大地の住人 ヴィンチの丘で

地球と体に優しいコト ~イタリアから~

フィレンツェの端っこレオナルド・ダ・ヴィンチのふるさとヴィンチの丘に在住。 大地の自然たちと向き合って地球と体に優しい様々なコト、発見・提案・発信!

タグ:Musica

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日曜日、オリーブの剪定を夫とした。

夫は、危なっかしくコード付きのイヤホンで
片耳だけつけてサッカーの実況中継を
スマフォのラジオで聴いている。

もう片耳のイヤホンはぶら下がってて、だから危なっかしい。
その片耳は、私がやいのやいの剪定してほしい枝の注文を聞くために
空けてある様子だ。ありがとうよ、気がついたよ。

私は腕が痛くて肩が上がらないので、下の方と上の方も
短いのと長いノコギリで、我慢しーしー重要な剪定をする。

オリーブの剪定のときは、樹形や空間、未来を想像して
剪定する枝の決断しなくてはいけないから
雑音はいらない。静寂の中で集中したいタイプだ。

夫は、集中しなくてもできる直立している徒長枝(Succhioni)を
ひたすら除去してもらった。

それでもふと気が抜けた時には、私の頭の中で
オートマチックに壊れたラジオがかかる。
繰り返し繰り返し思い出せるところの音楽がかかるのだ。

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まだ早いのだが、ある農園のブドウの枝縛り作業を手伝っている。

私は、良くも悪くも、バイオデグラダブル(生分解)の紐を
その専用の道具でブドウの枝に縛りつけることができる。

良い点は、これでしかできないほど慣れていえるので速くできる。
悪い点は、これでしか速くできないw
でもいいのだ。ゴム製の紐はゴミとなってデメリットなので
必要な時、幹を縛りつける時だけでいい。

まだPianto(樹液の流動)はSangioveseという早熟性の品種ぐらいで
他の品種はそう簡単には曲がらない。
外皮をポキポキ壊しながら曲げていくテクニックは
もしかすると折れちゃうんじゃないかと心配で
慣れていない人には難しいかもしれない。

もし折れちゃったときの対応や曲げる方向
枝の長さや幹の処理も、ブドウの剪定を知っていないと
先に進まないかもしれない。

しかし慣れてしまえば速く対応できるようになるものだ。
作業なんてどれもそういうものであろう。
もちろん学ぶことは常にあるのだが、まごつくのは最初だけさ。

と、慣れた手つきで体は温まってきたが、どこか空気はまだ冷たい。
丘の北側は日当たりが悪い。
向こうの丘は日に当たって眩しそうだ。

ひとりぼっちのブドウ畑にいる私は
そう、繰り返し繰り返し流れる壊れたラジオに
パーツパーツ完結しない音楽がかかり続けるのであった。

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私は夕飯の支度をしながら日課のように
イタリア国営放送Raiのニュースをみる。
SNSやネットだけでは実際に起きている主要なニュースが
分からないと思っている。

それは今に始まったことではない私のルーティンなのだが
一般的なニュースを知ることで
政治好きイタリア人の話題に入れるようなところがある。

そんなRaiで、毎年毎年開催されている今や72年度である
サンレモ音楽祭(Festival di Sanremo)が二月初め五日間ぐらいあった。

今ホットなアーティスト(歌手はクリエイティブアーティスト)が招待され
視聴者投票でさらなるホットなアーティストが生まれるのだ。

各々に活躍するCantanteがデュエットで発表した曲に
(きっと)圧倒的に優勝した。

その曲が、畑の中でかかる私の壊れたラジオの曲なのであるw



私はイタリアに在住して日本の現在のホットな話題曲など知らない。
きっと日本に暮らす方たちもイタリアのHot Hits Italiaなんぞ
知らないであろう。
いや、我が家に思春期青少年がいなかったら
在住者でも素通りしていたかもしれない。

Cantanti(複:歌手たち)の詳細は
それを目的としないので割愛させていただくが
元気そうな方の子(アーティスト名Blanco)この2年間爆発的に売れていて
我が思春期青少年がスピーカーにして大ボリュームで
よく聴いているのを私も耳にしていた。

「へ~、こういうの聴くんだ。」
「なんで?お母さんも好き?」
うん、好きだよ、我が青少年が好きなら。
「どういうとこが好きなの?」
「声。」へ~

サンレモのインタビューでも答えていたが
まだ18歳(現19歳)という元気そうな方の子(Blanco)、このコロナ禍で
デビューしてから3回しかステージに立っていないそうだ。

