大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

タグ:Inverno

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雨の日、二本立てで日本の映画をモニター越しで観ることにした。

オンライン日本映画祭というものが海外在住者向けに
無料で期間限定で観れるとのことだが、国が限定されており
シスターのいるアイルランドでは観れなかった。

我が家は、コロナ禍のロックダウン中
少年のリモート授業の必要性から
やっとその時から、無制限ファイバーWIFIを導入した。
リモート授業にあわせて、PCまで購入したんだ。
約2年前とかである。最近の話だ。

それまではSIMのデザリングから月々に使えるGBを気にしながら
思う存分WIFIライフはしていなかった。
必要性も感じていなかった。

しかし、無制限ファイバーWIFIが我が家に登場してからというもの
家族は各々に過ごすことになる。わけだ。
ますますバラバラに行動し、客観的にみると寂しいものだ。

思春期青少年に日本映画祭のことをいうと
期間限定で時間があわない、時間がないとのことで
うーん...という返事だった。

だから、誰もいない日、そう、雨の日の午前中に
私だって余裕のある時間はない、どちらかというと急いで
「南極料理人」と「羅生門」を観たのである。

なかなか映画を観る機会もなかったし
そういうわけでネットで映像を観る習慣もなかっただけに
古い映画でも新鮮だった。

ここに残したいぐらいだから観て良かった映画たちだ。

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羅生門の方は、モノクロ映像だけれども
私は写真でもモノクロに撮るのが好きなだけにイメージが湧いた。

モノクロにすると時代感が薄れるような気がする。
今のような、昔のような。
時代が交錯することで、≪人生とは常にある≫ことを強く感じ
モノや環境に関係なく≪生き様≫を感じるのが
モノクロの特徴のような気がする。

ニュースで、ウクライナとロシアの戦争が勃発するかもと
ウクライナ民が避難している映像が日々流れている。

2022年にもなって本当に戦争なんて起きちゃうの???
100年前と同じことしちゃうの?
中学三年生だった少年の学習発表は、戦争と暴力がテーマだったよ。

ウクライナ民が列車に乗り込む映像がモノクロにみえる。
子どもとクマちゃんのぬいぐるみがモノクロにみえる。
現地に残ってインタビューを受けている歯っ欠けのおじいちゃんが
モノクロにみえる。

イタリアは、ロシアからのガスが値上がりして
電気も値上がりして、ガソリンも値上がりして
流通や原動に付随する食品だって値上がりして
コロナで仕事の量は少ないのに職探しは困難で

そういう痛みを感じる家族とそうでない家族に分断されるイタリアだが
いいことがあっても浮かれきれない私たちの生活は
目の前の太陽の光にやっぱり癒されるのである。

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雨の後、私はブドウ畑で、枝を縛る作業を黙々としている。
ひとりぽっちだ。
壊れたラジオは、都合よくかかって都合よく消す。

まるで囚人のように足に重しをつけている泥まみれの私は滑稽だ。
でもゴム靴を履いて汚れる覚悟をすれば
子どもが水たまりにボチャンと入るように
汚れることも泥が重しになってもへっちゃらになるのである。

黒っぽい枝とグレーの空と茶色い土は
緑肥のソラマメまでなんだか色味を忘れてしまう。

それでも赤いテントウムシは遠目でも見つけるんだ。
なんかいいことあるかな。



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畑でめぐる壊れたラジオ musica in testa



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Proiettarsi

先日、衝撃的なニュースを知って
また涙で視界が ぼやけてしまった。

まだ18歳になりたての高校生が
授業の一環の研修先で
事故で亡くなってしまったというのだ。

ここ連日、労働安全第一とデモが続いた。

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イタリアの学校の仕組みは
小学校五年制・中学校三年制が義務教育で
ぞれ以降は日本とかなり違う、と私は思う。

自分の息子が関係するまで、よくわからなかった。

今でもメリットデメリットはよくわからないが
成長した息子自身の調査や選択と運に任せたいと
都合よく頼っている。

もしくは...進路に関して頼りない母ちゃんでごめん。
こっちの学校システムや環境に経験がない。
アドバイスできることは人生の大まかなことしか言えない。。

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中学を卒業すれば、そこは日本同様に、何かしらに進学する。

