにいても、私次第かもしれないが、相手次第ということもある。

出会う仲間がウエルカムだと、滞在はやたらと楽しくなる。

私は、絶対に彼らのおかげで、楽しく過ごせたと思っている。

一人でも十分サバイバルに旅気分はできるのだが

笑えることは一人ではできない。

人との触れ合いがあるからこそ

時が満ちていくのではないかと思う。


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私が配属したチームはみんな若かった。

若者たちから仕事を習うのも悪くない。

それは年上を謙遜する社会だからか。

心の中は何を思っているかわからないが

シンプルなテクニックをシンプルな理由をつけて教えてくれる。

きっとこれが私みたいのだったら、ウンチク付きかもしれないw


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シェアハウスの女子はみんな同じチームの子たちだった。

私と同じ短期の子もいた。

早寝早起きの若者もいたし、料理好きもいた。

仕事が終わって、夜な夜なおしゃべりをし続けることもあったし

若者たちはゲームで盛り上がっていることもあった。

同じ短期の子は、高校卒業したてであった。

「えっ、お母さんいくつ?!」

私と歳が同じであった・・。

娘でもおかしくない子と一緒に仕事をしているのか。

娘のような彼女は、これから国家試験を要する職を学びたいから

違う仕事ができるのは今しかないと

夏休みや春休みの長期の休みになると

寮付きアルバイトに出掛けるのだそうだ。

素晴らしい。

しっかりしている。

彼女の食事は、レトルトを使うことなく

見て覚えたというお母さんの手料理を真似して作っていた。

私が18歳の頃なんて・・・

恥ずかしくなった。


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お花屋さんでフラワーアレンジメントをしていたフロリストの彼女は

お花が育つ生産も体験しておきたいと

何から何まで黙々と一生懸命だ。

若いのに人生のスケジュールがあって素晴らしい。


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お酒が飲めないのに晩酌をしている私に付き合ってくれった彼女は

東京で四六時中働き、人間味が薄れかけた頃

空が見えるところで働きたいと節目をつくって転職したそうだ。

これをきっかけに、やりたいことが溢れ出てきたみたい。

今までの生活を変えることはなかなか決心つかない。えらいぞ。

彼女も次なるステップへ走行中。


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時にシェアハウスに遊びに来る大人のような二十歳の女子だって

夢をもっていた。

話を聞いているだけで、応援したくなる。


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気が付くと周りはみな平成生まれの子たちであった。

「私、平成元年です~」

なぬっ、私だけか昭和時代から歩んできた者は。

初めて直撃した話題である。

まず元号で歳の話はしたことがない。

つまり私は昭和の人としか話すことがなかったことになる。

そしてイタリアに移住してからというもの物事は西暦で流れていた。

私には新鮮だった。

急に平成と昭和の違いを考えてしまった。

そういえば、私の息子も平成生まれだ。

しかし、西暦でしか言ったことも見たこともなかったので

息子が平成何年生まれか知らなかったのであるww


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来日していることもあって私には選挙の投票権があった。

しかし、日本の政治情報や関心はイタリアにいるとなかなかない。

まず現在の日本の世論の動向がよくわかっていない。

私は平成の若者たちと日本の政治や社会について話したかった。

何時間でも話している討論好きイタリア国民と暮らしていると

そんな話題は当たり前だと思っていた。

しかし平成の若者たちは

政治の話や投票に関して話したがらなかった。

むしろ驚かれてしまったぐらいだ。

「投票の話はタブーです。」


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時に向こうの寮の男子も遊びに来た。

チームが同じだから日中パーティ企画の話で盛り上がる。

同じような格好をした兄弟のような彼らは

ベトナムからの交換留学生であった。

労働しながら日本語を学ぶ組織から派遣されてきたようである。

片言も日本語が話せない状態で、日本に来たそうだ。

日本語でコミュニケーションができないだけで

仕事はできる。スピーディでパーフェクト。

体の中で一つできない操作があると

同じ体のできることが発揮する仕組みになっていると私は信じているが

まさしくもそれで、彼らの感はコミュニケーション以上だったように思う。

さらに、彼らの国は、早くから親を手伝ったり働いたりするようで

それもてつだって機敏さと機転の利き方が

イタリアにも日本にもなく、新鮮で彼らが輝いて見えた。


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娘のような仲間たちに、現地の住人から頂いた畑のトマトで

トマトソースのパスタをつくってあげたことがある。

トマトからソースをつくったことがない!と喜んで食べていた娘たち。

田舎の特権、近所の牛屋さんで生牛乳をゲットし

リコッタチーズ(生チーズ)をつくって

私が持っていった自慢のオリーブオイルでつまんだ。

きゃ~東京のレストランみたい!と喜んだ。

そんなチームの若者たちと餃子パーティをしたり

ベトナム兄弟(と呼んだ)が奮ったベトナム料理をご馳走になったり

トランプしたり、ゲームしたり、イラスト描いたり。

まるで時代がスリップしたかのように楽しかった。

あの若かれし頃の無意味っぽい時間の過ごし方。

いいじゃないか、ほんの少しだったら

無意味な時間っぽくったって。

その無意味な時間の中で笑えばいい。

そんな風に私は彼らと平成の若者風にすましていた。


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別れ際、彼らは私にずっと手を振りながら見送ってくれた。

いつも私が手を振って見送る側だったのに

今回は私が去るのか。

出会いと別れのある職場できっと学ぶことはいっぱいあるであろう。

彼らの未来に心から乾杯だ。

人生の楽しい一瞬をありがとう。

ワタシの似顔絵笑ってる!