この子が世にスカウトされたのはSoundCloudとかいう
音声ファイル共有サービスだそうで、要は音楽ソーシャルと
TikTokだけなんだそう。

若者はそうやってSNSを上手に使える子もいれば
使えない子もいる。
ネットイジメ(Cyberbullismo)がまだまだある中
早速、警察のネットイジメをなくそう講義に
元気そうな方の子(Blanco)のSNSの使い方をお手本に登壇されていた。

思春期青少年はFacebookをやらない。
なぜなら、あれはVecchi(老人w)がやるもの、と断言したw くぅ。
Instagramは見るだけ、フォローし合うだけ(コレよくわかんない)
他に、YouTubeとは限らないあるStreamerのおしゃべりを聴いている...
あとは、ダラダラとTikTokをながめていて
どちらにしろ手にスマフォがくっついている。

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何も知らない時代遅れの母より
何かどこかでアンテナを張って
彼らの好きなこと興味のあることを受け止めて
なんなら半世紀の人間だって一緒に楽しみたいもんだ。

また畑に戻るとオートマチックに壊れたラジオがかかりだす。
1曲だけじゃないんだよ、Mixで!ラジオDJさw

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思春期青少年は、こちらの中学三年生で卒業試験があった。
その試験を受ける前に、今期の成績が発表されて
10段階の内5だか6だと
最終試験=口頭試験が受けられないとかなんとか言っていた。

何度か説明してくれたが
私はこっちで学校生活を送っていないので
今一アドバイスもできなければ
感覚もよくわからず、共感できない。

強いて言えば、私がときどき免許を取るための
試験勉強の打ち込み具合とか
発散具合なんかを共感したものだった。

青少年は、あまり語ることなく
自分で荒れながら(?)でも対処しているので
私は勝手にやらせっぱなしだし、任せていた。
だって、私の日本の中学三年生に
親が出てくることなんてなかったもの。


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で、その中学三年生の卒業試験に
三年間学んだことのミニ論文を作成させて
それはもう、MicrosoftのOfficeを使ってプレゼンですよw

昭和の中学三年生て、高校の入学試験に向けての
夏期講習や冬期講習を受けて、ひたすら入学試験勉強。

我が思春期青少年は、テーマを「暴力」などとし
暴力を、国語算数理科社会美術音楽に関連付けるのである。

OfficeWebのPowerPointで、そのプレゼンを作成していたが
PCを持っていなかったらどうしていたのだろう
とマジ疑問が残る。

青少年の誕生日プレゼントを
ママ友のアドバイスでPCが必要と情報をキャッチしていたから
デスクトップPCをプレゼントして
私もちゃっかり使わせてもらっているけれど
リモート授業もテストも資料を見るも作成も
PCがあって当然のように学校がシステム化されてしまっている。
その場で強制ではなかったが、時間をかけて電子化システムに
結局のところ全員導入している。

余談だが、我が家はWIFIをルーターで導入していなかったのに
そういうわけで必要性に応じてしまって
月々払いではないチャージ系のWIFIモデム(TIM)を導入。
このチャージ系は、別荘用に誕生したシステムだそうだ。


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話は戻りそういうわけで、それはなにも学校のことだけではない。
役所系や税金控除、コロナの補助金なんか、対面を減らして
どれもこれも電子化されつつあり
むしろ電子のみ有効な受付もたっくさんある。

老人はどうするんだろう、とたいていの人は心配するが
アモーレの国イタリアは、家族で対処したり
キリスト教の国イタリアは
ボランティアや助け合いで成り立っているようである。


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で、そのテーマである暴力の説明からはじまる。
体力的なことと精神的なこと
どちらも脳みそから伝達させている、などと入っていき
トルコ領にいるクルド人との争いの話がでてきて
戦争時の独裁的権力ファシズムを説明している。
特定人種絶滅政策や強制収容、強制労働...

収容所で書かれた詩人のポエムをとりあげた。
安心な生活してた頃
夕方暖かい家に帰宅して、温かい食卓があってさ
時に友たちと笑ったもんだ
なんでこんな制度になっちゃうんだ
平和なんかなにもない、ボクらは泥の中で働くだけだ
一切れのパンを奪い合い、またひとり死んでひとり生き残っている
女も丸坊主にされ、名前もない
ボクらの目は空っぽだ
ボクは書いて書いて子孫へ残す
深く心に刻んで、忘れてはいけない、絶対に忘れてはいけない

ナショナリストファシストはイタリアにだってあって
ドイツと手を組んでスペインを攻撃した。
スペインの芸術家Picasoは
アンチ暴力アンチ戦争をテーマにゲルニカを制作、発表。

人種差別、暴力、戦い、それは世界を跨いでいたこと
アメリカに渡ったアフロたちは、白人の奴隷となり
綿積み労働で彼らが歌っていた歌がBLUESとなった
と思春期青少年は〆る。