未成年(18歳未満)の就労を会社や社会は
よい受け入れ体制ではないのが現実であるイタリアだ。

ブドウの収穫でさえ、18歳未満は渋って結局雇わない。

実際の詳しい中卒の未成年就労はよくわからないが
一般的に進学する道としては
大学へ進学することを第一に目的とした
五年制普通校っぽい国立高校(Liceo)に
理数系(Scentifico)・語学系(Linguistico)・古典系(Classico)
芸術系(Artistico)・音楽系(Musicale)に分かれる。

それとは別に、高専的な多種多様の商業系(Istituto)は
こちらも国立五年制のあとは就職を目的に
一般教育から専門分野までみっちり教わる。
(情報・IT系、経済・マーケティング系、観光系、電気系、
メカ系、飲食・サービス系、医療・介護系、ファッション系
農業系、さらなる専門分野はいっぱいあり過ぎて
ここに書ききれない。)

資格なんかも在校中に取得できて便利な進路方法である。

日本のように普通高校に行くことが一般的な風習だったあの頃
無駄で無駄で仕方ないと思ったほどだった私は
この多種多様システムは羨ましいと思った。

なぜなら入学試験がなく自由に学びたいことを選べるのである。

確かに、入学する14歳のホヤホヤ青少年
が自分の将来など想像つかない中
なんとなくの選択で学ぶのもなかなか気持ちが入れられないだろうが
あとはもう出会いとか運であると私は思う。

5年間ある内の2年間は一般教養とざっと専門分野入門
3年目から本格的に専門的に学科を決定する。

もしくは、1年目や2年目で学校までも変えられる。

難関試験でやっとの思いで入学する日本の学校への想いとは異なるし
入学試験に対する思入れも全くない。

だからイタリア(だけではないだろうが)の14歳と日本の14歳では
なんかどっか一風違うように見えるのは、私だけであろうか。

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専門分野で学んだ子たちは、その道にどんどん進んでいく。
世界的に通用するような専門分野は、世界にまですぐ羽ばたいてしまう。

もし進路を変更したくても大学に進学という手もあるし
専門分野を大人になってから変えようと思ったら
若者に向けた無料養成講座もヨーロッパ基金で州がオーガナイズしている。

新しいことを学ぶチャンスはたくさんあって頼もしいが
なかなか就職できなかったり、続けられないこともあったりするのが
イタリア社会の欠点である。

そして、日本のように未経験者歓迎のような軽いアルバイトはほぼない。
ほとんどは、スキルを求められる。

税金が高い国イタリアは、労働者は給料が低く
会社は税金の負担が高い。

卒業したての若者に限った見習い期間(Tirocinio)には
低賃金でもOKという法律は、会社としてはつかわない手はない。

つまり、安く見習いかスキルのある経験者を求められるのである。

もしくは、まだまだ根強く続いている脱税国イタリア
保障せず雇う方法は、個人や小さな会社に多い。
大人がそういうことをやっているから
知らずといつまでたっても継承し続けるのである。。。
だいぶ厳しくなって減ってきているとはいえども。

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その研修中に事故で亡くなってしまった18歳の高校生は
建設物の鉄骨をつくる鉄工所で
その鉄鋼が彼に落ちてきて一撃したそうなのだ。

研修(Stage)の最後の日で、翌月曜日には学校に行って
研修結果を発表することになっていたそうだ。

怒りの学生デモは、彼はまだ学生で労働者ではない!
という言い分であった。親のような大人たちも参加していた。

14歳の子の母親である私としては
どの子の母親になった気持ちで
どの話題にも他人事とは思えないのである。

被害にあった場合も犯罪した場合も
いつもいつも世の中のどこかで
苦しむ人がいてそうさせる社会があることを
考えさせられてしまうのである。

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私は、右腕を痛めてしまった。
ただの五十肩ではなさそうだ。
頸肩腕障害(Tendinite al braccio)であろう。
今年のオリーブの剪定は、夫に手伝ってもらうだろう。
私が嫌いな、炎症と痛みを抑える薬をのんでいる。