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輝く花 i fiori

上、下、右、左、すれ違い Metropoli

友たちよ un tocco di giappone



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私は外出中歩くのが好きだ。

ただただ好奇心旺盛だからである。

歩けば上から下、右、左

よく見れて立ち止まることもできれば写真も撮れる。

自転車だとそれがなかなかできないから

他と同じ移動手段用の乗り物にしかすぎない。

少年も小さい頃からずっと歩いてきたから

車でピャッと行っちゃうより、歩いていこうよと提案してくれる。

節約もそうだけど、エコだから、できるときは大いに歩けばいい。


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だから歩いた。


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東京に泊まるにはどこがいいか。

いろいろ探した。ホテルもカプセルもシェアハウスも。

ワイン&オリーブオイル会用のグッズはたまた旅行帰りのお土産で

重い中型スーツケースを引っ張って歩く私は

主要駅から徒歩5分以内がいいに決まってる。

しかし、安くて安全で便利な都合のいいホテルはなかなかない。

最も行くであろう街から遠いところに宿泊先があっても

交通費がかかってしまうのは賢くない。

乗り継ぎが多くなるようなところに泊まるのも

駅構内の徒歩でエネルギーを消耗してしまう。

コインロッカーを使わずに荷物を預かってくれて

高速バスを利用することが多いならば

新宿バスタ(新宿駅南口)付近に

ホテルを探すのが私にはベストであった。


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あった。


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一本奥にある30年来のクラシックスタイルの旅館から

少年の目的地、渋谷まで明治神宮・原宿を通って歩いて行った。

懐かしいな。青春時代よくショッピングしに来た街だ。

少年もそのうちそうなるのかな。

何しろ若者の街だから、若者が多かった。

世代交代を感じた。

写真を撮ることが恥ずかしくなった。

今より昔を撮りたくなった。

ん十年も経った今、新鮮さがちょっと似ていた。

今写真を撮ると、昔の私が飛び出してきそうだった。

表参道の脇道を通うホンモノの青春クンからいうと

私なんかまだ若い方なんだそう。

もっともっと年上のイケオバとかイケオジってのがいて

歩いてるとめちゃカッコイイんだそう。

そうか。もうしばらく通えそうだな、大地の住人。


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私は表参道の脇道にある青春クンが通うヘアサロンでカットをした。

ファッションの街原宿だぜ!

すごく期待していったのだが、私の要望に合う髪型は

この機能的ないつものスタイルということに留まってしまった。

私のナチュラル剥き出しのハクハツカラーは

ファッションの街に違和感がないのかもしれない。

そうよ、ナチュラルカラーが私流ファッションなんだから。

サロンで見習う青年たちは

コミュニケーション力も見習い中のようだった。

オリーブオイルのことを積極的に聞いていた。

古着のリメイクジャージファッションが流行っていることを話してくれた。

私も若い頃はこうだったのかな。


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少年は、渋谷のスクランブル交差点に行きたがった。

これだ。

外国人がつくるニッポンプレゼンムービーに登場する交差点。

少年みたいにムービーで撮ってる人がいっぱいいた。

交差点を見渡せるSTARBUCKSは列をつくり

Fの特等席には順番待ちもしくは

座席中の他人の頭上で撮影が行われている状態だった。

確かに眺めていると小さな人間の粒が集まって突進して交差して

ミニチュアフィギュアのようでおもしろい。

人生のすれ違いを学んでいるかのようだった。

私は、この交差点の目に飛び込む大型ビジョンで

昭和天皇の訃報を知った。

黙祷しながら信号を何回か見送ったことを覚えている。



渋谷も原宿も新宿も六本木も銀座も

入るどの飲食店には満席なくらい人がいっぱいいた。


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六本木にあるコレクションを持たない国立新美術館

The National Art of Center, Tokyoに行った。

黒川紀章氏設計のカーブしたたガラスの積み重ねのエントランス

そしてロビーの吹き抜けはリッチな気分にさせる。

この開放感は、少年からすると手の届かない遊び場のようだ。

飛び跳ねても何も届かない。

エレベーターを往復し、空間を満喫していた。

ロビー脇にある北欧スタイルの椅子が並んでいる。

シンプルデザイン北欧家具好きにはたまらない。

サイズが贅沢なデザインは、リラックスからあえて遊び心が生まれる。

ウェグナーのシェルチェアーに座れるだけでもう満足。

私たちは9月2日までやっているフランス人アーティスト

クリスチャン・ボルタンスキーの回顧展Lifetimeに訪れた。

集団、個、死、宗教、社会、想像、思考、遊び心、空間、表現

少年にも何か伝わったのではないだろうか

空間アートはおもしろい。


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私たちは、国立新美術館を見下ろすように

六本木ヒルズの展望台に上った。

あ、新宿都庁だ。前回あそこに上ったんだよ。

次回は東京タワー。その次はスカイツリーに上ろう。

大きい青山霊園をはじめ

ポツポツお墓付きの寺が街にあるのが妙な光景に感じた。

イタリアの教会みたいなものなんだろうけど

無機質な人工の街に祖先様の居所が不自然に思えた。

見渡す限り大小のビル。

こんなところにも住んでいるのか、真下には六本木高等学校。

ナポリのスパッカナポリのように道で街が真っ二つに別れている。

高速が街の上をくねくね通っている。

まるで未来都市みたいで

車が宙に浮いて移動しているように見えた。


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ヴィンチの丘から見渡す景色は

人工の街ではなく人工の畑だ。

ビルが木々一本一本のようだ。

東京はどんよりスモッグらしき層で街は覆われていた。

田舎は、覆われることなく天気に左右される。

ヴィンチは雨が2ヶ月降ってないそうで、カラカラしている。

どこかで雨が降っているだろう空気は流れているのに。

今日の夕日はまるで日の丸のようだった。




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