個別に口頭試験が30分ずつあり
なぜかそのために、私が送迎をした。
戻ってきた青少年をみると、どうやら感触がよかったらしい。
たいして勉強してるようには見えなかったが
本人は、「人生で一番勉強しちゃったなー」などと
疲れ果てていた。

試験が終わったら、夏がくる!
頭の中は、勉強と夏の妄想でいっぱいだった。

全員が登校する最終日は、公立の終業日と同じ日だった。
「本当にもうみんなと会えなくなっちゃうの?」
ポツリ、ぼやいていた。
幼稚園から一緒の地元の同級生。
中学のときの友だち数人は、一生の友だちになるさ。
別れがさみしいと想えるクラスでよかったね!
そのポツリが聞けてよかったよ。

えっと..この後、試験の結果発表や修了書?みたいのをもらって
進学先の学校に面接に行くんだそう。
日本のやり方と違うから、あの頃の経験が生かせない。
全てが初めてで、親子でドキドキした初夏だった。


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私は、綿畑ではない、ムシムシと汗がしたたるブドウ畑にいた。
結実したコロコロブドウたちの誘引作業に手を焼いていた。

急に暑くなって、ブドウの成長が目まぐるしく
特に何メートルにも伸びる枝は、急成長といった感じだった。
茎も太くなるし、伸びて重くなってくるから
架線や柱に絡ませてあげないと、新枝の根元から折れてしまう。
せっかく健全に生まれてきた来年のも
もげてしまったらもったいない。
それを、よっこらしょと持ち上げてあげるのだ。


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ひとりぽっちの畑には、ツバメが勢いよく飛んでいる。
きれいな羽の薄茶色のハトたちが静かにとまっているとおもったら
バタバタっと急に飛び立つ、その度に振り向いちゃう。
小さな森の中にもトリがいて、ヒトが口笛を吹いているように
ビブラートさせて、とっても陽気そう。
それを聴いてひとりぽっちでも陽気でいられるんだ。

30度近い気温のときはもう早朝からはじめて午前中のみ。
ヴィンチの丘は、14時~18時までが一番暑い。
その時間帯だけ風は吹くのだが、日差しの暑さにはかなわない。

そう、一年で一番日が長い夏至だ。
一日の熱が冷めない。
思春期青少年の夏妄想熱も熱いままずっと続きそうだ...




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Ho imparato a sognare
Che non ero bambino
Che non ero neanche un'età
Quando un giorno di scuola
Mi durava una vita
E il mio mondo finiva un po là
Tra quel prete palloso
Che ci dava da fare
E il pallone che andava
Come fosse a motore
C'era chi era incapace a sognare
E chi sognava già

Ho imparato a sognare
E ho iniziato a sperare
Che chi c'ha avere avrà
Ho imparato a sognare
Quando un sogno è un cannone
Che se sogni
Ne ammazzi metà
Quando inizi a capire
Che sei solo e in mutande
Quando inizi a capire
Che tutto è più grande
C' era chi era incapace a sognare
E chi sognava già

Tra una botta che prendo
E una botta che dò
Tra un amico che perdo
E un amico che avrò
Che se cado una volta
Una volta cadrò
E da terra, da lì m'alzerò
C'è che ormai che ho imparato a sognare non smetterò

Ho imparato a sognare
Quando inizi a scoprire
Che ogni sogno
Ti porta piu' in la'
Cavalcavando aquiloni
Oltre muri e confini
Ho imparato a sognare da la'
Quando tutte le scuse
Per giocare son buone
Quando tutta la vita
E' una bella canzone
C' era chi era incapace a sognare
E chi sognava già

Tra una botta che prendo
E una botta che dò
Tra un amico che perdo
E un amico che avrò
Che se cado una volta
Una volta cadrò
E da terra, da lì m'alzerò
C'è che ormai che ho imparato a sognare non smetterò
C'è che ormai che ho imparato a sognare non smetterò

Testi : Negrita(1997)

ボクは夢をみることを覚えた
それは子どもの頃ではなく
歳を追ってからでもない
学校があった日
終わりがないほど長く感じた
ボクの世界はこのへんで終わりのようだった
神父の退屈な教壇
ボクらは言われるがままに動いていた
ボールが転がっている
まるでロボットのようにボクは見えた
それでも夢をみることができる人はいる
いや、もう夢をみている人はいる

ボクは夢をみることを覚えた
ボクは希望を持ちはじめたんだ
持つ、持てる、持つだろう、と
ボクは夢をみることを覚えた
ボクの夢が大砲で
夢の中で、半分ぐらい命中するんだ