以前は右肘を痛めて抗生物質の注射を2回もした。
上腕腱鞘炎(Epicondilite)というものだった。

夫は体力仕事をいつもして
腰が痛いとか腕が痛いとかいつも言っている。
でも薬をのみたがらない。
我慢している。

私や思春期青少年が痛みを訴えると
「オレも痛い」と返ってくるからいやだ。

隣のブドウ畑の主もそのまた隣の主も腰が痛いんだそうだ。
彼らは、痛み止めをのんでブドウの剪定をしている。
「それしか方法はない」と言う。

その夫の体力仕事先の仲間も腰が痛いと言っている。
あまりにもひどく検査をしたら
いくつものヘルニアで腰は侵されていたそうだ。
派遣先の会社からは「腰が痛い奴はつかえない」
ということを聞いてしまったそうだ。

痛みをとるためには何日も何週間も何ヶ月も休まなくてはいけない。
休んでいると仕事がなくなる恐れもあれば
体がついていかなくなってしまうかもしれない。

政府はコロナ禍もあって、SmartWorkingを推奨するけれど
生産する職業や生産を循環にさせるための諸々の職業の人たちは
脳も必要だけれどカラダが資本なのだ。

パソコンだけではモノはつくれない。
やっぱりヒトの手と体力なのだ。

手と体力をつかってきた人間が
腕が痛い腰が痛いといって
急にSmartWorkingとはいかない。

事故が起こるからといってSmartWorkingにすることはできない。

そこへ向かっていた青年の訃報は
カラダを資本としている大人は無念で悔しくて仕方がない。

それでなくても労働先の事故死のニュース(特に若者)は
毎度毎度全国ネットで報道される。
私はどんな状況でも他人事ではないはずだし
企業は絶対に労働者への環境は軽視してはいけないと思う。
(2022年1月31日付ニュースでは1220人の方たちが仕事で亡くなっているそうだ。)

私が知った農業の世界もよりよくなることを願っている。



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1月の半ばになると、SNSで阪神大震災の追悼が流れ
毎年毎年、当時のことを体で思い出す。

私はあの日、フィレンツェのシェアハウスに到着した日だった。
大家さんは「アナタ日本人よね?!アナタの国凄いことになってるわよ!」
と、イタリア時間ではお昼頃の国営放送で
私と大家さんと大家さんの旦那さん、確か三人で
キッチンにある小さなテレビに唖然と立ち尽くし
私は身震いがして体がさーっと冷たくなったことを
本当に体で覚えている。

日本に連絡したくても、イタリアに着いたばっかりで
言葉はもちろん土地も何も全くわからない。
スマフォなんてものは当時ないし、ネットもない。

早急に連絡するとしたら、街角の電話ボックスからだ。
確か専用のコインが必要だったような気がするし
もしくは、テレフォンカードだった。
国際電話なんてものすごく高かったし
コレクトコールだったか支払いは着信者でも家族でなければ失礼だ。

私は地球の反対側でおどおど何もできず、ただただ窓から見えた
サンタクローチェ教会の十字架を眺めるしかなかった。

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そのシェアハウスに到着する前日の夜
私は乗り継いでフィレンツェ空港に着いた。

小さい空港と灯りと、さっさと人が去っていく感じを覚えている。

ずっとオロオロと空港に長居してはいけないのか、とか
あのオレンジ色のバスは街との連結バスなのであろうと勝手に解釈して
閑散としたその市営バスに乗り込んだ。

怖いもの知らずとはこのことだと永遠に忘れられない。

空港から離れていくと、だんだん人が乗ってきた。
どこがセンターかもわからない、どこが終点かもわからない。

さっきまで人が乗り込んできていたのに
だんだんまた人の気配が少なくなっていく。

そこでようやく不安になって、横にいた乗客にイタリア語で質問した。
ラジオ講座で独学したなんちゃってイタリア語である。

「え?!とっくにセンターは過ぎたよ!今シエナ方面に向かってるよ。」
と、日本語にすんなり変換されたことをよく覚えている。
きっと「ノーセンター、アッチ、シエナ!」

一方通行の多いイタリアの街中は
向かい側に戻るバス停があるとは限らない。

もう自分がどこにいるかわからなくなってしまって
時間が夕飯時に入ったのであろう、道行く人がいない。

どうしよう。。。

出発前に泣き別れしたおばちゃんが
「困ったときにでも使いなさい」と私にくれたお金を思い出した。
生活費に使いたかったけれど、困った≪今≫に使うことにした。

なかなか現れなかった神様のように思えた通りがかりの人に
ここから一番近いホテルの場所を教えてもらった。
イタリア語で「アッチ!30プン、アルク」www

もう一人のおばちゃんの赤いチェックの布製スーツケースは
古いタイプで、真っ直ぐ進んでくれなかった。
汗をかいてジャケットを脱いで歩いた。

あとで知ると、南フィレンツェ方面のアルノ川沿いを
とぼとぼ歩いていた様子だ。
ちっともシエナなんかではなかったけれど
観光客にはフィレンツェ・シエナ・ピサなどの観光地
トスカーナキーワードを並べてくれたのであろう。

ホテルにはどうやら辿り着いた。
ホテルが開いててよかった。そんなことまでホッとした。

なんにもわからない外に出たくない。
日本から持ってきたお菓子をつまんで寝入った。

翌朝、カウンターのお兄ちゃんに小梅ちゃんの飴をあげて
タクシーを呼んでもらった。
シェアハウスまでタクシーであっという間に行ったのだった。

そのシェアハウスで、その被災を知ったのだった。

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あれから27年という月日が経ち
今出会うイタリアの子たちの中で
私がフィレンツェに降り立った27年前にはまだ
生まれてなかった子たちと出会うようになって、はっとする。

時間はどんどん過ぎて歳だって追っていることなんかわかっているけど
この27年間私はいったい何をしていたんだ
と振り返ってしまうことと
この子たちのこれからってどう生きていくんだろう
と自分と重ねたり、いや、もっと楽しいはずだ!と羨ましくなったりもする。

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ついこの間まで、我が少年は私の胸ぐらいの背丈だったのに
いつの間にか、私が思春期青少年の胸あたりの背丈にいる。。

雨降りの朝、思春期青少年を乗り継ぎのある隣村のバス停まで送った。
バス停があるBARの屋根の下で雨宿りしている青少年たちは
まるで制服のように同じような格好で
黒いスウェットパンツにパーカーの上には黒いダウンジャケット
白地に黒マークのNike Air Force 1を履いて
みんな手をポッケに突っ込んで、一列にこっちを向いている。

幼稚園の頃から一緒だったお友だちも
わる風に背伸びして尖った感をみせている。

大人からするとおかしいんだけど
いちいち私もあんなんだったのかなと笑っちゃう。

ツルツルスベスベだった肌にボツボツニキビができて
思春期だけのせいではない、食生活のせいだよといっても
それでも不規則な生活をして、反抗的な態度をみせる。

大人からするとおかしいんだけど
いちいち私もあんなんだったのかなと笑っちゃう。

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怖いもの知らずだった私はだんだん怖がりになっちゃったけど
これからの私は怖がりなのに、昨日までのことは笑えちゃう。

だから私はフィレンツェに降り立った日のことを忘れられないのだ。



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私は今まで生きてきて学んだことがある。

それは、話すタイミングがあるということだ。

それと、記憶って都合よく忘れたり覚えていたりするということ。

話すタイミングって、今話した方がいいときもあれば
時間を置いて気持ちが落ち着いた時に話した方がいいときもある。

今話さなければいけないときは、全部言ってやろうと緊張し興奮する。

時間を置いて話したいときは、あのピリっとした生の感情が消えている。
フシギだ。
あんなに感情が高ぶっていたのに、ない、ないない。
むしろあの感情を繰り返さないように
話の流れを高ぶらない温和ムードへリードしている。
フシギだ。
時間が解決してくれるとは、こんなことにも使われるのか。