ボクはわかりはじめた
キミは独りで、パンツ一枚の無防備だ
ボクはわかりはじめた
はじめはどれも大きく見えるんだ
それでも夢をみることができる人はいる
いや、もう夢をみている人はいる

夢という大砲をボクは抱え
夢という大砲を放つ
失う友もいる
見つかる友もいるだろう
もし一度転んだら
その一度は転ぶんだ
そしてボクはまた地から立ち上がる
ボクはそう夢をみることを覚えた
そう夢をみ続けるだろう

ボクは夢をみることを覚えた
ボクは知りはじめたんだ
一つ一つの夢はボクを夢の世界へ引き込む
ボクをのせた風になびくカイトは
壁も境界も超えていく
その世界でボクは夢をみることを覚えた
ボクが試すいい訳は、どれも夢のためなんだ
そんな人生が歌になったら最高じゃないか
それでも夢をみることができる人はいる
いや、もう夢をみている人はいる






この歌を聴いて私の頭の中は日本語に変換されていた。
やっぱりグーグル翻訳では気持ちは表現されない。
勝手にボクだけど
勝手に語ってるけど
歳なんか関係ないんじゃないかと私はおもう。
だから歌われ続け、メッセージを送り続けているのだろう。





思春期青少年が歌やダンスの番組をみていた。
私もみることにした。
内容は、エンターテイメント養成学校を
宿舎から舞台までドキュメンタリーして
何か月何週にもかけてグランプリをだすものだった。

みんな18~20歳ぐらいの青年たちだった。
華やかな芸能を夢みた子たちは
誰でもできるTikTokにいそうな
いたってフツウの子たちであった。

しかし、何万というもしかするともっとかもしれない
そのスマフォの中のたった一つのアプリに向かって
歌ったり踊ったりしている子たちが
どんどん落とされ現実を知らされていく。

決勝戦まで辿り着ける子は
きっとプロや大人はもう見抜いているだろう。
しかし、ただタレントを養成しているわけでもなければ
探しているわけでもない。

今生きる夢みた青年たちに
経験やチャンスを与えているだけだ。
同じことを目指す仲間たちと
気持ちをシェアしてまた独りで歩んでいく。
その場は、番組としてスポットされているけれども
どの分野にも通用する。文化系だけじゃない。

与えられたチャンスの中で突き進んでいる夢みた子のママが
自分の子に会って、私の分まで夢をみさせてくれという。
「なんでママの分も?」
「私は夢をみないで生きてきたから。
夢を信じることをあなたから学んだのよ。」


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私の母が、離婚して離れ離れに息子と暮らし
息子の父(私の父)・元夫が早々に他界したために
青年となった息子と再会して、母業が再開するのだが
その頃の母業とはもう
家庭での生活を共にすることではない。
気持ちが寄り添える存在を与えるだけだ。

母は兄に手紙を送っていた。
私はその手紙を、母も兄も亡くなってから
見つけ読んでしまった。
でも今もずっと私はその手紙を握りしめている。
兄へだけの言葉ではない、私への言葉でもある、と。

「今、これがやりたいということを追ってごらんなさい。
なんでもいいから。失敗してもいいから。」
そんな言葉を母は兄に送っていた。

私は何度も何度も読み直し
何度も何度も想像して
何度も何度も信じて
何度も何度も夢をみた。

いまだにやりたいことがいっぱいあって
ありすぎて追っているのに
どこが頂点でなにが成功なのかいまだにわからない。

私が今までに気づいたことは
自分の世界をつくること
自分らしく生きること
頂点なんてひとつもないこと
幸福と苦難は交互にやってくること
そして堂々と誠実にいきること

夢とはいったい、前に進むための目標で
ゴールなんてない。
夢とはいったい、みんながもっているもので
それを夢と気がついていないだけなんだ。
夢とはいったい、生きるための原動力だと想う!

夢なんてかっこいい言葉だけど
夢なんて大きそうな感じだけど
私は、自分から湧き出てきた
ただただやりたいことのひとつが
夢なんだと想う。



・・・・・・・・・・


【お知らせ】

Webinar企画が完成いたしました!

世界から参加可能ですので海外在住の方も是非この機会に
オリーブ文化の豆知識をどうぞ!