もう二度とこの場はないだろうときは、今言った方がいいだろう。
でも、また会うのなら
できたら平和に過ごせたらいいに決まっているのである。

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ある日、友と話している内に、空気が濁ってきた。

空気を読むのは、日本人だけの得意技ではない。
イタリア人だってナニ人だって誰でも空気は読める。

その空気の中、今言っておこうと決めるか
また今度落ち着いたらでもいいよねと感情を抑えて
フレキシブルに平和を保つか、性格なんだとおもう。

やっぱり空気が濁っているときの口調は荒立たしい。
感情のまま、あれもこれも言ったけれど
どんなに言葉を選んでも、感情が声や口調に出てしまう。

その荒立つ自分は、やっぱり好きではない。

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弁護するようにその友の側近からの電話だったので
濁った空気の中の当の本人ではなかった。

だから、みんなで話し合いをしようと提案した。

チャットやメールや電話でもなく、顔を向き合わせて話すのだ。

そして、クリスマス休暇の後にしよう、と。

わだかまりで休暇を過ごすことになるのかと思いきや
1日2日で日々の暮らしで手一杯となり
あの時の荒立った興奮した自分なんてあっという間に消えていった。

こうやってすぐに時間が助けてくれるけど
忘れられちゃう自分の記憶の許容範囲が少ないことにも救われた。

その間に、気持ちも落ちつけられたし、別で相談もできたし
話し合うことを考えられたし、未来の提案も用意ができた。

私は、こうやって書いて表現することが好きだけれど
文章だけで伝わることって100%ではないことは
これまた自分の人生の一つの学びである。

表情とか口調とか声とか感情とか、しぐさとか視線とか。

会話のスピードや空気とか尊重とか。

日常のじつは他愛もないことなのだけれど
対面とはとても大切なんだということ

書くときのメリットもあればデメリットもあって
対面のメリットはデメリットを超えるようでもあるとおもう。

それを教えてくれたのが、イタリア人夫である。
「会って分かり合え」

野性的に本能で動く彼をみていると
もちろん現代についていけてないデメリットもあるけれど
じつは、本来ヒトの本質なのではないかと
いつもケンカばかりしていても彼のいいところは認める。

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話し合いの日、ドキドキしたけれど
みんながドキドキしてくれていたのか
尊重し合って和解できた。

友や友の側近の性格にもよるであろう。

空気が濁っても、言い合える仲になるとは
むしろ嬉しいじゃないか。

新たに友としての関係が生まれた感じで新鮮だ。
なぜなら、もう私たちは
空気が濁ったときの対応を知っているからである。

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思春期青少年は気分の変化が激しい。ようにおもう。

腹立だしいときもあれば、大きな犬のように愛おしいときもある。
がり勉クンっぽい姿を一瞬みせることもあれば
その他はずっと引きこもりという言葉にピッタリの生活をしている。
不良っぽく振る舞うことがほとんどだけど
自惚れスポーツマンでやる気満々のときもある。。

思春期男子との空気はどう読めばいいのか
大人の友との場合とはまた一味違う。

でも共通していることは
やっぱり時間を設けることにあるようなのである。

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ときどき今までも、ボソッと告白してくれるときはたいてい
そんな会話をしていないとき、突然言ってくる。

こっちには聞く気もなければヒマもないその突然の間
隙とかでも空気とかでもなんでもない無頓着な間
そういうときに何故か試してくるのである。

そこで「あぁ、時間無いから後で!」というと
もう話してこない。次、開口する日はいつであろう。

その試された間「ヨシ、聞いたろうじゃないか!」と耳を傾けた。
「黙って聞いてね」とか「意見しないでね」とか
条件をつけてモジモジしているけど、約束通り黙って聞いて
自分が話したかったことが言えた瞬間
「え、怒らないの?」とか「え、お母さんも?」と安心して
「あぁぁ、言えてスッキリしたー。」と喜んでいる。

言うだけでスッキリするなんて!

そうなのだ、話すタイミングに話せられれば
私たちはヒトは、ストレスが一つ減るのである。

そのタイミングは、今すぐかもしれない
もしかするとすんごい時間がかかるかもしれない。

私はどんなに時間がかかっても
もしかしたらそれで距離を縮められるのならば
待つことは苦ではないとおもった。

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いつの間にか12月だった。
早く時が過ぎ去ってしまうのに
早く時が過ぎ去ってほしいとも思った。

私のその早く過ぎ去ってしまう一日の楽しみは
毎日、早い時間の日が沈む時間であった。

さっき思春期青少年が帰宅してから間もないのに
早々に一日を閉めようと、日が沈んでいく。
ちょっと待って! そのまま光を放って!

青少年はその、日が沈むころ
リラックタイムで引きこもりタイムとなる。
だから、この無のような清い空を見届けて
一日が終わることはない。
残念だけど、彼の人生は長いので急がせない。

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 思春期青少年は9月から高校生だ。
早起き、学校が遠い、帰宅が遅い
クラスがおとなしい、先生がイヤだ、などなどなどなど
ずーっと文句言ってはすねていた。

が、早朝も午後も慣れてきた様子だ。

先生がイヤだ!と言いつつも
良い成績が取れば、振り返りながら喜んで
私に報告しに来る。
中学生の頃、成績が悪かった数学も
クラスのトップ5になったりして
自分で自分に驚いて自惚れているw

お友だちが別のクラスにできたそうだ。
そのお友だちはサッカークラブが同じなんだそうだ。
クラブでもぐっと仲良しになったそうだ。
目が合っただけで、笑っちゃうんだそうだw
先日サッカークラブの忘年会で、深夜に帰宅した。
スーパーグリーンパスの出現で全員参加とはいかないが
少しでも一緒にいられる時間ができるのなら
それはそれで母心が温まる。

新しい生活に慣れてきて
新しい友だちができて
ちょっと成績がいいときが増えて
楽しそうにみえるんだけど
私がその幸せを分けてほしくって
あぁもしかすると私が私の時代にタイムスリップしたいから
根掘り葉掘り聞くもんで
うるせぇぇ!と邪険にされ、余計に口をつぐむ。

それとさ、悪い言葉使いがまぁ目立つ。どうやら
人気ゲーム実況ユーチューバーの真似をしているようだ。
そのユーチューバーに、やめてぇと親が嘆きたい
が、そういうハラハライライラさせて
親が入らない世界が彼の逃げ場なんだろうな
と、自分が思春期だった頃の記憶を振り絞って
フレキシブルに接しようと試みはするが
そううまくはいかない、ぶちギレる時はぶちギレる。

世の中のせいにもしたくなるけど
自分たちの能力のせいにした途端、落ち込む。
お互いがお互いのせいにし合って
ぎゃんぎゃん家族三人でケンカしても
翌朝、静かに「6時だよ」と起こし合って
真っ暗なヴィンチ村の入り口まで送っていく。
帰りは、バスの便が少なく隣村まで迎えに行き
思春期青少年の1時間をつくってあげる。
その1時間を無駄使いしているようにしかみえないが
無駄に気づくには急いではいけない...。

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だから私は今、時間が早く進んでほしいとおもっている。
早く気がついて!とか、早く成長して!とか
早くコロナ終わって!とか、早くお給料日きて!とかw

そうだ、師走は夫の誕生月だ。
浮かない時期だけれども、乾杯する目的があったじゃないか。
そんな日ぐらいは穏やかに過ごそう。
ご近所さんに頂いたFagianoファジャーノ(野鳥;キジ)を
in umidoインヌーミド(赤ワインとちょっとトマトで煮込む)で囲んだ。
(こういうジビエの煮込みに黒オリーブの塩漬けを使う。)

我が家の灯りは、ひっそりヴィンチの丘に灯している。

向こうの丘の窓の灯りにも
家族というドラマや物語があるんだろうな。

フィレンツェの冬を過ごしていたその昔
狭い空を囲むパラッツォ(建物)の窓の灯りを眺めながら
いろんな家庭のいろんな人生を想像したっけ。
絶対に涙だってあるはずだし笑いだってあるはずだって。
20代の頃もフィレンツェでそんな風におもった師走
今もヴィンチの丘でそんな風におもう師走であった。

冬至だから、窓の灯りが長い。

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穏やかにクリスマスが過ごせますように。
ヴィンチの丘よりメリークリスマス。



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