人数に制限がありますのでお早めに。

Apro la prenotazione del mio webinar(in giapponese) in diretta
per la potatura degli olivi stile Toscana,
il turismo a Vinci e vivere in campagna

お申し込みはこちら




【ご報告】

オリーブオイル関西2021が

Covid-19緊急事態宣言延長のため中止となりました。
セミナーに登壇する予定でした。
プロフィールを残しておきます。
お申し込み下さいましたみなさま
ありがとうございました。

「ヴィンチの丘で オリーブ剪定」

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「あぁ2020年て困った年になったもんだなぁ」
ほんとだ、ほんとだ、とみんな頷いている。

ヴァカンスが終わった途端クリスマスに近づく年の暮れっぽい
なんだか反省点やら思い出なんかを語りだす。

それをそそるようにもうスーパーではいつつくったのかわからない
クリスマス用のパンケーキPanettoneパネットーネが売られ始めていた。

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「マキ、リラの時代を知ってるか?」
リラの時代は良かったなぁと人々はそんな時代まで振り返る。

Liraリラとはイタリアのユーロになる前の通貨で
2002年の2月ぐらいまで使われていた。
1ユーロが1936.27Lire(複;リレ)と
価値が半減してしまった気分で人々はがっかりした。

リラ時代までを戦後の経済成長期のように思う。
ユーロになってから経済がどんどん落ち込んでいった!と人々は嘆く。

そうだね、イタリアオリジナル感が減少し
キチキチシステマチックなヨーロッパ色に染まってきた感は
EU圏内で足を引っ張りつつも連帯意識を感じる。

'90年代のリラ時代に渡伊した私は
日本のバブル崩壊期と重なる点があり、愚痴に参加したり
思い出したり、社会の変化と自分の変化を
ひとり年表的に広げて考察したりするのであった。

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時代が不景気ながらにも、この数年、生活スタイルが
ものすごい勢いで変化した。
しかし不景気だと騒ぎつつも
人々は変わらず生活しているようにもみえる。
生活が苦しそうな人は、いつでも苦しそうだし
余裕のある人は、いつでも余裕な暮らしをしている...ようにみえる。

ITがこんなに発展しちゃって、スマフォがミニPCみたいで
子どもから大人の大人までもつようになっちゃって
趣味に収まらない生活の必需品と化した。

絶対に使いこなせないと断言していた原始的なアニマル夫まで
お店(彼の場合は農機具の修理屋など)とかググって
新しい出会いに感動していたw

アニマル思春期少年は、スマフォが手にくっついちゃってる!みたいだ。

私ったら、せっかく友から本を借りたのに全然すすまない。
メールやチャットの連絡事項チェックついでに
サクサクいろんな人のブログを読んでいる。

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春の厳しいロックダウン明けの夏休みの交流とはしゃぎようで
コロナ菌が拡散されちゃったのかな
せっかくとっても平常感に戻れた気分だったのに
学校がはじまった途端、またまたコロナ菌に襲われているヨーロッパ。
これをとってもシンプルに第ニ波というのであろう。

毎年毎年学校がはじまると、風邪だのインフルだの
急に体調崩すから、コロナ菌だかなんだかもうわかんない。

それでも子どもたちは、とっても律儀に規則を守って
とりあえず熱や咳がでたら欠席することになっている。

せ、咳...。
咳をこらえて苦しくなって涙が二粒こぼれというた少年もいたw

クラスメートでちらほらTamponeタンポーネ(PCR検査)を
念の為に受けている子が増えてきた。
近くの町ではドライブスルー検査ができる
という知らせがsnsで回ってきた。


毎日寝癖頭っぽいイギリスのボーリス・ジョンソン首相が
「ウチは自由な国だから」
と、規制をあまり強化しないことをこぼしたところ
イタリアのマッタレッラ大統領が、紳士的に
「我が国家は、弱い者を犠牲にすることはできません」
と、カトリックの聖地イタリアらしい意見を示した。

ということで、再びフェーズ2並のCovid-19対策が
秋の団欒はひっそり過ごそう案(私流にいうと)が発足された。

寒い時期には、ま、ちょうどいいマスク装着は外出時必須となり
レストランで座っての食事は24時まで
立っての飲みは21時まで
友だちとのホーム会食は6人まで、宗教上の集まりは30人まで
と、なんだか不思議な対策であるが
特に若者たちに向けたようなこの対策は
イタリアだけでなくゆるゆる北ヨーロッパでも運用されているので
きっと効果があるのであろう。
EU間で意見が交換されたのかもしれない。

思春期少年は仲間と草野球ならぬ草サッカー(Calcettoカルチェット)
をやりにいったら公園に断られちゃった。
サッカークラブは続けられますように。アーメン。
有名選手の感染状況に手を焼いているイタリアサッカー事情は
国民にも反映しちゃうスポーツ文化。

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それでも大人たちは、再びフェーズ2並対策が発足されなくたって
良識はあって(たぶん)、大人数を避けて少人数で楽しんでいた。

ヴェン友(ブドウの収穫Vendemmiaの友だちのこと 勝手に)に
パン作りが得意なヤツがいる。

独自に研究して、ちょっとした注文まで受けていた。
これから店をもたないパン屋さん
予約注文やケータリングをしたかった様子だが
このパンデミアで...
いろんなことがスムーズにはいかなくなったり厳しくなったりしたそうだ。

築き上げた夢や希望を実現しようと準備をしていた人
夢に向かう前に旅をしたかった人
人と会うことを活動とする人
人に会えば会うほど
このパンデミアで人生の足止めを食らった人の話を何度もきいた。

彼のピッツァとスキアッチャータは、研究の成果の現れた
独特な美味しさがあった。
それはなんとなくアーティストのようなテクニックで
彼にしか産み出せない芸術性を感じた
生地と焼き加減は彼にしかわからない。

Lievito Madreリィエヴィトマードレ(サワードゥ、酵母菌の種)を
彼に分けていただいた。

普段は冷蔵保存して、使う日常温に戻した。

「ボクのサワードゥをコップ3杯の水で溶いて
その後様子をみながら水や小麦粉を足してって」という。

目分量か...。一番難しいレシピじゃないか。

彼がおしゃべりの中で話してくれたことを一生懸命思い出した。
36時間発酵させるって言ってた。
焼く前に形をつくったり具を置いた後、また発酵させるって言ってた。
オーブンは扇風式でって言ってた。

昨日の朝捏ねたパン生地を
翌日のランチにスキアッチャータを焼くことにした。

言う通りにしたけど、膨らんだけど、まぁ上手に焼けたけど
なんか酸っぱかった。

彼にチャットした。
すると「小麦粉何キロ使った?」と聞かれた。
「1.5kg」
「あぁダメダメ、最低でも3kg使わなきゃ。」

そういえば、捏ねる手の温度や月の位置でも変わるって言ってた。

この伝授されたサワードゥの種で私も研究心が生まれた。
小麦粉と水を足してパンもつくってみたわ!
マエストロに報告しなくっちゃ。

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そしてママ友が味噌作りに誘ってくれた。
こうじの量で豆の量が決まったが、あとは目分量だった。

ヒヨコ豆をコップの裏で潰して、麹とヒマラヤの塩を加えた。
塩は多めで大丈夫と経験談を教えてくれた。
手で捏ねはじめ、ときどき豆の煮汁を
ちょうどよい固さになるまで加えた。

友は、おしゃべりをしながらつくると美味しくできると言っていた。
楽しいとかストレスとか心の菌が映るのかもしれない。
きっと手の菌や温度にも関係するであろう。
パン生地と同じく月の位置で湿度なんかも変わるかもしれない。

麹菌さえ手に入ればというか、麹だって作れるようになれば
味噌作りだって作業は簡単だな、と思った。
あとはパン作り同様、加減や日を研究すればいいのだ。

発酵食品て、奥が深い。
農主のビオディナミワインとおんなじだ。

菌を操れるようになるには
私たちの温もりとパッションが必要なのかもしれない。





あぁコロナ菌よ、世の中で発酵しているコロナ菌よ
いつの日か思い出となって
コロナで変化した今日こんにちを愛しく想える日がくるのであろうか。

そんなことは他所に木々たちは秋色に染まっていく。



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つづき


枕がいつもより高めだったせいか、それとも環境がかわったせいか

寝付きが悪かった。

だから遅く眠りに入った様子で

目が覚めたら、旅行にしては目覚めの遅い時間になってしまった。

せっかく早朝、ボルゴB&Bの周りを散歩でもしようと思ったのに。


家族全員起きやしない。

8時から8時半の間にと約束した

朝食の時間までには行かなくっちゃ。

私が一番に飛び起きて、次夫が飛び起きた。


夫は思い出してくれた。「Buon Compleanno。」

お誕生日おめでとうと、静かにいう。ありがとうと、静かに返した。


シニョーラが私も3人の子どもを育てたママよ、と気を使って

少年が一人で過ごせるよう・・もしくは夫婦二人でいられるよう

Bilocaleビロカーレ(寝室と居間、二部屋あるアパート)

ファミリータイプとし、両部屋ダブルベットが置かれてあり

ボクが一人で使うのよ、とわざわざ私たちに忠告までして

用意してくれた大きな部屋を少年が一人で使って

真っ暗にして寝ている。


1メートルぐらいありそうな厚さの壁にある小さな小窓を開けると

小さい窓なのに、一気に部屋が眩しいほど明るくなった。


少年は、ベットの真ん中で寝てるかと思ったら

端っこで寝てたw


「ちょっと、起きて。今日はお母さんに何て言うの?」

ボソボソと「ごめんなさい。」という。

え・・・・・。

寝ぼけて私に誤っている。

そうか、そうだったのか。

お母さんに何て言うのという返事はごめんなさいと教えてきたw

まるで合言葉ではないか!

気持ち無く誤っていたのか・・・。くやしい!

そして、ニヤッと気がついて「おめでとう。」と言い出した。


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母屋のようなところがレセプションみたいになっていて

そこで朝食がとれるようになっている。

以前はレストラン業もやっていたそうだ。

きっと亡くなられた奥様が仕切っていたのかもしれない。


朝食は、シニョーレが作ってくれた。

だからイタリアンよりイングリッシュ的で

甘いものばっかりのColazioneコラツィオーネ(朝食)しか世界はない

夫には刺激的だったと思う。


旬のフルーツ、メロンやモモ、キウイに

Proscutto Crudoプロシュットクルード(生ハム)であった。

それにヨーグルトやシリアル

瓶をかえるだけでとってもオサレにみえたフルーツジュース

エスプレッソというよりアメリカン風Caffèにミルク

手作りのシリアル入りパンの他

温かくて柔らかいBriocheブリオッシュ、どれもシンプルなんだけど

もっともっとシンプル・・量的にシンプルなヴィンチの日々の朝食には

とっても豪華でおなかいっぱいになった朝食であった。


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食べてる間、シニョーレがラジオのようにおしゃべりしてくれる。

シニョーレ流社会的世論、シニョーレ流個人の問題w

シニョーレ流今日の私たちのルート

世代流に懐かしのロードマップを広げ

本当は一番見やすい方法なのに

いつのまにか地図を持たなくなっちゃったことに

シニョーレのでっかい地図をみて後悔しながら話を聞いた。


ボクはアナログ的にアドバイスするからね、と一言前もった。

「今日はどこへ行きたいの?」

「今日は金曜日なのでマルケの海に行こうと思ったんです。」

少年もずっと海・海言ってたから

バカンスの一日ぐらいいいであろう。

ヴィンチから向かうよりは近いはずだ。

いつものティレニア海を浮気してあっちがわも冒険したい。

そして、どこもらしい激混みの週末の海は避けたい。


シニョーレは、そう、田舎好きだから私たちと志向は同じだ。

観光地化していなく、高層ホテルがなく、自然がおおめで

とにかく人が少ないところ。

よくわかってらっしゃる。

Pedasoペダーゾという地名がでてきた。

割と歩き回った私でも初の地名。

やっぱり調べて行くより現地の評判で行動するほうが確実である。

ここ(Smerilloズメリッロ)から40分で行けるという。


シニョーレはなにしろアナログ派だから

グーグルででてくるイメージは気にするなという。

そう言われるとその通りだ。グーグルに頼りすぎている。

珍道中にグーグルのイメージ画像はいらん!

ほんじゃ、行ってきまぁす!と賑やかに出発した。

シニョーレとシニョーラは、子どもたちを送るように見送ってくれた。


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いつでもどこでも出発したときがいっち番盛り上がって楽しい!

「海だから、ランチはフルーツだ!」

「いや、パニーニも必要だよ!」 え。

とすぐ討論がはじまる我が一家。

珍道中はただただ旅のルートだけでなく

意見の不一致をどう組み合わせるかも珍道中の一部である。


高い丘のズメリッロ(B&Bがある地名)を降りて

もうひと丘越えると、海までの道はなだらかで真っ直ぐな平地だった。

仕方なく安心感を得るために、パニーニは丘を超える前に調達。

これでしばらくは黙っているであろう、空腹時にうるさい男子。

真っ直ぐにのびた通り沿いは果実園だらけであった。

しかし、ジャガイモみたいに通りにぶらさがって売られていない。

売りますという看板もない。

買いたいのになぁ。


通り沿いの果実畑は主にモモであった。

剪定はやっぱり収穫しやすいよう低めだ。

きっと手でもぎ取るのであろう。

剪定は、樹の様態にも合わせるけど

速く収穫ができるように仕上げることが一番だ。


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ペダーゾ(海沿いにある地名)に着いた。

シニョーレが、街から南下してビーチを探しなさい、と言っていた。

海岸沿いは電車が通っていた。

「一人でも来れるじゃん!」と少年の近い将来を煽る両親。

線路の下をくぐってビーチに向かう感じだ。

住宅が少ない入口を探した。

確かにこの辺は、低層なマンションやレジデンスが多い。

ヨットをもつお金持ちが集まるハーバーも無さそうだから

なんだかひっそりしてて

どこか南のある一部というような感じであった。


どのビーチにするか決定するまで、また時間がかかる。

いつもの意見の不一致。

「おまえがみてこい。」

人がいっぱいいるのか、汚いか、きれいか、安全そうか

岩場か、砂浜か・・・。

少年だけでは頼りないので

少年の意見を待ってから私も確認しに行く。


「よし、ここだ!」

砂浜と砂利が両方あるところw

石があるところって海水が透明に見えるから

キレイだと私は思っている。

持参したパラソルを二本もさして

ゴロゴロする用バスタオルを5枚ぐらい敷いて、カバンも保護してw

海に飛び込んだ!


少年は友たちに自慢するために、日焼けをしたがった。

やめとけって何度も人生の先輩が忠告したけど

嬉しさあまりに一日中プカプカ水に浮いていた。

いや、温泉のように浸かっていた。

海水は7月なのに温かかった。


ギリギリの金曜日で人は少ない方なんじゃないかと思う。

ニュースのビーチは、コロナどこ?というぐらい

カリフォルニアのビーチみたいに人がうじゃうじゃのイメージだったから。


少し向こうには、カモメがうじゃうじゃいっぱいいた。

と、浜をみると、どうやら漁船が出入りするところのようで

小さな船が二隻ほど沖にあがっていた。

カモメがよってたかって何か突っついている。

なんだろう。

散歩がてらに歩いてみると、カモメが取り合いしていたものは

カニだった。

怒ったような顔をしているカモメがいっぱいいるとこっちは怖いのに

私が近寄っていくと、カモメはバタバタと飛んでいき私を避けた。


少年よ、やっぱ、友だちと一緒のほうがいいよ!

私と遊ぼ遊ぼと言って、ゴロゴロさせてくれなかった・・。

私まで、日焼けしてしまったではないか。ま、いいや。


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満足したりない少年を引き連れ帰り際

ペダーゾで、帰ってから即効アペリができるつまみを買ってこーよ!

そういうことに関しては夫婦の意見は一致するw

Olive Ascolaneオリーヴェアスコラーネという

マルケ州の特にAscoli Picenoアスコリピチェーノという土地の

郷土料理の一つで、緑の塩漬けオリーブを

ひき肉と丸めてパン粉で包んだフライ

まさしくもAscolana del Picenoアスコラーナデルピチェーノという

オリーブの品種があってそのオリーブで食べるのがホンモノだそう。

そうB&Bのシニョーラが説明してくれた。


それと、あれもシニョーラが言ってたやつだ。

あの黒っぽいの、レバーのサラミじゃない?買ってみよーよ。

うんうん。


平地な果実園が続く道、なぜか帰り道には

売ってますの看板を発見した!

モモ3種類、アンズ、何キロかわかんないぐらい

旅中は凌げそうなくらいいっぱい買って、私たちは満足した。

これでランチのデザートとおやつは考えなくていい。


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シニョーレとシニョーラは外出していた。

今日はちょっとだけ遅くなるということであった。

でも今日のキミたちのレストランには予約しておいたからね!

と電話をくれた。

ウエルカムドリンクを頂いた外のテーブルで

オリーブのフライとレバーのサラミと部屋にあったスプマンテで

小さなお誕生日アペリを3人で乾杯した。

B&Bには今週はお客さんはいない。私たちだけだと言っていた。

静かな山的丘の、ちょっとひんやりした

日焼けした肌には気持ちよい、まさしくも日が沈みはじめた

なんとも悦な空間の乾杯であった。

無理矢理バカンスに出発してよかったなぁ。


その頃、エンニオ・モリコーネ氏の逝去で

どのニュースもニュー・シネマ・パラダイスのサントラの一曲

Tema d'Amore(Love Theme)を名曲に紹介していた。

私もヒッピーな夫もエンニオ・モリコーネ氏のファンであった。

とても残念に想う中、この曲がグルグル頭の中で

自分の人生がまるで映画のように

このテーマダモーレが流れていた。

きっとずっといつまでも、この曲と一緒に

バカンスと誕生日を過ごしたことを思い出していくことであろう。






昨日も外食、今日も外食、少年よ、嬉しいだろう?

土地のテーブルワインを飲んけど、とっても美味しかった。

きちんと農園の名前をアナログ的にメモ帳に控えた。

このジェヌインさはやっぱりビオのワインだった。

樽の味がしたけれど

きっと木製チップを入れたセメントタンクかもしれない。

と、ごちゃごちゃいいながらも一日を味わったのでありました。



まだつづく



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GoTo バカンスイタリア事情 versole Marche vol.1

ヒマワリの中のボルゴBアンドBverso le Marche vol.2

ビオディナミワイン&ビオオリーブオイル会Degustazioni



Grazie di aver visitato!

最後まで読んでいただきまして、ありがとうございました。




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